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3話 どろぼう猫

3 どろぼう猫


 太陽が高く登るほどモヨコは反比例で沈んでいく。

 今日は珍しく寝坊してしまったせいでモヨコ以外にも登校している生徒たちがそちらこちらにうろうろしている。校門の前ではちょうど先生が自転車通学の生徒のヘルメットチェックをしていた。モヨコたちの通う中学校は町中の3つの小学校から集まってくるこの町唯一の中学校だ。

 自転車通学の生徒たちにとってこのヘルメットチェックは死活問題である。ノーヘルがばれてしまうと1週間の自転車通学禁止、つまり親から文句をぶつぶつ言われながら車で送ってもらうか、延々と1時間もかけて歩いてくるかの二択を迫られてしまうのだ。

 中学生といえばそろそろオシャレに手を出す人たちも増えてくるころ。そんな人たちにとってヘルメット通学はとにかく苦痛なのだ。せっかくの髪型がぺったんになってしまうのは耐え難い屈辱なのだ。おまけに夏で蒸れる。

 ちなみに彼らのオシャレのほとんどがもみあげや襟足の長さにチャレンジしたり、上級生に呼び出されない程度に眉毛を細くしていくチキンレースであったりでそんな歴史から消えそうなヤンキー風の見た目に憧れているのをモヨコはいつも不思議そうに眺めてる。

 中には髪を染めている女の子たちもいるがそれはみんな正真正銘のヤンキーである。そしてだいたい先生に呼び出されている。

 ということで生徒たちの間では教師の見回りスポットの確率が高い交差点の情報がやり取りされている。

 幸いモヨコの場合中学は歩いて通える距離である。モヨコにとってもお兄様に愛される妹を目指している身としては髪型も少しは気を使っているし何より汗で蒸れるなんてもってのほかだ。

 ただモヨコの家は徒歩通学と自転車通学に切り替わる2.5km圏内ギリギリ。道路のほんの少し向こうにおうちがあれば自転車に乗れる距離だったのだ。そんな距離を歩くというのはもともと運動が得意ではないモヨコにとっては十分につらいのである。

 校門の並木道を抜けてぼろっちい木造校舎が見える。

 玄関から入ると迎えてくれるのは卒業生が制作した『ゲルニカ』の複製だ。高名な画家なのはモヨコも知っているが歪さしか感じない。下駄箱で靴を脱ごうとしているところで声を掛けられる。

「おはよ」

「こんなところで声かけていいの?」

 モヨコは部活も委員持ってないし、かといってギリギリまで惰眠をむさぼるタイプでもないので周りには登校してきたばかりの生徒たちがちらほらといる。

 同じ小学校のクラスメイトはいつまでも根に持っているみたいでせっかくモヨコのことを知らない他の小学校から来た子たちにとどまらずそのつてを使いこなして上級生下級生にも言いふらしまくったのでモヨコは完全に学校でも腫れもの扱い。

「なにが?」

「なにがって…あなたが構わないなら別にいいけれど」

 モヨコはそっと周りを見回すと案の定注目を浴びている。学校共通疎外ガールであるモヨコとこんな田舎ではALT(外国人の先生が英語の授業をする)以外では観測されることがほぼないという本物金髪ガール(国籍ジャパン)の絢香が並んでいるのだから。

「うーわ、朝から最悪なのと会ってしまったし!テンション下がるー、なに今度はそこの転校生をターゲットに決めたってわけ?」

 モヨコはびくっと肩を震わせると縮こまる。

「は?いきなりなんなの?」

「転校生は知らないかもしれないけれどその女は周りを不幸にしてきたんだって。

 ウチだって小学生の時ケガさせられたし、ほかにそんな子たちはいっぱいいるのによく近づく気になったっしょ」

 話しかけてきた女の子はパッツンの前髪にセミロングの髪をうっすら茶色に染めている。暗いところではわからないが陽の光に晒すとすぐにわかる、その程度の色合い。そのおかげでヤンキーの眷属ではあることは容易に察せられた。

 言葉と同様目つきもちょっときつい。かわいい方ではあるのだけれど。

「いやそういうことじゃなくて知らない人が何急に話しかけてきてるわけって言ってるの」

 そこでうっすら茶髪ガールは目を丸くした。ちょっと間を開けて目つきをさらにきつくする。

「は?あんたもう転校してきて一週間だよね?それなのにこのウチのことをごぞんじない?マジで?

 もー本当に残念!ウチのこと知らないなんて人生損してるってわけ!

 2年生で一番かわいくて賢い秀才美少女の犬神久子ちゃんを!

 はーそんなのじゃこの学校のルールも全然まだわかってないんだろうなぁ」

 この犬神久子こそかつてのモヨコの親友であり、モヨコが真っ先に黒い靄の存在から助けたかった女の子だ。

 けれど結局モヨコアンチの筆頭みたいに今はなってしまっている。裏切られた、そういう気持ちがよほど強かったのだろう。

「見た目23に見える中3みたいな姿して何が美少女よ」

「中3じゃない!中2!それに全然23になんて見えないし!どう見てもかわいい14歳じゃない!大体なんなのよ、そのダジャレみたいなの」

「おっとと、ラップも知らないなんて!!ちょっと韻を踏むために言葉合わせしただけでしょ。まあでもこんな田舎じゃラップなんて都会のストリートカルチャーを理解できないかもね」

「むかつくー!もーっなんなのよ!そんなに都会が偉いってわけ!?生まれ育った歴史環境なんて選べないのにマウントとるのずるいっしょー!」

「別に偉くないしマウントとってないよ。そういう言葉が出てくるってことはひがんでるってことでしょ。メイク頑張ってるつもりなのかもしれないけどケバイから老けて見えるから23っていっただけだしね」

 絢香はこの子がちょっとヤンキーぶりながらもファッション雑誌の髪型真似てるのを即座に見抜いてなるほど、この子は都会コンプレックスだな、と即座に見抜いた。というかこの町の女の子は大体そうなのだが。そうすればあとは性格の悪いシティーガールとしての腕を発揮するだけである。

「そ、そんなことない…!老けてなんて見えない…っ!」

「いや、目元とかもう少し明るい色入れた方がいいよ。それにリップも色濃すぎなんじゃない?他の使った方がいいよ

。そっちのほうが絶対かわいく見える。

 あ、でもヤンキー的価値観だとそういうのは逆にダサいのか」

「…ちょっと待って。本当にそうした方がかわいいわけ?」

「わたしから見たらね。でも好きなカッコするのが一番でしょ。老けて見えるヤンキーメイクが好きならそれでいいんじゃない?」

 久子と対等に接している絢香にモヨコはちょっと尊敬してしまいそうになる。モヨコにとってはひとにらみされるだけで逃げたくなる存在なのに。おまけに口から飛び出るメイクやリップ、さらにはアイシャドウ、チーク、ベースがどうとかこうとかなんていうファッション用語。すげー。

 いやいや、愛され妹を目指すモヨコだってそれぐらいの単語知ってますよ。朝の情報番組で見てるからね。

 でもそんなのこの町には売ってないし売っていたとしてもちょっと桁が違うでしょって真っ向から諦めていたのに。

 唯一の持っているリップだって唇のカサカサを抑えてくれるだけのメンソ〇ータムなのだ。薬局で300円もした。

 今の言動からすると絢香はそれをそれなりに使いこなしてるのだ。

 格が違うでしょ…

 今にもメモを取り出そうとする久子を絢香はとどめる。

「よく考えたらわたしがこんなにいろいろアドバイスしてあげる義理なんてないよね」

「そこまで言ったら最後まで教えるべきだって久子ちゃんは思うわけ!久子ちゃんをかわいくするのは人類の義務っしょ!?お預けはずるくない?もーっ」

「だって友達のこと悪く言う人と仲良くする理由ないよね」

「友達ってもしかしてモヨコのこと?転校生、モヨコがどういう子か知ってて言ってるの?あの子の本当の姿知ったら絶対不幸になる、だから親切で止めてあげてるってことわからない?

 あとで泣いて悲しんでもその頃は久子ちゃんだってもう助けてあげないし」

「いやいや、少なくともあんたよりわたしの方がモヨコのこと知ってるから大丈夫」

「…は?」

「…お?」

 何が気に障ったのか急に久子は低い声を出す。ただでさえキツイ目つきでにらみつけられると無関係の周りの生徒たちの方が居心地悪そうにそそくさと立ち去り始める。正直モヨコも去りたいのだが当事者なのである。せめて絢香の後ろに隠れようとも思ったけれどそれもプライドが許さず間抜けな棒立ちを貫いていた。

 対する絢香は見下ろす久子に一歩も向かずむしろ胸を張ってその視線を受け止める。不敵な笑みは挑発にしか見えない。

 茶髪と金髪がにらみ合う姿は完全なるヤンキーのやり取りである。本当に立ち去りたい。

「転校生の1週間かそこらでわたしとモヨコの歴史に敵うわけないってことがどうしてわからないし。

 おしゃれができても頭はよくないってホント残念。

 わたしとモヨコはね、小学校6年間ずっと一緒だったし!6年間だよ!しかも6年間ずっと同じクラス!おわかり?歴史、歴史が違う!卒アルにだってちゃんとコメント書いたし!わたしが一番モヨコのこと知ってるの!」

 ずっと同じクラスも何もモヨコと久子の通っていた小学校はクラスは一つしかないんだよなぁ、なんていえる感じではない。え、ていうか今なんていった?モヨコの卒アル、卒業アルバムにコメント書いた…?

「その理論はおかしい。だってそれじゃあモヨコの家族が一番モヨコのこと知ってることになるでしょ。あんたじゃない。そもそも長さだけで語っちゃうことがなぁ・・・自信がない証拠だよね。質という言葉があるんだよ。濃さでも何でもいいけど。

 わたしの1週間があんたの言う6年間に負けてるっていう証拠があるってわけ?」

「ある!ウチはモヨコの誕生日も知ってるし好きな食べ物もわかるし、遠足の時途中でついていけなくなったのも知ってるし、ノートはいつもおんなじメーカーのやつしか使わないってこともシャーペンの芯にだって意外とこだわってて」

「ちょっと待って…」

 放っておくと止まりそうもない久子の剣幕に絢香はこめかみを抑えると深々とため息を吐いた。

「あんた、実はモヨコのこと大好きでしょ?いや、この前もおんなじセリフ言ったけど、今回は皮肉抜きだよ」

「あ、あわわわいったい何をどうやったら久子ちゃんがモヨコなんて好きって証拠になるわけ!そんなことないのはだれもかれもがごぞんじ!」

「日本語がおかしくなるくらい動揺して何言ってるんだか…」

「動揺なんてする暇があったらウチはもう行動に移してるだろうな!それぐらいモヨコのこと嫌ってるし!ほんとだよ!もーっ!覚えてろよ!モヨコに近づくとホントひどい目に合うんだから後悔すればいいってわけ!」

 言葉で勝てる気がしなかったのかバンっと思いっきり平手で下駄箱を叩く。

「はいはい、モヨコ、行こうか」

「え、あ…」

 絢香はモヨコの手を握るとこれ見よがしに久子を振り返るがモヨコはちょっとその意味が分からない。

「あーもーっ!杉山先輩に言いつけてやるんだから!」

「モヨコ、杉山先輩って?」

「この学校の女性の不良では頂点に位置する人だと思ったけれど…隣の市でも特に荒くれてると噂の5中に彼氏がいるとかそんなことを聴いたことがあるわ」

 モヨコの手の震えからこれは本当にまずいのだ、と絢香にも伝わる、

「そう、このあたりの中学校を実は操っているともいわれる影のフィクサー杉山先輩てわけ!どう?びっくり?謝るチャンス、まだあるし!ねぇ!」

 久子はどうにでもあしらえるなのだが杉山先輩が計り知れない。絢香だって平和な学校生活をあきらめたいわけじゃないのだ。

「いろいろ言ってごめんね、久子ちゃん。今度メイク教えてあげよっか?」

「ふぇ!ほんとに!やったね!もーッ久子ちゃん、全部許す!わたしをかわいくする人類には心を広く保つことにしているし!」

「わたしも人にメイクするのは嫌いじゃないからね。がんばるよ」

「あ、でもモヨコのことについてはちょっと言いたいことがある。残って」

「らしいからモヨコ、先に行って」

「大丈夫なの?授業に間に合うかしら?」

「モヨコがいなくならないと終わらないっぽいから…心配いらない」

「じゃあいいけれど…」

 ちらちらと二人の様子を伺いながらモヨコは階段を登って教室を目指す。

 その姿が曲がり切って完全に見えなくなると絢香は久子に向き直った。

「で、言いたいことって?」


「さて、と」

 モヨコはカバンをつかむ。本日の授業もつつがなく終了。帰りのHRも終わった。

「なんだっけ、パイナリー、だったっけ」

「そう、よく覚えていたわね。それにちゃんとお金は準備しておいた?」

「うん、大丈夫ママに今日のお夕飯豆腐食べたいから買ってくるよ!って言ったら500円もくれた」

「フーン、ママ(笑)」

「ここでムキになると余計いじられることに気づかないわたしじゃないんだよなぁ」

「つまらないわ、学ばないでよね」

 二人で教室から出るとものすごく視線を感じる。

 廊下の角から。

 顔半分しかのぞかせていないから気づかれていないと思っているのかもしれないけれど窓からの日差しで茶色に輝くあの髪は犬神久子だ。

「あの、井ノ口さん、犬神さんとのお話は朝決着はつかなかったのかしら…」

「解決したよ。モヨコが心配するようなことは何もないって」

「そう、じゃあ、あの廊下の角にいるのは?」

「あはは…害は無いから気にしないで行こう!」

「いえ、あの、見られてるだけでちょっとトラウマが…」

 最初冗談か何かと思った絢香もその顔色を見るとうそを言っていないのに気づく。

「ごめんね、ちょっとだけ我慢してよ。杉山先輩に言わないっていう交換条件なんだから」

「は?交換条件でわたし、延々とにらまれ続けることになるの…?十分つらいんだけど」

「本人はにらんでるつもりではないと思うんだけど、あの目つきだとしょうがないか。

 ちょっとだけ我慢できない?なにかしてきたらわたしがやめさせるからさ」

 そう、久子は目つきが悪い。ただでさえ睨んでるように見えるのに本当に睨むと殺すぞ!!!と言葉を雄弁に目が語ってしまうほど目つきが悪い。睨んでいなくてもああん!?ぐらいは語っているのだ。

「というかそもそも朝いったいどういう話し合いをやったわけ…」

「さすがに内容を言うのはちょっとね。秘密にしてって言われちゃったし。別に久子の味方するつもりはないけど内容が内容だからちょっというのはかわいそうかなってのはある」

「もう下の名前で呼んでるのね。随分と仲が良いことだわ。まぁ都会のリア充と田舎のリア充で何か通じるものがあるのかしらね」

「もしかしてモヨコちょっと嫉妬してる?」

「バカなこと言わないで。お兄様以外の存在がわたしの感情を揺さぶるはずがないでしょう。それにわたしから人が離れていくことは慣れているわ。

 あちらの方が交流関係だって広いのだからあちらに行った方が何か有意義な情報がつかめるかもしれないわよ」

「そっちこそバカにしてるの?そりゃ最初はモヨコの特殊能力狙いの下心だったけど今はモヨコといるのが好きだから一緒にいるんだからね。見くびらないで」

「え…その…急にレズ友情アピールされてもわたし、応えることはできないのだけれど」

「モヨコは照れ隠しだか知らないけどすーぐそうやって百合ネタに昇華して素直にならないのは悪いところだぞ」

「なに急にボクっ子キャラ作ってるのよ。十分素直だわ。変な誤解しないで。

 とりあえずわたしが言いたいのはたった一つ。犬神さんがなにかしてきたら本当にわたしを守ってくれるのよね?信じているからね?」

「大丈夫だって。モヨコには絶対手を出させないから。だからさっさと行こ。

 …それにしても久子警戒されまくってるな…自業自得とはいえ少しかわいそうになってきた」

「なにかいったかしら」

「なんにもー」


「…廊下だけかと思ったら下駄箱までぴったりあとをつけられるとは思わなかったのだけど」

「しかも今は隠れてさえいないね。職員室の方からじっと見ているし」

「本当に大丈夫なのよね?」

「見えない扱いしてあげるのがお互いに幸せだと思う…」

「仕方ないわ、じゃあパイナリーへ向かいましょう」


 道沿いに広がるのは畑。そして田舎特有のトラックが何台も停めれるやたら駐車場が広いコンビニ。

 中学校から15分ほど歩いてたどり着いたのは。

「これが…パイナリー…」

「ええパイナリーね。看板が出てるじゃない」

「パイナリーってどういう意味?」

「知らないわ、ググりなさいよ。わたしにとってはただのスーパーマーケット。それだけで十分だわ。

 町にはほかにもまいづるやエーコープあるけど多分一番使われているのはここよ。

 なんてたって呉家の行きつけだからね」

 二階建ての白い直方体の建物。もちろん駐車場は広い。こんな町では徒歩でスーパーに訪れる人はまれなのだ。

「あとこの物置みたいなのなに…?」

 道路からパイナリーの駐車場に足を踏み入れるとまず目に入るのはまずこの物置みたいな建物だ。ホームセンターなどで売ってそうな本当に小さな物置小屋。

「おっとと、あなた、ラーメンエドモントンをご存じでない?店舗、人員、ありとあらゆるコストを削減することで安く最高のラーメンを提供するラーメンエドモントン!いい加減この町のことをもっと知ってほしいわね」

 確かに入り口の引き戸には『ラーメンエドモントン』と書かれている。

「え、これ、ラーメン屋さん?おいしいの?」

「知らないわ。井ノ口さん、あなた、中学生が500円も出してこんなところでラーメン食べるわけないでしょ。お小遣いもろくにもらえしかのに。常識で考えてよね」

「500円って別に安くもないじゃん…」

「その辺はノリよ」

 ガラス越しに覗くとカウンターは座れて3人、今はだれもいない。店員さんは目の前。よくあんなスペースだけでラーメンを作れるものだ。おまけにどう考えても夏は暑く冬は寒いであろう壁薄仕様。多分絢香もこのお店に入ることはないだろうな、とぼんやり思った。

 夕方ということもあるのか、パイナリー内にはそれなりにお客さんたちが入っている。

 さすがこの町で一番の人気店?といっていいのか入ってすぐ出迎えるのは洋服を売るスペースだ。

「シティガールの視点からこの洋服屋さんってどうなの?」

「いや、これおばちゃん用の安いからいいよねって服だよね」

「やっぱりそうよね…わたしもここで服を買う子なんているのかって思うのだけどやっぱりわたしたち向けじゃないわよね。

 やっぱりこんなところで洋服を買うようでは本当に愛される妹になんてなれやしないわ」

「あ、モヨコ洋服買いに行きたいの?だったら絶対ここは無しでしょ。とりあえず花柄があればいいってレベルだし記事にしたって素材も毒々しい色使いもどう考えてもモヨコには似合わないって。

 なんなら今度わたしが似合う服見立ててあげよっか。モヨコ口は悪いけど見た目はいいからやりがいありそうだなー」

「はいはい、そうね、でもその前にあなたが死んでしまうと困るからとりあえず目的を果たしましょうか。

 食品売り場は一番奥だから向かいましょう」

 野菜売り場の隣に油揚げなどと一緒に豆腐は並べられていた。種類木綿、絹ごしが複数種類置いてある。

「え、この豆腐なに?」

 絢香が不思議そうに指さす。

「は?栄養豆腐でしょ。どこのお店だって売ってるわよ。」

「いやわたし四角い豆腐しか見たことないよ」

 チューブ状に充填された豆腐。モヨコの家では割とよく食卓に上がるし何なら冷蔵庫に数本買い置きだってある。

「え、おいしいのに…東京では売ってないの?人生損してるわね。

 まぁそれってそのまま食べる用のお豆腐なの。お料理に使うのはこっちにある、あなたでいう普通の四角い豆腐ね」

「へー…ね、両方とも用津姫豆腐って書いてあるけど」

「たしかこのあたりの昔話に出てくるお姫様だったわよ。

 詳しいこと知りたかったら駅前の観光掲示板に大体のあらすじ書いてあったと思うけど。多分川とか水に関係するお話だったはず。だってこのお豆腐、用津川の水を使ったお豆腐だったはずだもの」

 用津姫豆腐は少しだけお高いせいか隣に置いてある一丁50円の豆腐より何となく白さが違う。照明のせいかちょっとだけ輝いてさえ見える。さすがこの町の原産品。

「よくそんなこと知ってるわね」

「なんとなくドレッシングのラベルとかの原材料とかこうこうこだわりの素材を使いましたって書いてあるの読んでしまうことあるでしょう?

 それと同じで晩御飯待ってる間になんとなくお豆腐のパッケージを読んだら書いてあっただけよ」

「いやそんなの普通わざわざ読んだりしないって。ちなみにモヨコはどっちの豆腐がおすすめ?」

「それは断然用津姫豆腐ね!他の豆腐と食べ比べてみればわかるわ。確かな豆腐が、真の豆腐が、豆腐という意味が。だから用津姫豆腐の普通のやつと栄養豆腐を買いなさい。

 どっちにしろ両方とも買って帰らなきゃいけないでしょう?」

 そこでモヨコは少し目線を周りに向けた後に絢香の耳元に口を寄せる。

「だって犯行にどちらの豆腐が使われたか、愛さんに聞かないとだめじゃない」

「あーそっか」

 絢香もポン、と相槌を打つ。仮に丸い栄養豆腐の方であればこのスーパーで凶器を手に入れた、ということがほぼ確定する。

 そして絢香がチューブ状の豆腐と通常の豆腐、それぞれ二つずつ買い物かごに入れているところで。

「転・校・生!そんなに近づくと危険だって何度も言ったはず!もーっ何度注意したらお分かりになるし!」

 ぐいーっと二人の間に割って入る人影!もちろんここまでついてきていた犬神久子である。

 つとめて気づかないふりをしていたモヨコもこの急襲には恐れおののき飛びのいた。後ろ手食材をあさっていたおばちゃんにぶつかりそうになる。

「それにしてもひそひそ話にしたってちょっといちゃいちゃしすぎだと思うし!

 あんなに耳元でウィスパーボイス聴く権利なんて…じゃなくって!呪いの囁きになるっていうのを久子ちゃんはとっくのとうにごぞんじ、だから転校生を守りに来ただけで他意はない、他意は。

 その辺ちゃんとおわかりだよね?」

「あ、はい」

 絢香に話しかけているものの久子は実際のところモヨコが気になってしょうがない様子だった。

「あ、犬神、さん…」

「なにモヨコ!言いたいことあるならはっきり言ってくれないかな!」

「いや久子、ついてくるだけって言ってたじゃん。なんで割り込んでくるかな」

「だってだって…我慢できるわけないし!転校生とモヨコがずっと二人でいろいろとさ。

 だいたいなにしに来てるのかな?寄り道するなら松月園とかのほうがまだいいでしょ。

 それかガチャガチャおいてるところとかならわかるけど…

 なんで二人でお夕飯の買い物してるわけ!?どういうことだし

 一緒に住んでるってわけじゃないよね!」

 松月園はこの町唯一の本屋さんの名前である。

「え、どこをどう見たら一緒にお夕飯の買い物に見えるの?」

「豆腐を比べてどっちがおいしいかなぁってやってたのに言い訳するわけ!

 はたから見ててもそんなことするのって同棲したてのカップルみたいな…

 …え、お夕飯お買い物…デート?」

 自分で言った言葉にダメージを受けている久子。

「あーたしかにそう見えるかも?」

 なんてのんきに絢香は買い物カゴとモヨコを見やる。

 モヨコはフルフルと首を振って否定。

「…わたしはそんなつもりは全くないのだけれど。でも放課後にお夕飯買い出しデート…お兄様としてみたい、かも」

 ただ久子がいるせいでいつもの勢いはなくぼそり、呟く。

「そういうつもりじゃないなら二人でわざわざお豆腐なんて買ってどういうつもりっしょ!お豆腐なんて食べる以外やることないし!」

 モヨコはチラリ、と絢香を伺う。

 ここで食べる以外に人を殴ることだってできるんだよなぁというのは簡単だけれどそれは絢香の問題だし久子の剣幕に口をはさめない。

 が、それが久子には二人の秘密って感じられてイラっとしてしまう。今まで独りぼっちだったモヨコにいつの間にかついて回っている絢香。

 その目線だけのやり取りでモヨコと絢香がそれなりに仲がいいっていうのが伝わってしまうのでなおさら。

「んー久子はお化けとか幽霊とか信じる?」

「は?モヨコみたいに黒いのが見えるとケガするーとかそんな話?

 ねぇねぇ、おわかり?わたしたちもう中学生だよ?

 そんなJSが読む雑誌の占いコーナーみたいなこと誰が信じちゃうのとかおめでたすぎっしょ?

 全部が全部作り話っていうのはとっくにごぞんじだし」

「あーじゃあお話はここで終わりだね。

 わたしとモヨコはそんな占いコーナーみたいなことのために一緒にいるんだからさ。

 でも、久子が考えるような変なことはないからそれだけは安心して」

「い、いつ久子ちゃんが変なこと考えたって証拠だよ!

 もー!そんなことあるわけないし!

 それにしたってモヨコ、小学生の時だって人には見えないものが見えるんですぅ~って不思議ちゃんぶってそれはまだ変わらないわけ?もう中学生だっていうのに!」

 モヨコは言い返せずにした唇をかみしめる。

 絢香としてはこんな弱弱しいモヨコを見るのは初めてで、久子とモヨコの関係は完全にネジクレてしまってるんだな、と改めて理解するとモヨコの前に身体を滑らせる。

「これ以上口出しするなら帰ってくれない?ここまでしていいとはわたし言ってないんだけど」

「は?いまさらそんなこと言えるって思ってるの?転校生、お分かり?ウチこと久子ちゃんを敵に回すってことは杉山先輩にだって目を付けられるってことだし。

 それがこれからの中学生活がどうなっちゃうかってご存知ない?それこそ灰色の中学生日記の開幕ってわけ」

「いい予感はしないけど、ま、死にはしないでしょ。わたし、今生きるか死ぬかがかかってるんだからそれに比べるとましだよね」

「…死ぬってどういう意味?そういうのって簡単に口に出すことじゃないし。それともモヨコ、もしかしてこの転校生にも黒いのが見えてるっていうわけ?」

「え、ええ。そうよ。井ノ口さんにはわたしが今まで見た中でも一番強く、靄がまとわりついている」

「ふーむ、それでどうしてそれがお買い物になるの?ウチにはそこんとこわからないし」

「だからそれが幽霊とかお化けの話になるんだけど久子は信じる気なんてないんでしょ?だったらもうこの話はおしまいでしょ。

 帰ったら?」

「もーっなんなんだし!そこまで言ったんなら聞かせてくれるべきだと思うわけ!もしかしたらなんか手伝えるかもしれないっしょ!

 それともウチだと頼りにならないとか言いたいってわけ?」

「モヨコはどう?久子がいても大丈夫?」

「わたしの事件じゃないもの、あなたが決めるべきだわ。それにわたしは一緒に冥府魔道を歩くって言ったでしょう。

 どっちに転がろうと途中で抜けるなんて不義理なことはしないわ。お兄様は情に薄い女はお嫌いだもの」

「だ、そうだけど、ただじゃ教えたくないなぁ。聞いたからには手伝ってくれ、とまではいわないけど邪魔はしないって約束してくれる?これからもモヨコとは二人でいろいろ動くと思うけどそのたびに割り込まれてたら困るんだよね」

「が、がんばるかな」

「きこえなーい!もうメイクもやり方忘れちゃいそうー」

「わ、わかった、わかったし!約束する、これでいい!?」


「さっきはちょっとやりすぎたかも…ごめん、転校生はなに飲みたい?

「え、いいの?んーどれにしようかな」

「あ、選ぶのはカップのほうだよ!缶とかペットボトルは高いからダメだし!」

「じゃ、オレンジで!」

 ここはパイナリーの一角、休憩コーナーだ。といっても丸テーブルが三つと椅子が並べられている。天井から吊るされたテレビには全然興味がわかない相撲がのこったのこったはっけよいのこった肉体をぶつけ合っていた。

 周りには自販機が3つ。それにカードダスとガチャガチャ。小学生の頃はここに来るだけでわくわくしたのだが今もそんな気持ちは少し残っている。あれって見える場所には当たり入れてるんだけど実際回すとなんだこれって物体が平気で出てくるし。カードダスもキラキラは20枚に1枚しか出ないということを気づいてからはお小遣いの100円を突っ込むのはやめてしまったのだけれど。

 久子はカップを3つ持ってテーブルに戻ると自分にはジンジャーエール、絢香にはオレンジジュース、そしてモヨコの前には氷を入れないアイスココアを置く。

 おかれたアイスココアにハッとしてモヨコが顔を上げると久子はプイっと顔をそむけた。

「それじゃ文句あるっていうわけ?だったらこっちでもいいけど?」

「炭酸、口が痛くなるからこれでかまわないわ」

「それぐらい知ってるし」

 小学生の時、いつもは親と一緒にしか行ったことがなかったパイナリーまで初めて子供だけで行った。その時は100円しか握りしめてなくて久子と一緒に飲んだのがこのアイスココアだったのだ。

「それじゃ転校生、さっそく話を聞かせてもらってもいいかな?」

「その前に久子、もう転校生って呼ぶのやめてくれない?苗字でも名前でも好きなように呼んでいいからさ」

「じゃあ絢香って呼ばせてもらうし。で、生きるか死ぬかってどういうこと?穏やかじゃなくない?」

「そうそれ、本当に穏やかじゃないんだよね…久子はおととしに起きた殺人事件のこと、知ってる?」

「知らない人の方がいないし。そんな当然のこと聞くなんて大丈夫?」

「じゃあ殺された人は?知り合いだったりする?」

「愛さん、でしょ?それがどうしたってわけ?」

「その愛さんに死ぬ呪いをかけられているんだよわたし」

「…死んだ人を悪く言うのはさすがに感心しないし」

「井ノ口さんが言っていることは本当なの。彼女にまとわりつく靄のすべてが愛さんが原因だって本人だって認めているわ」

「本人…?モヨコ、靄に続いて幽霊まで見えるようになったってわけ?

 それにしたってでも愛さんが絢香を呪う理由なんてなくない?転校生で顔見知りでも何でもないんだから。それとも絢香は実は昔この町に住んでたとでも?

 けどさすがにこんなに外人さんを忘れるなんてことありえないし」

「いえ、井ノ口さんが越してきたところというのがその、愛さんのおうちなの。だから理由って多分それだけだわ」

「そういうこと、でその愛さんとかいう幽霊はわたしに犯人を見つけるまでは呪い続けるって言ってるの。詳しい話は本人にしてもらった方が助かるんだけど久子にもあの幽霊見えるのかなぁ」

「親御さんには見えていないんでしょう?どうでしょうね。愛さんと多少なりともかかわりがあるのだから見えるかもしれないけれど」

「そこまではまぁ百歩譲ってわかったことにしてあげてもいいよ?でも久子ちゃんとしてはそれでなんでお買い物になるのかが全然わかんないんだけど!どういうこと?ねえ?」

「久子ってケータイはスマホ?」

「は?当たり前のことをいまさら聞くわけ?本当に?いまどきのJCなら当然必須のアイテムっしょ」

 スクールバックから取り出したのはピンク色のカバーに包まれたスマホ。キラキラにデコられている。

「モヨコ、やっぱり今どきスマホが当然らしいよ」

「…いいの、わたしはガラケーが好きなの」

「も、モヨコのガラケーもシンプルだしこだわりあるって感じで悪くないって思うけどな!」

「え、あ、ありがとう?」

 思わぬ久子からのフォローにモヨコは戸惑ってしまう。

「まぁそしたら話が早いな。△△町女子高生殺人事件、でググってみて」

「愛さんの事件ってわけね」

 指がするすると動くさまは相当に使い慣れている。検索が始まると絢香は画面を隣からのぞき込む。

「その上から3つ目のやつ、そこ開いて」

 そこは絢香がプリントアウトしたのと同じサイトだ。しばらく久子は目を滑らせる。

「えっと…死体の横には豆腐が転がっていた…?だから豆腐を買いに来たってわけ?」

「そう、いまから幽霊に豆腐を見せて何か思い出すか聞こうと思ったの」

「女子中学生ができることなんてたかが知れているから。今日みたいな平日は特に。学校を休むなんてこともできないし」

「フーン、じゃあ二人は今から愛さんに豆腐を見てもらうために絢香のうちに帰るってこと?」

「そうだね、そうなるよ」

「ウチも行く」

「…え?」

「そう言いそうな気はしてたけど、あえて聞くよ。久子、なんで?協力してくれないなら関わり合いになる人は少ない方がいいんだけど」

「は?なめてるの?そこまで聞いたらさすがになんかしてあげないとかわいそうだし。それにちょっと愛さんにもあってみたいし」

「本当のところは?」

「モヨコと一緒になんかしてるのがむかつく」

「え、あ、じゃあわたしは今日帰った方がいいのかしら…?夜にメールで内容だけでも教えてもらえれば構わないし」

「はぁ?モヨコがいなくてどうするし。どうやったら帰るって発想になるか理解できない…っていうか、え、なに?絢香とモヨコはメアド交換してるの?」

「まぁ一番の相談相手だしこの町での初めての友達だから当然じゃない?」

 ふふん、と絢香は自慢気にスマホを揺らす。

「むかつく…」

「あ、じゃあ井ノ口さんも犬神さんと交換したらどうかしら…?」

「そっちじゃない!もう!なんなのモヨコ!もーっ」

「…ごめんなさい」

「謝らなくていいし!そういうのじゃないってどうしてわからないかな、もーっ!」

「モヨコ、久子はさー」

「言わなくていい!!絢香にそれされるの本当に敗北感しかないから絶対にやめろし!!」

「あ、はい」

 何はともあれ三人は連れ立って井ノ口邸(旧若林邸)に向かうのだがモヨコとしては針の筵を歩かされているかのような居心地の悪さだった。久子はむっつりと黙り込んでしまうし絢香はちょっとにやけるだけで何も言いやしない。

 そんな中二人の伸びる影をとぼとぼと追いかけるのだ。しかも二人がなんでそう正反対の態度をとるのか全く分からない。


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