9話 約束
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昨日と同じく久子が朝迎えに来ていたので合流する。
そしてそのまま用津比命のお話について調べてもらった。
町のホームページに書いてあったのは用津比命は干害を抑えるためにその身を捧げ、その結果枯れた川に水が戻ってきた、というあまり珍しくもない内容で怨念とか妖怪とかそういうおどろおどろしい単語はなに一つで来なかったので少し肩透かしを食らった。
がそれも少し考えればよくわかるもので町の公式HPにそんな対外イメージの悪くなるような話を載せるはずはないだろう。中央公民館には図書室があるのでそこに行けばもっと踏み込んだ内容の本に出合うこともあるかもしれない、とその場でこの話は終わった。
そのままHRまで久子はモヨコたちの教室にいたのだが絢香は来なかった。
今日はお休み、ということを担任の教師が告げたのだが最近の絢香の様子を見ると嫌な胸騒ぎがする。
結局昼休みにこっそり久子が神社に電話で狛犬の壊された件を聞くこと、そして中央公民館にはいかずに絢香の様子を見るためにお見舞いに行くことだけを決めた。
休み時間にこっそり絢香にメールを送ってみるが返信はなかったのが余計不安を募らせた。
昼休みは昨日と同じく屋上へつながるヤンキースポットで久子と待ち合わせだ。
久子は先に来ていた。
「井ノ口さんからメールの返信がないの…」
「なんでそんなにへこんでるし」
「だって…心配じゃない。それに返信もないんだもの」
「あー、ほら、とりあえず生きてるって」
久子はラインの画面をモヨコに見せる。病院に行っててそのまま返信のタイミングを逃したそうだ。
が、これはこれでなんで久子に連絡してモヨコには連絡がないのか、と別の意味で今度はへこまされそうだ。
「きつくって両方に返事する暇がなかったってだけっしょ?」
「でもそれならそれで…なんでわたしじゃなくて犬神さんに」
「深い意味はないって思うな!ってなんでそんなにモヨコへこんでるっしょ。
なんかあったわけ?」
「いえ、だってここ最近ずっと犬神さんに先を取られてたから…から」
「先を取られたってなに?それだけじゃ全然わからないってわけ。
気持ち悪いからなんか気になってるならとっとというっしょ」
今のところモヨコにとっては絢香が一番の友達、そして久子も幼馴染で友達、でモヨコの希薄な人間関係の中ではかなりの割合を占める。が、それと同時に絢香も久子もモヨコと比べると社交的な友達で学校内で絢香さんとお友達ですか、久子さんとお友達ですかみたいな質問をしてしまえばイエスと答える生徒はたぶん両手じゃ足りないだろうとモヨコは十分理解していた。
二人は友達であれど絢香の呪いのために今は最優先で付き合ってくれている、という考えがどうしてもこびりついているのだ。モヨコにとって大事な友達でも二人にとってはその他大勢のにぎやかしに過ぎないというか。
それが付き合いの長いモヨコより久子に連絡するっていう絢香の行動で裏付けされたようでここ最近の不安があっという間に押し寄せてきてしまったのだ。
そんなことにかまっている暇はないっていうのは頭でわかっているのに気持ちがそう簡単に切り替わらない。
「やっぱりわたし…気持ち悪いのね」
「あーもう、そういう意味じゃないっしょ。スッキリしないって言ってるわけ!
モヨコだってネガティブにならずに頑張ってもらわなきゃいけないんだからなんかウチにむかつくことあればとっとといえばいいっしょ。
それがほんとの…う…友達ってやつでしょ」
「…むかつくことなんて何もないわ」
「じゃあどうしたってわけ。
そんな態度取っといて何にもないは通じないってわけ」
「それは…その…井ノ口さんと犬神さんの方が仲がかいいっていうか…結局よくないもの、が見えてるってだけで混ぜてもらっているのかなって思っただけで」
「なにそれ。誰かにそんなこと言われたってわけ?
もしかして絢香?だったらウチがシメとくけど」
「いえ、井ノ口さんはそんなことないって言ってたけれど。でも実際今もわたしじゃなくて犬神さんにだけ連絡してたし」
久子はくしゃくしゃと頭をかいた。
「あーもう、これってウチがそんなことないって言っても駄目なやつじゃん。
でもウチは見える見えない関係なしにモヨコのこと友達って思ってるし。
見えるからってモヨコにひどいことしたけど…それをなしにしてっていうのも都合がいいってのもわかってるけど」
「…うん」
そこから妙な間があった。お互いなんか言葉を探そうとするのだけれど難しい。
えほん、と気を取り直すように久子は席をすると改めてスマホを手にした。
「ま、まぁそれはこれは絢香の呪いが解けた後に話するとして。
とりあえず今は電話するっしょ。さすがにこの時間なら誰かいるって思うし」
「え、ええそのとおりね。あの狛犬が2年ぐらい前に破壊されているかどうかの確認、ね。
あ、でも素直にいつから壊れていましたかなんて聞くのはよくないわ。
犯人扱いされたら困るもの。
この前神社にお参りに行ったら狛犬が破壊されているのを見つけたんですが…という風に切り出したら善意の第三者になるもの」
「モヨコってそういうところ悪知恵回るっしょ」
「悪いことなんてしていないわ。疑いを避けつつ聞きたいことをきくためのちょっとした一工夫よ」
モヨコのアドバイスが功を奏したのかスムーズに内容を聞くことができた。結構年を取ると2年前でも3年前でもついこの間ってカテゴライズされがちななのだが神社の管理人ははっきりいつ壊されているのか覚えていた。
それもこれも2年前の△△町を襲った歴史的大豪雨。それが過ぎ去って雨風で大量に落ちた木葉等を清掃しに行くときに見つけた、というのだ。つまりは若林愛が殺される、その少し前ということだ。
残った時間で一応図書室で用津比命に書かれた本はないかと探してみたものの中学校の図書室ではそういうものは見つからなかった。司書の先生も中央公民館に行ってみたら?と教えてくれたものの今日はそれより先にやらなければいけないことがある。
絢香のお見舞いだ。
井ノ口邸についても今日は幽霊のお出迎えはなかった。代わりに玄関で出迎えてくれたのは今日は仕事を休んだらしい絢香の母親。そのまま絢香の部屋まで上げてもらう。
「あ、本当に来てくれたんだ?」
「別に起き上がらなくてもいいわ、体調、悪いのでしょう?」
「そーなんだよー、今朝から辛そうで…」
「原因を作っているのはたぶんあなたでしょう?」
「う、そうかもしれないけど、心配なものは心配だよー」
まだもごもごと言っている幽霊を無視してモヨコと久子は絢香のベッドの方へ向かう。
「あの、座ってくんない?立ったままだとすごい見下されてる感じして落ち着かないんだけど」
「え、ええ、そうね」
「わかったし」
勝手知ったるでクッションを引き寄せると二人はそれに座る。
絢香は目の下にクマができていて普段の可愛さを知っているだけになお痛々しい。
「で、どれぐらい進んだ?犯人見つかりそう?」
「それよりも先に病院の方ではどうだったの?一応スポーツドリンクは買ってきたけれど効き目はあるのかしら」
「ありがと、でも病院の先生は季節の変わり目で体調崩しただけだろうって…お薬も全然もらえなかったしゆっくり安静にしてくださいとしか」
「フーンじゃあ心配しなくても大丈夫っぽい?」
「いえ、逆でしょう。うすうすわかっていたけどお医者さんじゃあ呪いによる体調不良は原因不明、どうしようもないってことじゃない」
この間無視を決め込まれた幽霊は所在なさげにそちらこちらをうろうろと浮かんでいたところでポン、と手をたたいた。
「え、もしかして…わたしの呪いってすごすぎ?」
「幽霊黙れ」
「愛さん、さすがに今は不謹慎だと思うわ」
「全くついていけないし」
「はーまったく、またごっそり吸い取られたような気がする…
昨日からずっと参加できなくてごめん…何かわかった?」
「犯人につながりそうなことは何も。どうでもいいことはいろいろとあったけれど、ね」
「どうでもいいことってなーに?」
「正木さんが残しているノートには神社に秘密があるってことだけがわかったわ。
でも神社に犯人なんているわけないじゃない。
神社のことについて書かれたノートを調べたってどうしようもないから手詰まり、という感じね」
探りを入れるように最低限のことだけモヨコは告げると幽霊の表情をうかがう。
幽霊は珍しく口元から笑みを消すと、なるほど、と呟く。
「どうしたの?愛さん、何か思い出したりしたのかしら?」
「うーん、神社…神社っていうと町には3つあるけれど、一番大きな諏弥神社、あとは名前知らないけれど平川小の近くにあるやつ、そしてご近所の用津比命神社…
用津比命神社なら小学生の時しか行ったことないしあとの二つなら目の前を通ったことがあるだけー、いったい何なんだろうね?」
「それがわかれば苦労はしないわ。
愛さん、呪いを一時的に止めたりできないの?もしかしたらタイムリミットまでに犯人を見つけることができないかも」
「モヨコちゃんはさー坂の上から転がしたボールが勝手に止まるって思うタイプ?
わたしは坂の頂上から動けないんだよねー。
転がったボールの行く末を見届けるしかないんだー」
酷薄そうな笑みを浮かべた。自らの仕掛けたもので傷つき弱る姿を見てもそれは娯楽にすぎない、という態度。捕まえてきたクワガタ同士を戦わせる男子たちと同じ。必死に戦わせたところで牙が折れ、足がもげて、時に頭が取れても罪悪感なんてみじんも感じない、そんな空気をまとっている。
それは記憶にある生前のぽやぽやとした笑みを絶やさず浮かべていた若林愛の姿とは全く重ならない。
モヨコたちは幽霊にとってはその程度のおもちゃにすぎないのだ。
散々疑ってはいたもののここで確信してしまった。
ああやっぱり彼女は悪霊になってしまっているのだ。
「クソ幽霊」
悔しそうに綾香はつぶやくが体調が悪いせいで声は小さかった。
「でも、愛さん、もし呪いが最後までいって井ノ口さんが死んでしまったらどうするの?
ご褒美もないのに犯人探しなんて娯楽には付き合えないわ」
「別にその時はあやかちゃんのママを次に呪うよ?
あやかちゃんのパパは大人だし車もあるしもっと効率よく犯人を探してくれる気がするなー。
その時の探偵ネームはーんー外人探偵ダディとか?ねぇ、どうどう?」
「ふっざけんな!!!」
絢香は枕元のペットボトルをつかんで幽霊に投げつける。そのまま幽霊をすり抜け壁に当たって落ちる。
幽霊はけらけらと笑った。
「じゃあ犯人を探すしかないよね?
でも別に…モヨコちゃんたちが探してるやつ持ってきてもいいんだよ?
犯人を殺したいのもほんと。でもモヨコちゃんたちが探してるやつはきっとわたしが欲しいものな気がするからそっちでも許してあげるよー」
「なになに、いったい何が起こってるってわけ?」
「あとで話すわ。
じゃあ聞きたいのだけれどそれを持ってきたら本当に井ノ口さんの命は助かるの?
あなたはあの呪い…ノートに書いてあったあの絵に近づける…つまり完成させたいんじゃないの?
だったらその時、井ノ口さんは本当に生きているのかしら?」
「でもそしたらこれ以上この家で人は死なないよー?
あやかちゃんも一家全滅するよりは親御さん生きててくれた方がいいんじゃないのかなー?」
「あなた…本当に最低ね。
わたしの知っていた愛さんではもうないのね」
「時の流れは人を成長させるのだー。
それともわたしを許せないって断罪する?絶対探偵呉モヨコちゃんならここからハッピーエンドにもっていく回答編を準備してくれるのかなー?」
「それがあなたからの挑戦状だというなら受けて立つわ。
あなたの名づけというのは大変不本意だけどそれでもわたしが絶対探偵呉モヨコで。
わたしの能力が絶対の力で事件を解くというのなら。
それをもってあなたにとって最悪の解決を用意するわ。
あなたのエンドロールはろくでもないグランギニョルにも値しないただの独り舞台だったてことを。
散々にかみしめて踊り続ければいいわ。
わたしに依頼したことを後悔させる」
「んー啖呵を切ったならせいぜいがんばってーって言いたいところだけど。
残り時間もあまりないからそれは忘れないでね~。
ちゃんと残りのページで解決編まで持ち込んでね」
「帰りましょう、犬神さん」
「え、あ、モヨコ」
「井ノ口さんは何も心配しなくていいわ」
「わたしはモヨコが約束守るって言ったこと信じてるから何も心配してないよ。
変に気負わなくていいし、わたしが死んじゃってもいいから呪いだけは解決してね」
「あなたが死ぬこともないわ。でないと愛さんにとって最悪の結末にならないもの」
背後からの「お、言うねぇ~」なんて声を無視してそのまま井ノ口邸をあとにした。
井ノ口邸から十分に離れた後モヨコは頭を抱えた。威勢のいい啖呵を切ってしまったものの解決への道は実に遠く思えた
「モヨコ…さっきのイケメンっぷりはどうしちゃったわけ…
まさかできないとか言い出さないよね」
「そんなことは絶対に言わない…!言わないけど…!!」
「まぁウチになんかできることあったら遠慮なくいってほしいっしょ」
「ええ、とりあえずは狛犬の口の中の玉を探すわ。
あの中に呪いに必要なエネルギーを詰まっているとすれば、それをこの世から消し去ればいいと思うの。
だって愛さんと呪いは同じもの、大元を無くせば…!」
「なるほど、それに引きずられるように愛さんも消えるってわけ?
でもどうやってそれをこの世から消し去るっていうわけ?」
「それもある程度めどは立っているわ。
あの狛犬の口の中に玉を戻すの。
本来はあれが呪いを封印していたはずだわ。それが取り出されてしまったのが事件の始まり、だとわたしは思うの」
「そっか、確か口閉じてる狛犬は悪いものを口の中に封印するって意味なんだっけ。
だったら後は石を見つけるだけじゃん!やったね!」
「まぁ後は肝心のその石の場所なんだけれど…」
「モヨコの目で見えないの?よくないものの跡をたどっていくとか」
「それはわたしも考えたけれどしょせん視界に映る範囲だけ、もっと遠くに隠されてしまったらどうしようもないわ…
あとのヒントはこのノートだけなんだけど神社って言葉だけは見つけることができたわ。
だけどそれ以外は今のところまだ行き詰っているところね」
「え、マジ?」
「マジよ。昨日改めて必死でノートを眺めていたけどたぶん唯一意味のある言葉、だわ」
モヨコはページを開いて見せた。見失わないようにしっかり赤ペンでマークしてある。
「これ、書き込んで大丈夫なもの…なわけ?」
「わたしの視界には何も映らないから重要であっても呪いに何か影響を与えるようなものではないわ。
だったらわかりやすくメモ書きする分には全然問題ないでしょう。
あとはこの十干十二支の謎を解けばいいのだけれど」
「それこそその正木さんに直接聞けばいいって思うわけ。
これだけ切羽詰まった状況を聞けば今度は素直に教えてくれるんじゃない?」
「でもその正木さんの家って坂下地区よ。
わたし達には行くにしても週末まで待たなければいけなくなるわ。遠すぎるもの」
「別に誰かに車出してもらえればいいっしょ。
ウチのお姉ちゃんに頼んであげよっか?
夜にちょっとだけドライブに連れてってもらうって言ったら怒られないと思うけれど」
そこで何かに気づいたのかモヨコは少し悲しげに笑った。
「ええ、それはとても名案だと思うわ。
でもやっぱり無理だと思うの。
多分、正木さんの身体に巻き付く呪いはほとんど最後の段階に近かったのね…」
とモヨコは一つの電信柱を指さした。
そこには小さな看板がくくられている。
白抜きに明朝体で書かれた文字。
『正木敬子儀葬儀式場』
およそ自分が葬儀に場違いなことはわかっていた。だからその看板に一礼して黙祷をささげる。
正木敬子が何を目指していたかわからない。が、彼女は若林愛を止めたがっていたように思える。
ただもうちょっとわかりやすいヒントが欲しかったけれど…でも自分がたどり着いた秘密を簡単に人に教えたくないのも人のサガ。だからモヨコもそれに答えるしかない。
幽霊からの、そして正木敬子からのどちらからの挑戦状も完璧に説いて見せる。
夕食を済ませるとまたノートを開いた。何度見てもなぜか見たことあると思えるこの間隔はなんなのだろうか。
十干十二支のページを改めて開いて考えこむ。
もしかして他のページにも気づいてないだけでヒントがあるかもしれないとめくっていけばあの全く場違いな攻略メモが目に入った。
『×キングドレアム 円卓の騎士×王者の宝冠
〇ヤマタノオロチ ミヅチ×勾玉
×雷神トール エレキ×雷の槌
ソラナキ出現場所 砂漠の塔23F』
「しかしこの攻略メモってなんでここに書いたのかしら…せっかくの凝ったノートづくりしていたのにこんなメモ、雰囲気を崩しているだけなのに…
キングドレアムっていうのは確かこのゲームの魔王…で、隣が出現レシピだったっけ…
ゲームばっかりでお兄様が相手にしてくれないって拗ねずにもっとちゃんと見ておくべきだったかもしれないわね。
多分左が魔物、そして右が出現だか合成とかに必要なアイテムになるのかしら。
ってことはこの×とか〇とかはどういう意味になるのかしら。所持しているとか作成できないとかそんな意味…?
それにソラナキってどんなモンスターなのかしら、全然強そうに思えないわ。
名前に威圧感が足りないもの」
ぶつぶつと口に出して呟くのはお兄様曰く考えは口にした方がまとまりやすい、という教えを思い出したからだ。お兄様の言うことはこの世の真理でサバイブに役立つ言葉なのは疑いようがない。
気分転換に攻略メモにいちゃもんをつけ始めたところでソラナキというモンスターをなんとなくガラケーで調べてみる。
最初カタカナでそのままソラナキと入れるとウソ泣きのこと、という意味が出てきた。ウソ泣きとかいう人の倫理に反する行為がモンスターの名前ではなかろうと少し検索結果をスクロールするとドラゴンファンタズムの攻略ページも結果に表示されている。
どうやらこれで気になるソラナキ、がどんなモンスターかわかりそうだ。
画像1枚ぐらいだったら月々の無料分でなんとかフォローできるだろう、とクリックしてみた。
表示された画像は宙に球状のモンスター。
それは呪いと違って巨大な眼球、そして枯れ枝のような二本の腕を伸ばす様子が描かれていたが真っ黒の中おどろおどろしい赤の気配をまとった姿はやはり呪いを彷彿とさせた。
「え…もしかしてこれもヒントなの…かしら?
今までとずいぶん毛色が違うけれど」
『キングドレアム 円卓の騎士×王者の宝冠』
「そういえば円卓の騎士って大体12人って考えられていることの方が多いわよね。
十二支も12…あたりまえだけど…
なら雷神トール…でとお…10…?
こじつけが過ぎるかしら」
となるとヤマタノオロチは8?そしてミヅチで3、足すと11だ。
なんとなく収まりがよくなって改めてノートを見直す。
仮に今の情報を代入すればこの攻略メモはこうなる。
『×12
〇11
×10
呪い、あるいはそれに相当するものの出現場所 砂漠の塔23F』
つまり、11が正解?なら十干十二支のヒントも同じことを差しているのだろうか。
改めて問題のページをしっかりと調べてみる。
『子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥
甲乙丙丁戊己庚辛壬癸◯◯』
小さく書かれた何かを見落としているのかと思ったがやはりそういうものは見つけられない。が、それぞれの文字の後ろがわずかにへこんでいるのに今更気づいた。
これは、小学生の時に『ひみつのあんごうを作ろう!』みたいな低学年向け学習雑誌コーナーで見たことがあるやつだ。
筆圧を利用する暗号。なにか一枚紙を敷いて強く文字を書く。
その後で該当のページを鉛筆でこすると書かれた文字が浮かぶ、というあれだ。
それぞれの末尾にはうっすらと×の文字が浮かんできた。単純すぎる記号、そして本当に柔らかくつけられた筆圧だけに何かある、という思い込みがなければ気が付かなかっただろう。
十二支も×。十干も×。
となると11を象徴する言葉が浮かばなかったため、後日別添えで同じヒントとして攻略メモを残したということになるのだろうか。11という言葉が思いつかなかったため一見無関係にも思えるゲームの攻略という形をとって。
しかしこれでこのノートの中で11という数字が大きな意味を持つことはわかった。
まず真っ先に思い浮かぶのは11行目、11列目、11ページ目。といったところなのだがやはりそれだけでは意味を見つけられなかった。
となると残すところは11画の漢字だ。ぱっと見どの字が11画なんてピンとくることはないので明らかにスッキリした字以外は数えていくしかない。
200字も数えたころには昨日と同じぐらいの時間がたってる。行で言えばまだ3つほどしか数えていない。
そこでやっと初めての11画目の漢字に出会えた。『梦』、読み方が分からないモヨコは便宜上、下の漢字を優先して「ユウ」と脳内で発音している。ちなみにそれは大間違いで実際は「ボウ、ム、ゆめ」などと読む漢字なのではあるが常用外であるし受験にも出る範囲を逸脱しているので読めなくても仕方がない。
次の漢字はすぐに見つかった。その隣の『婀』、これはモヨコの「ア」で読み方は間違っていない。これも11画だ。しかし同じ11画でも先ほどの漢字と比べるとスペースのみっしり感が全く違う。これはやはり見た目でこれは違う、あれは違う、と割り振るのは危険そうだった。明らかに小学生低学年で習うような漢字以外はひとまず確認した方がよさそうだ。
次の漢字を見つけたのは下の行に移ってからだった。この時点で時間はかなり遅いことになっている。そろそろ日付も変わりそうだ。
漢字は『斬』。自信をもって「ザン」と読むことができる。
そうやって見つけた3つ目の漢字にも赤丸をつけたところでモヨコは気づいた。
全部近い、位置にある。なんなら隣り合っているところ?
そこからは上下左右、それぞれの斜め方向を加えた8方向を優先的に調べ始めた。
『曼』『剪』『壷』『惚』『紬』『甜』『祷』、読み方の一つ一つは省略するが予想通り、それこそ芋づる式という言葉が気持ちよくあてはまるほど11画の漢字が浮かび上がる。だいぶ方向が絞れたといってもそれでも時間はかかる。1ページを調べ終わるとすぐに1時間は過ぎ去ってしまっていた。
これ以上起きているのは危険である。瞼も気持ち重くなってきたが一刻を争う事態で睡眠時間に考慮なんて何のその。
モヨコは一度まぶたの上から目をグニグニやると足音を立てないように忍びの気持ちになりながら台所へと降りた。
冷蔵庫を開けるとそこにエナジードリンクがあるのを覚えていたのだ。
お父さんが農協でちょっとした作業をしたときに若い(といっても30代が若いのが田舎)職員がお礼にくれたらしいのだがそんなのは飲まない、と冷蔵庫に入れっぱなしになっていたのだ。
(お兄様お兄様ごめんなさいごめんなさいモヨコは悪い子です。夜中にこっそり黙ってお父さんのモノを飲んでしまうし美容や成長に悪いとわかっていても夜更かししてしまいます。たぶん、明日の授業中寝てしまうかもしれません。
でもお兄様、モヨコはそれが悪いことだとわかっていても恥ずかしいことだとは思いません。すべては約束のためなのです)
部屋にエナジードリンクを持って帰るとモヨコはプルタブを10円玉を使って器用に開けた。万が一爪をひっかけて割ったりしたら愛され妹としての価値が下がるからだ。
ほっぺたをぺしぺしたたいて気合を入れなおす。
やってやるって!!!
結局一睡もしなかったがページは半分も攻略できなかった。