第1話 『ダンジョンの魔物、冒険者を待ち侘びる』
何も無い大広間には数万の魔物達が跪き、玉座に座る銀髪の少年へ忠誠を誓っていた。
オーガやサイクロプス、甲虫型の魔物、ダークエルフにハーピィ、サキュパスやフェンリルウルフなど種族は様々だ。
異様なのは光景だけではない。
夥しい数の魔物がいるにも拘わらず、まるで世界から音が奪われたように辺りは静寂に包まれていた。
静寂を破ったのは、様々な光を放つ宝石が散りばめられた黄金の玉座に座る少年だ。
「それで、ヴァルディークよ。先程も言ったが、俺がいない間、このモノプテロス大迷宮はお前に任せたいと思っている。 何か問題はあるか?」
多くの魔物達より数歩前に跪く八人の人型の魔物の一人が面を上げた。
「何の問題もございません。 不肖の身ながらこのラナディーク、リラン様に代わりこの大迷宮を守護致しましょう。」
「そうか、感謝する。では、セラフィを外の世界に連れている間の第三の摩天楼の守護も任せる。」
「リラン様の仰せのままに。」
少年は「そうか」とだけ呟き、椅子から立ち上がって右手を大仰に広げた。
「――配下の魔物達よ。俺はこれから外の世界へと行く。このリラン・オラクーロ・サルヘナスの名が世界中に轟くその時を心して待て。」
一瞬の静寂の後、八人を筆頭に魔物達が声を上げる。
「リラン・オラクーロ・サルヘナス様 万歳! 我らを統べる迷宮の王に絶対の忠誠を!」
「リラン・オラクーロ・サルヘナス様 万歳! 全知全能の王の偉大さを外の世界に!」
魔物達の歓声に少年は満足気に頷いた。
♢♢♢
見渡す限りの平原に巨大な八芒星が描かれていた。
八芒星の頂点にはそれぞれ塔型のダンジョンが、摩天楼と呼ぶに相応しく、天を衝くようにして聳え立つ。
その八つの摩天楼を柱とした円形神殿こそが、モノプテロス大迷宮である。
モノプテロス大迷宮は、八つの塔型のダンジョンから成る複合型の大型ダンジョンだ。
八つの摩天楼には迷宮の使徒と呼ばれるダンジョンの支配者がいる。
そして、摩天楼を含めた円形神殿の全ての統治者が俺、即ちリラン・オラクーロ・サルヘナスだ。
俺や迷宮の使徒は外の世界の知識をある程度持った状態で生まれてくるのだが、実際に迷宮の外に出て確かめた事は無い。
というのも、俺達には『冒険者からモノプテロス大迷宮を守る』という使命があり、ダンジョンから離れる訳にはいかなかったからだ。
しかし、このモノプテロス大迷宮が誕生して一年。ダンジョンの周りにある見渡す限りの平原にも空にも冒険者どころか一匹の生物すら目にすることは無かった。
そこで「殺られる前に殺れば良いんじゃね」と思い立ったのだが――
いつも通り八芒星の中心に寝転がり、平原や空を見渡していると、後ろから声が掛かった。
「リラン様。本当に行かれてしまうのですか?」
穏やかな口調で声を掛けてきたのは、黒く艶やかな髪を真っ直ぐ腰の辺りまで伸ばした女性だ。
艶やかな唇、長い睫毛、目元にある黒子が特徴的だ。
上半身には白衣、下半身には緋袴をまとい、美しい黒髪には装飾の細かい黄金の簪が挿されている。
この女性こそ、摩天楼群における迷宮の使徒唯一の人間種であり、第三の柱ことセラフィである。
「あぁ、今日もこうして冒険者を探しているが、ネズミ一匹すら見当たらない。俺達の使命はダンジョンを守ることだ。なにも冒険者が来るまで指を銜えて待ち続ける必要は無いだろ。」
「そ、それでは私も付いて行きます! リラン様お一人では、万が一の時、盾になるシモベがおりません。 私のスキル『大いなる愛』であれば、多少なりとも役に立てると愚考します。」
セラフィのスキルは防御系特化型で、この迷宮内でも彼女に攻撃できるのは僅か数人しかいない。
「確かに、セラフィがいれば心強い。 だがセラフィがいない間、誰が第三の摩天楼を守護するんだよ。」
「そ、それは·····。 あっ!ヴァルディークに任せましょう。 迷宮の使徒最強の彼ならば二つの迷宮の守護など容易いことでしょう!」
うーん。完全に押し付けだろう。
確かに実力は迷宮の使徒の中でも群を抜いている。
ただし、ヴァルディークには問題があった。
俺が外の世界へ行くと言った時、迷宮の使徒は皆付いてくると行ったが、ヴァルディークだけは言わなかった。
それもそのはず、あいつは超がつく程の面倒臭がりだからだ。
俺が呼び出した時以外で立っているところを見たことがない。
「んー、じゃあ、ヴァルディークが許可したらセラフィを連れていこう。」
それを聞くとセラフィは慌てて転移の魔法を起動させる。
「すぐに聞いてまいります!『空間転移』」
俺が止める間もなく、セラフィは行ってしまった。
♢
数分後、ウキウキした顔でセラフィが帰ってきた。
「リラン様! ヴァルディークは喜んで引き受けてくれました! 」
そんな筈がない。
どうせ寝ている間に勝手に話をつけてきたんだろう。
「そうか。ならセラフィを連れていくが、あとでヴァルディークには確認するからな。」
セラフィはギクリと顔を震わせるが、セラフィがヴァルディークを良いように使うのはいつもの事なので、全てお見通しだ。
「それは·····その·····。」
セラフィは人差し指の先を合わせ、俯いている。
今にも泣きそうな顔になっていた。
「まぁ、どちらにせよ俺がいない間のまとめ役はヴァルディークに頼もうと思ってたからな。 セラフィの迷宮を守護してもらえるよう、俺からも頼んでやるよ。」
そして俺が配下の魔物達の頼みに弱いのも、いつもの事だ。
「ありがとうございます!リラン様!」
せっかくの美人な顔が崩れるほどの満面の笑みを浮かべた。
「別にいいさ。それより、玉座の間に皆を集めてくれ。暫く会えなくなるからな、皆の顔を見ておきたい。俺はヴァルディークに会ってから行くよ。」
「畏まりました。」
「それじゃあ、また後で。 《空間転移》」




