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12話 鉄槌

次の日学校が終わるとモヨコと久子はありったけのお小遣いをもってパイナリーへと向かった。


 モヨコの昨日思いついたこと、それはすでに久子に伝えてある。


 ありったけの、しかし中学生のお小遣いとしてたかが知れている額をもって買い占めた。


 学生服でこんなに買い物しているのは珍しいのだろう。レジのおばちゃんに不審な目で見られたけれどそれだけなら安いものだ。


 二人は両手いっぱいの買い物袋をぶら下げてパイナリーを出る。


「うぇーこれで今月のお小遣いもうなくなっちゃったし…」


「犬神さん、ごめんなさい、来月…来月には返すから」


「あ、別にそういうわけで言ったわけじゃないし!


 絢香のために必要なんでしょ?だったらモヨコばっかりに負担させるわけにはいかないって思うな!


 ウチだってまぁ、頼れって言ったんだから個ぐらい別にいいし」


「でも…」


 明日はできるだけお金をもってきてなんてメールを出したのに500円玉一枚を握りしめてスーパーに駆けつけた身としてはお正月しか手にしたことがない、つまり5000円札をもって登場した久子には頭が上がらない。


 呉家にもお小遣いという概念はあるのだが基本的にお手伝いでしか支払われない。それに別にお手伝いしなくてもお菓子なんかはスーパーに一緒にお買い物に行けばカゴにそっとしのばせることでたいていは買ってもらえる。


 欲しいものがあればそれを言えば買ってもらえたりもらえなかったり。勉強道具や本に関してはほぼ買ってもらえるのでそれで困るということはほとんどなかったのだ。


 対して犬神家は月額支給、それに加えて中学生では破格の月額5000円だというのだからモヨコは経済格差で頭がくらくらした。


 呉家はおじいちゃんが建てた家を一部の生活スペースの内装だけリフォームしたハウス。それにたいして犬神家は久子が小学生の時に新築で新しく建てた。つまりこんな町の中ではお金持ちの方に入るのだろう。


「で、準備はどっちの家でやるし」


「わたしのおうち、いつ親が帰ってくるかわからないからできれば犬神さんのおうちの方がいいわね。


 犬神さんの方が近いし」


 農家の呉家に対して犬神家はこの町では少ない勤め人である。


「まーこんな大荷物持って歩くのもめんどくさいしウチは別にいいよ」


 けれどまぁ犬神家に着くころには両手の大荷物のせいも加わってすっかり汗をかいてしまったのだった。


 久子の部屋に入るのは小学生以来だった。絢香やモヨコの部屋と比べると物が少なくてベッドとテーブル。


 無造作に置かれたいくつかのファッション雑誌。


 その代わり部屋の壁にはクローゼットに入らなかった分なのか服がいくつもつるされていてベッドサイドには鏡やメイク道具を入れたボックスがある。


 準備してくる、と一階に降りて行った久子を待つ間いろいろと目を動かすが教科書や筆記用具は部屋で使われた感じがほとんどないのであれで成績はそんなに悪くないというのはずるいな、と小さな嫉妬を覚えた。


 それだけにモヨコたちが買い込んできたこれが部屋にひどく不似合いである。


「モヨコーあけてー」


 扉を開けると両手いっぱいに道具を抱えた久子。


 いよいよこれからが準備だ。


 もくもくと二人は作業に取り掛かった。


 べちゃべちゃぐちゃぐちゃぐしゃぐしゃぐしゃの愚者。


 単純作業は得てして考えを変な方向にトリップさせる。ノート一面に漢字の書き取りをしているときなんかと同じだ。手元を動かしながら脳内ミュージックだったり変な妄想に走ったり。


 準備の音が鳴る、当初は絢香のため、と思っていたモヨコもいつの間にかろくでもない言葉遊びををし始めたのがぐしゃぐしゃの愚者。ちなみにこれは明日の幽霊の姿(予定)だ。


「ねーモヨコ、準備してる?」


「それなら今こうやってやっているじゃない。井ノ口さんを助ける準備」


「いや、そうじゃなくてテロップ…いるっしょ?あとでスタッフがおいしくいただきましたって」


「っ!!ふっぐぅっ、ちょ、やめて。変なこと言ってると失敗するわよ」


「こんな作業どうやったって失敗しようがないって。小学生だってできるって…あ」


 手が滑って思いっきり久子の顔に塊が跳ねる。


「もう、ほらわたしは注意したのに。大丈夫?目には入らなかったかしら?」


 モヨコは傍らからティッシュを取り寄せると久子のほほをぬぐう。


「だ、大丈夫だし…?もうついてない?」


 久子は顔を真っ赤にしながらモヨコによく見えるように顔を傾ける。


 モヨコはまじまじと久子の顔を見つめた。


 モヨコはたまに絢香のメイクを羨ましがっていたしこの前も久子がしてあげたメイクに感激していたけれど久子にとってみればモヨコの方がよっぽどずるい。なにもしていないのにこのクオリティなら世の恋する乙女たちはいったいどれだけの努力をしなければいけないというのだ。


「大丈夫、だと思うけど…犬神さん、もしかして無理しているかしら。


 顔真っ赤だしボーっとしているし…


 いろいろ手伝ってもらってばっかりでごめんなさい」


「や、ちがう、そういうのじゃないって!


 それにごめんなさいじゃなくてありがとうっていつも言ってるし!


 ほら、続きやるっしょ」


「ええ、手伝ってくれてありがとう。


 今日中にしっかり終わらせてしまいましょう」


「…ねぇモヨコ、その、最後の役割ってウチが代ろうか?別にそれを使えばだれでもいいんならウチでもいいわけっしょ」


「急にどうしたの?」


「いやだってさ、モヨコのこれって幽霊の若林愛さんを除霊…するってやつっしょ。


 愛さん自身が成仏したいって思ってないならそれってやっぱり殺人…にはならないか、愛さんはもう死んでるし。


 でもやっぱり感覚的にはそういうことになるって思うわけ。


 この世に未練を残してる幽霊を無理やり消すってウチらの感覚からすると殺すと違いがわかんない。


 ウチにもさ、嫌いなヤツ、ムカつくヤツ、死んだ方がいいって思うヤツいるけどさ、じゃあ自分の手で殺してもいいですよーなんて言われたってそんなことできるわけないって!


 よっぽど追い詰められていたり、どっかブレーキがかかんないようなヤツじゃないと無理。


 モヨコ、前は愛さんに結構遊んでもらってたりしてたじゃん?それどころか今だって見えてるし話だってしてる。


 やっぱりモヨコにとってこの除霊って殺人と一緒だと思うわけ。


 その点ウチはさ、愛さんとお姉ちゃんがあんまり仲良くなかったしウチはお姉ちゃんべったりだったから顔見知りぐらいなものだし今だって見えていないんだから全然殺すっていう感覚もないんだ。ただなんもないところに突っ込むだけ。


 でもモヨコは違うっしょ?


 今は絢香のためっていう理由もあるしやるしかないって気持ちになっていると思うけどそのあと後悔、というかそうじゃなくてもあとから思い出していやな気持になることだってあるかもしれないじゃん」


「ふふ、犬神さんって優しいのね」


「モヨコ真面目に聞いてる?笑い事じゃないし」


「いえ、その気持ちは本当にうれしいわ。


 でも大丈夫よ。犬神さんにはいろいろ手伝ってもらって今だってそんな風に言ってもらえてそれだけでもう十分おつりが出るわ。


 だからあとはわたしがやる。犬神さんはそれを信じて明日も背中を押してくれるだけで十分なの。


 仮にわたしが愛さんを除霊することでそれで何か十字架を負うとしてもそんなもの大したことないわ。


 わたしが受けた屈辱に比べれば。わたしが味わった無力感と比べれば。わたしがみっともなくお兄様の前で泣いて縋り付いたことと比べれば。


 受けた傷がかなり深いのならなおさら思い知らさなければいけないの。かわいくか弱いだけの女の子ならお兄様に並び立つ存在にはならない。


 わたしが愛される妹としてのわたしを取り戻すために。


 お兄様に胸を張って成し遂げたって言えなければいけないから。


 井ノ口さんにも必ず助けるって言ってしまった後だしね。お兄様は有言実行する乙女が好きだもの。


 ならわたしはやるだけだわ。


 それに犬神さんも言ってたけれど犬神さんでは見えないでしょう?とにかく最初が肝心なんだから見えないっていう不利は避けたいわ」


「それもそっか、たしかにウチじゃあてるのも難しいか。


 まぁ代わって欲しくなったらいつでも言ってくれていいし」


「ええ、ありがとう。


 でもそうならないようにやるわ」




 土曜日。決戦の土曜日だ。


 晴れ渡った空の下、井ノ口邸の前に二人はたたずんでいた。


 モヨコも、久子も二人にしては珍しくナップサックをしょってきている。お互いそんなものを私服に使う、なんて機会はほぼないので久子は洋服を買った時にお店が入れてくれるブランドロゴの入ったビニール製のものだし、モヨコに至っては小学生の時の家庭科の授業で作ったやたらかわいい柄の手作りだ。


 今日のための作戦はしっかりと打ち合わせている。


 その気になれば逃げることなんて簡単にやり遂げてしまう幽霊の前では準備をいくらやってもやりすぎということはないだろう。


 石橋をたたいて壊す、なんて皮肉があるがモヨコはそれでもかまわないというぐらいに準備をしてきた。


 中学生、ましてや学校の成績はともかく自分が人より頭がいいなんて思ったことはまったくない。たとえやりすぎたとしてもそれは他人が、大人が見ればきっと笑ってしまうような浅知恵だ。


 そのためにもまだ朝が早いうちからこうやってもしも、の備えをやっている。


 絢香との約束の時間まではまだ時間があるがそれまでにやることの多さを考えたらそれも問題ない。


「と、モヨコ、これで大丈夫なわけ?」


 無事におうちの人に、そして幽霊から見つからない、というミッションをこなした安堵から、久子は息を吐く。


 そう、一番の問題は絢香ご両親、そして何よりも幽霊の目から逃れる、ということなのだ。


 幽霊は家の敷地から出ることができない、という条件を信じれば表側は時間さえあればいいがどうしても家の裏側にする準備だけは庭に入らざるを得ないのでそれがまずは第一関門。


「ええ、犬神さん、ありがとう。しかしこの時間は愛さん土曜のハイパーアニメタイムとはいい身分で助かったわ」


 当初夜に忍び込むことも考えた。が、幽霊が夜寝ているとは限らず、ならいっそテレビにくぎ付けの時間を狙って作業をする、というシンプルかつ効率的な作戦だ。


 もし幽霊が部屋から出るそぶりを見せたらすぐにわんこーるしてもらえるようにしている。


「あとは当初の予定通りいきましょう」


 お互いにナップサックを肩から降ろした。ここからは時間勝負。準備したものはすぐに取り出せるに越したことはない。


 幽霊はきっちり朝10時までアニメタイムを満喫しているらしい。


 小さく息を吸うとモヨコはインターフォンを押した。


「はーい」


 絢香ママだし日本語が通じるというのはもう何度も経験しているのだけれどそれでもやっぱりどこからどう見ても外人さん、しかもこのあたりじゃまれにでも見ないようなスリムで美形のお母さんは何度見ても委縮してしまう。


 着てるTシャツが謎日本語Tシャツという残念さですら様になってしまうのはずるい。


「お、おはようございます」


「絢香ちゃんの様子見に来ましたー」


「あら、毎回ごめんね。


 そろそろ元気になるって思うんだけどまだ部屋で寝てるから行ってあげて」


 ぺこりとお辞儀をするとお言葉に甘えて二人はお家に上がり込む。絢香ママがキッチンに消えるのを確認するとまずはもともと若林愛の部屋であった場所の扉を開けなければならない。


 これが今回最大のミッションだ。お家の中の音というのは意外と響くもの。


 階段を上がる音を消すために持ち込んだタオルを敷いて一段一段上るという徹底ぶりだ。


 二階にたどり着くまでに幽霊が現れることはなかった。気づいてなかったのかあえて無視しているのかわからない。


 多分音らしい音は立てていなかった…と思うのだがよくよく考えれば下で絢香ママと応対したのだから多分来ているのはもう気づいているのだろう。


 まだ一階にいると勘違いしてくれれば御の字だ。


 とりあえずハンカチでノブを包んでゆっくりと回すのだがこれにどれだけ意味があるのか、しかしやらなければいけない。


 そうやって忍び込んだなにもない元若林愛の部屋での準備を済ます。


 残るは絢香の部屋のドアだ。


 そうして最後の準備としてモヨコは後ろ手にそっと今回の切り札を握った。


 お互いに顔を見合わせて頷く。


 あとは打ち合わせ通り。


 千載一遇のチャンスに賭け、乾坤一擲の一撃を放つ。


 久子がノックをする。


「絢香ー?起きてる?」


「ん、入ってきていいよ」


 モヨコはなるべく見えないよう身をひそめるとドアの隙間から幽霊の位置を確認した。


 本当に幽霊はいいご身分でテレビの前に正座して土曜のアニメタイムを楽しんでいたが顔だけこちらに向ける。


「あーおはよ、モヨコちゃん久子ちゃん。て言っても久子ちゃんには聞こえてないんだよね。


 つらいなー悲しいなー。


 モヨコちゃんも昨日は来てくれなかったしもうあきらめちゃったのかうぇ」


「ええええい!」


 幽霊が全部言い終わる前に部屋に飛び込んだモヨコは勢いそのままに後ろ手に隠していたものを振り下ろす。


 が、その手は確実に幽霊のこめかみに打ち込まれた。


 握っていたものが指と指の間からこぼれカーペットにシミを作る。


 幽霊の顔面の左半分は消し飛ぶ。幸いなことは脳症血液をばらまくというグロい描写はなくフィギュアや陶器のように、えぐるというよりも割れるといった方がふさわしい。断面ものっぺりとした平面だ。


 幽霊は目を丸くした。どれだけ油断していたというのか現状に感情も思考もまだ追いついていないらしい。


 さまよう右手がかつて頭があったをまさぐるがただ空を切るだけだ。


 モヨコとしてはそのすきを見逃すはずがなくすでにナップサックから次の武器を用意している。


 蓋をはずした水筒はラップで栓をして、すぐに中身が取り出せるようになっている。


 モヨコは手のひらに中身を載せると幽霊に投げつけた。


 手のひらから飛び散る白い塊は散弾銃のように幽霊の上半身、顔に穴をあける。


 向こう側が見えるようになってしまった手のひらを見ながら愕然と幽霊はつぶやく。


「え、ちょっと、これはシャレにならないって」


 慌てて部屋から飛び出そうと壁に飛び込むがぶつかってはじき返されてしまう。


 そのまま絢香が寝ているベッドに転がるような形になってしまう。


「なんで、なんで抜けられないのーっ!!うーこうなったらまだ出来上がってないけど」


 絢香のお腹の上に浮かんでいる黒い球体に手をのば


 す前に眼前に白い塊が襲い来る。


 それは水筒を思いっきりフルスイングしたモヨコだ。


 下半身が消し飛んだ幽霊はそのまま白い塊に押されて壁に貼り付けにされる。


「え、ちょっとモヨコちゃんひどくない…?」


「ひどいっていう人間の方がよっぽどひどいことをしてきているわ」


「なにそのバカって言った方がバカみたいな理論!あんまりにもクソ理論!暴論!


 どう考えたっていまひどいことしてるのはモヨコちゃんの方でしょー!」


「いや幽霊の方がひどいでしょ…わたしを巻き込んで呪ってなにをいってんの」


「井ノ口さんの言う通りだわ。


 それに喚く元気があるうちに辞世の句でも詠んだ方がいいと思うのだけど。


 わたしは待たないから」


 言葉通りにモヨコはナップサックから次の水筒を取り出している。


「待って待って。もう本当にやばいんだって。


 大体いきなり過ぎない?


 モヨコちゃんって絶対探偵なんだよねっ?


 だったらもっとほら、推理パートですべての謎を明かしておまけにわたしの動機も暴いて、わたしの悪あがきみたいな反論も完膚無きほど叩き潰して許しを請うようにすべきだと思うな」


「ずいぶんと字余りしたのね。まぁエルラブリなんて名乗るあなたに教養なんて期待していなかったからもうそれでいいわ」


 モヨコはそのまま絢香のベッドサイドに身を乗り出す。もう手を伸ばすだけで幽霊に手が届く。


 幽霊の周りに浮かんでいた火の玉が次々と空気に飲まれて溶けていく。


「あのさ、モヨコちゃんが投げたこれで本当にもう身動きできないんだって。


 だったらもう少し待ってくれても…


 あー痛くないのは助かるんだけど血が抜かれてるって感じなのかな…


 寒い…身体がないのに寒いって本当にやばいよね」


 モヨコは手にした白いものをゴリゴリという音が聞こえそうなほど幽霊の左胸に塗り込む。


 実際は触った感触なんてないのだから視覚的にそうだ、というだけだが目に見えて幽霊の色が薄くなり始めていく。


「わたしは事が終わる前にドヤ顔で推理を披露するほど厚顔無恥な女じゃないわ。


 だってそれが間違えてたら恥ずかしいもの。これ以上お兄様に恥をさらすことはできない。


 だから推理パートはあなたが完全に消え去ってからいくらでも披露してあげるわ。


 否定がなければそれはもう真実といっても差し支えがないもの。関係者皆が信じればそれこそが結論よ。


 あなたに弁明も否定も暴露もさせない。あなたはただただ消え去っていけばいいの。


 そしてわたしが一方的に語る思い付きとこじつけばっかりの推理が真実になってしまうのよ。


 そんな事態を招いたのはあなたの失敗が原因なのよ。あなたが犯した絶後の失敗、のね」


「そのフレーズ使うなんて…モヨコちゃん根に持ちすぎじゃない?


 よーっぽどくやしかったのかなぁ」


 モヨコは鼻で笑う。


 水筒を掲げるとそれをそのまま幽霊の頭にどぼどぼとかけていく。


「わたしなんかを探偵に指名するからこんな目に合うのよ。


 推理小説において犯人に報い、あるいは偶然、あるいは良心の呵責、言葉はなんだっていいけれど死が訪れることはよくあるわ。


 あなたもそんな中の平凡な一人として消えていくのよ」


「幽霊を捕まえて平凡か…モヨコちゃんにはかなわないなぁ。


 おまけに野望の一つも語らせてくれないんだから」


 言葉が消えていくように幽霊もその色を失い身体を失い溶ける。


 ベッドサイドにこんもりと積もった白い塊だけが残った。


 そして絢香の上に浮かぶ球体もほどけるようにばらばらとなって用津姫神社へと向かって飛んでいく。


「そこは井ノ口さんの身体に戻るわけじゃないのね。あれって井ノ口さんの生命エネルギーのはずなのに」


「あ、終わったの?


 ウチは見えてないんだからピンチの時とか終わった時は教えてくれないと困るっしょ」


 万が一に備えて実は久子も水筒を身体の横に構えていた。


 とりあえずやばそうだったらモヨコがぶちまけてた方向に同じくぶちまけるためだ。


「あ、うん、大丈夫だよ。


 幽霊は消えたしなんかもう身体も軽くなってきたような…」


「効果出るの早すぎっしょ!?」


「幽霊が消えたことの安心によるプラシーボ効果ってものかしら。


 単純な井ノ口さんがうらやましいわ」


「終わったと思ったらいきなりのディス。


 本当ならげんこつの一つでもしてあげたいんだけどここまで世話になっちゃったんだからさすがに今回は我慢してあげる」


 と絢香がため息をつくと同時にバタバタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。


「ちょっと、あなたたちなにやってるの?


 絢香はまだ調子悪いんだから静か…に…」


 絢香ママはそこで絶句。それもそうだ。部屋中にまき散らされた白い塊。一体どういう遊びをすればこんなに散らかすというのだ。


「これなに!なんでこんなに汚してるの!?」


「えっとそれは…その…」


「すこーし事情があってこうせざるを得なかったというか」


「ママ、抑えて、これわたしのためだって」


「部屋汚すのと絢香のことが一体何の関係があるっていうの!!


 そもそもこの飛び散ってるのってなに!?」


「えーっと、これは豆腐です」


「豆腐?食べ物で遊んじゃダメだって親御さんたちに言われるんじゃないの!!


 あなたたち、いったい何を考えてこんなこと…出ていきなさい!!」


 事情を知らない人からすれば絢香ママの言うことは完璧な正論。耳が痛い。言い返せない。


 が出禁はつらいのだ。


「でもほら、このおかげでわたしもう元気になったんだって!!」


 見せつけるように絢香がベッドから起き上がる。


「絢香ちゃんもこう言ってることだしここはどうか穏便に…」


 久子も小物感丸出しのもみ手でご機嫌をうかがう。


「…わたしは絶対探偵呉モヨコ。こうやって絢香ママに怒られることまですでに見越していたわ。


 それがわたしの絶対推理だもの」


「「モヨコォ!!」」


「一人まったく反省してないように見えるんだけどやっぱり追い出されたいってことよね」


「い、いえ、そういうわけでは…反省してます。本当なんです…」


「モヨコもこう言ってるわけでママ…ここはわたしの顔に免じて」


「絢香の顔に一体どれだけの価値があるっていうの」


 取りなす絢香もなんのその絢香ママはバッサリと切り捨てる。


「う、はい」


「辛い…」


「悲しい…」


 すっかり部屋はお通夜の雰囲気になってしまった。


「はぁ…まったく、この部屋はしっかりと掃除すること。それとご両親にこういうことやって怒られましたってちゃんと説明すること、それが条件。そうすれば出入り禁止のことは考えてあげます。


 いい?わかった!?」


「ありがとママっ」


「よかったよぉ」


「そこに痺れる憧れるってこういうときに使うのよね」


「「モヨコォ!!」」


「やっぱり一人反省してないわね。わたしはよその子だからって自重しないからね。


 こっち来なさい」


 逃げられないようにがっしと掴まれたモヨコに絢香ママのげんこつが炸裂する。それもつむじに。世の人が言う下痢ツボに。なるほど絢香のげんこつはママ譲り、なんて思いながら頭をさする。


「モヨゥ…」


「その鳴き声久しぶりに聞いた気がする…」


「今のはどう見たってモヨコが悪いし、なんでこんな時にふざけるっしょ」


「お友達が言う通りよ、しっかり反省しなさい」


「はい、しっかりと掃除します」


 涙目でモヨコは同意する。


 ぷんぷんの絢香ママが出ていくとモヨコたちは部屋の掃除をやり始める。


「ねーモヨコ、なんでほんとママの前であんなこと言うの?


 どう考えても怒られるのわかるよね。危なかったんだからね、本当に出禁なったらどうするの」


「だってわたしの中のお兄様が怒られる空気が苦手って囁いてるから」


「変な薬でも飲んでるの?」


「いや電波っしょ」


「二人ともちょっと言い過ぎではないのかしら…そもそもわたしとお兄様の絆を疑うというならそれはもう戦争よ。


 骨の一本残さず真っ赤になるまで引く気はないわ。それだけの覚悟を決めてから自分の発言を考えることね。


 まぁ本当のことを言うとわたしに矛先を向ければなんで部屋でこんなことしたかとか詳しく聞かれなくて済むでしょう。


 それに不本意ながら絢香ママの中ではもうわたしの扱いはちょっと変な子で決定したんだからわたしがやったことに意味なんてないって思われるに決まっているわ」


「モヨコの扱いはちょっと変な子じゃなくてただの変な子だよ」


「まぁ豆腐ぶちまけてあんなふてぶてしかったらとりあえず印象最悪なのは確実っしょ」


「慰めてよ…」


「モヨコは偉いし、うん」


「まぁ感謝してるのはほんとだって、そういうアフターケアまでしっかりしてるなんてやっぱりモヨコに頼んでよかった」


「これでお兄様の株を少しでも取り戻せるかしら…」


「ところでモヨコ、なんで豆腐で幽霊が退治できたの」


「あ、それはウチも気になってた」


「そうね、もう終わったことだしそれの説明もしなきゃね。


 でも先に掃除を終わらせてしまいましょう。結論は逃げないわ。


 どうせながらで説明したってどうせ頭に入らないでしょう」


 けっきょく掃除は午前中の時間すべてを使ってしまった。お昼ごろに部屋の様子を除きに来た絢香ママすっかりきれいになった部屋の様子に大変満足したようでうんうんとうなずく。


「よし、しっかり反省した?もう二度とこんなことしない?」


「はい…」


「一時のテンションに流され大変はしゃいで申し訳ありませんでした」


「じゃ、ママ出入り禁止は?」


「うん、それはやめておこうね。


 それよりお腹すいたでしょう。ご褒美にマッグ行きましょうか」


「あのアイムラビンでCMバンバンやってるマッグ…?まさか行けるの?」


「やったー!!」


 △△町にはファーストフードなんて上等なものはない。


 多少人が集まる駅前であれば確実にある全国チェーンのハンバーガーショップだって隣の市の国道沿いに一軒あるだけだ。


 車で20分。自転車で50分。最寄り駅はないので徒歩ではいけない。


 そんな立地なのでこの町に住む中学生にとってはマッグは自力ではいけないちょっとしたごちそうなのである。


 世のハイスクールボーイズアンドガールズは学校帰りにあんなところをたまり場にする、というのだがこの町、そして隣の市ではそんなことはあり得ないのだった。


 モヨコにとってはちょっとした背伸び、そして同時に都会っ子みたいな感じが味わえるスポットなので柄にもなく小さくグーを握ってしまう。


 絢香ママの運転で4人乗りの軽自動車はマッグへ向かう。いざ到着すると大人と一緒に食べるのは気を遣うでしょ?との絢香ママの計らいによりドライブスルーでのテイクアウト(モヨコは初体験)。


 これがあのいらっしゃいませこんにちはマイクに向かってこんにちはか!絶対ミスは許されぬ、と意気込むもののそこは絢香ママが希望だけ聞いてパパっとマイクに向かって注文してしまうのですっかり肩透かしな気分だ。


 が、いざ紙袋を抱えるとそのガサガサの感触と袋から漏れるハンバーガーのにおいですっかりモヨコは口元が緩んでしまう。シティーガールコンプレックスに苛まされるモヨコはちょっとした都会的アイテムですっかりご機嫌になってしまうちょろさがあった。


 絢香としては転校前だと別に行こうと思わなくていつの間にか看板が目に入る店だったので今更テンションは上がらないし久子にとっても姉が暇なときは週末はいろんなところに連れて行ってもらっている別に目新しいものではなかったがご機嫌のモヨコを見てるとそれはそれでいい。


 そうやって井ノ口邸に再び帰ってくると大事そうにハンバーガーの袋を抱えたモヨコを囲むようにしてまた絢香の部屋へと上がり込む。


 ハンバーガーの包み紙を丁寧にほどいているとすでにかぶりついている絢香が声をかける。


「ねぇモヨコ、ところで解決編は?」


「え、ああ、推理のこと?まだそんなこと覚えていたの?


 事態は無事に解決したんだからもう別に誰も興味がないと思ったのだけれど」


「いやいろいろ疑問あるよ?


 なんで豆腐で解決できたかとかそもそもわたし神社の話とかも詳しいこと聞いてないんだからね」


「ウチも昨日延々と豆腐潰しただけで全然教えてもらってないしスポンサーとして聞いておきたいっしょ」


「う、それを言われると弱いわ。


 でもこれ食べ終わるまで待ってもらえないかしら。口にモノを入れたまましゃべるなんてはしたない真似、お兄様に愛される妹を目指す身としてはとても晒すことはできないわ。


 どうせ話も長くなるし」


 モヨコはやっとで紙を半分ほどいたハンバーガーにそっと口をつける。これまた大きく口を開ける、ということはしないしそういう必要があるときは手で隠したり後ろを向いたりするのがモヨコなのだ。


 モヨコはもぐもぐを終わらせるとこくんと飲み込んで小さく咳払いをする。


 そのころには絢香も久子もすでに食べ終わってポテトもほとんど手を付け終わっていてストローを咥えている。


「さてここから推理パートに入るのだけどいざなにから入ればいいのかしら」


「よっ絶対探偵!」


「バカにしてるでしょう。まぁいいわ。


 悪魔祈祷書の解読のところからがちょうどいいかしら。


 井ノ口さんがとりあえず学校でお休みしてた時からの話ね」


 と、漢字の羅列が地図であったこと、それが用津比命神社を指示していたこと。その結果用津比命神社から失われた狛犬の玉、それを改めて見つけ出して神社の機能を回復させたこと。が、結局それは幽霊にとっては割とどうでもよかったこと。


「まぁここから続きの話は正直自分のみっともなさをさらすようなものだからあまり気乗りはしないのだけれどそういうわけにもいかないものね。


 用津比命神社が復活すること、それはイコールこの町の悪いものを封印、つまり幽霊も自動的に消えると思っていたのだけれどそんなことはなかったわ。


 だからわたしはそれがどうしてなのか、ということを考えたのだけれどよくないものはこの土地自身から湧き出していて用津比命神社に集められる。


 それは間違いなかったのだけれど用津比命神社にはすべてのよくないものを集めきるほどの力がなかったっていうことなの。


 よく考えればわたしのこの目は小学2年生のころにはよくないものが見えていた。そのころはまだ神社の狛犬は壊されていなかったのだから当然のことよね。


 そして幽霊は神社が集めきれなかった分のよくないものを実体…といっていいのかしら、まぁとにかくそれを使って存在していたってこと。


 わたしたちは当初犯人を探すために動いていたけれどそれは早々にあきらめた。女子中学生がネットの記事だけを頼りに見つけることができるなら警察なんていらないわ。


 その次は呪いを解くために悪魔祈祷書の謎を解こうとしていた。実際あのノートには井ノ口さんの呪いそのものとしか思えない絵も描いてあったし実際に井ノ口さんの呪いに関しての記述もあるのかもしれない。


 けれどわたしが解読できた分ではあのノートは神社とそれにまつわるものを隠した地図であってそれ以上の意味は見つけられなかったわ。


 犯人も探せない、呪いも解けない。


 となるともうあとはたった一つ、幽霊そのものを除霊する。


 そしてその方法があの豆腐だったってわけ」


「いやだからなんでそこで豆腐になるの?」


「えっと説明が必要ね。


 この町のお話、用津姫の昔話ってどれぐらいのことを知っているかしら?」


「なんか晴れが続いて畑も草木も枯れそうな大飢饉を救ったお姫様の話でしょ」


「そう、もう少し詳しく言うと用津姫は水神様に祈りとその身を捧げることでこの町を救ったの。


 そしてその際水神様の力で出来上がったのがこの町に流れる用津川といわれているわ。


 つまり用津川がこの町に救う悪いものをいったんすべて流し去って日照りに痛めつけられた土地を癒したってことでしょう?


 用津川には悪いものを祓う力がある、そう思ったの」


「え、だったら川の水汲んでくればよくない?そしたらあんな大変な掃除しなくてよかったわけだし」


「わたしたちがいける川の水って水源から比べるとだいぶ海に近いでしょう?だったらその間にいろんなものが混じって効力が弱くなっているんじゃないかしら。


 途中途中でいろんな人たちが生活しているわけでしょう?さすがに生活用水の垂れ流しとかはないと思うけれど。


 そうじゃなくても小学生とか帰り道に川に向かっておしっこしたりするじゃない。


 だからなるべく上流の水が必要と思ったの。でも中学生が向かうには簡単じゃないわよね。


 どうすればいいと思う?」


「お姉ちゃんに頼んだらたぶん車出しててくれると思うし」


「…で、でもそれじゃ間に合わないかもしれないでしょーっ!」


「久子、モヨコの話にケチをつけてはいけない」


「あ、うん」


「こほん。


 そこでわたしは思い出したのよ。豆腐…つまりこの町の名産にして至高の豆腐、用津姫豆腐のことをね。


 普段ドレッシングのラベルとかをついつい読む人間でよかったわ。


 用津川の水のことを思い出したときに用津姫豆腐のパッケージの文字のことを思い出したのよ。


 ちなみに豆腐ってなにでできていると思う?」


「大豆と水となんか混ぜるやつでしょ」


「答えが雑すぎるけどまぁ正解だわ。


 正確には大豆、水、にがりあとはたぶんなにか工夫で入れるやつ」


 モヨコの説明も割と雑だった。がそのままモヨコは続ける。


「まぁ重要なの大豆、そして水なの。


 パッケージによれば用津姫豆腐はこの町で作られた大豆、そして用津川の湧水、つまり源流に近いところの水を使用して作られているわ。あとは創業250年とか書いてたけどたぶんそれは嘘ね。


 お豆腐の八割は水分といわれているの。つまり用津姫豆腐の8割は水神の力が濃く残る水。


 大豆にしたって用津川から引かれた水で作られているわけでよそのモノを使うよりもずっとその力を遺すことになるわ。


 だから豆腐で直接愛さん、つまり幽霊を殴ればなんとかなるって思ったの」


「でもそれだけできめつけるのってちょっと早くない?」


「もちろん他にも根拠はあるわ。


 井ノ口さん、それに犬神さんも加わって初めて3人になった時、わたし達はお豆腐を持って帰ってきたでしょう。


 その時の愛さんの反応を思い出してみて」


「思い出してみても何もうちはまったく見えてないし」


「なんかあったっけ…?」


「はぁ…愛さんってわたしたちが何かやってると必ず顔をこう、近づけてまじまじと見てたでしょ?自分で引き寄せることができないからそうするしかないと思うのだけど。


 でもお豆腐を買ってきたときだけはそれをやらなかった。いま改めて考えると少し苦手な様子ですらあったわ。


 本人はお豆腐大好きって言ってたけど今にして思えば棒演技ね。


 本当にお豆腐が大好きならわたしたちみたいにパイナリーで買占めるぐらいやるはずだわ」


「いや本当にお豆腐が好きでもそうはならないと思う」


「なんでよ!用津姫豆腐、おいしいでしょ!!そのうえ除霊もできるとか完璧じゃない!!」


「モヨコのその熱い用津姫豆腐へのリスペクトはいったいなんだし。


 別に値段変わらなきゃどれも似たようなもんっしょ」


「なにがそこまでモヨコを用津姫豆腐へのステマに、いやダイマに駆り立てるのか」


「用津姫豆腐の良さがわからないなんてあなたたちじゃお話にならないわ。まぁとにかくそういうことで豆腐でガツン☆とやることで愛さんを除霊できる、理由はこんなところよ」


「ちょっと待って、今のところ文字で書き起こすと絶対かわいこぶってたよね」


「体調良くなったからって井ノ口さんわたしに噛みつきすぎじゃない?


 少しぐらいお兄様にアピールするポイントを残しててもいいじゃない。それぐらいさせてもらっても十分におつりは出ると思うわ」


「お兄さんがいないところでアピールしても意味ないでしょ…幽霊が除霊できる理由はわかったよ。でもさ、結局あの幽霊ってなにをやろうとしてたわけ?


 あの幽霊がやろうとしていた呪いの完成って結局どういうことが起きるはずだったの?」


「愛さんが何をしようとしてたかわからないわ。でももし愛さんの動機が月並みないじめの復讐だったらどうせろくでもないものよ。


 もちろんオカルトの深淵に触れた愛さんが何かしらの悟りと美徳に目覚めて世界革命を狙ってたという可能性もあるけれどね。


 自らをエルラブリなんて名乗る感性の人が求めることなんて想像すらできない。


 井ノ口さんの呪いだってわたしにはなんだかやばそう、以上のことはわからないわ。もしかしたら悪魔祈祷書の漢字には地図以外にもそれについての記述もあるのかもしれない、でもわたしはこれ以上の謎ときはごめんだわ。


 勉強する時間が無くなってしまうもの」


「すっきりしないなぁ…」


「なにもかもがきれいに謎解きされたいならフィクションでも読んでなさい。


 そういうの投げっぱなしだと叩かれるからみんな何かしらの理由と説明はつけてくれるもの。


 まぁその代わり、にもならないけれど犯人の予想は少しだけついたわ」


「え、マジ?」


「モヨコ、やるじゃん」


「といっても指名するようなものではないわよ。


 犬神さんは2年前の豪雨のことを覚えているかしら。


 あの時この町で唯一土砂崩れが起きた場所があるでしょう?


 井ノ口さんはその現場を見たのだからこれでピンとくるでしょう。


 坂下地区よ。この町で唯一記録的大豪雨という大水害による土砂崩れに見舞われた場所。


 そして正木邸がある場所。


 悪魔祈祷書を残していることからも正木さんの方が用津姫神社やそれを使った儀式への知識、造形、理論が深かったのは容易に想像できることだしたぶん正木さん主導で正木さんと愛さんはなにかの儀式を行おうとしたのでしょう。


 そしてそれは用津姫への侮辱、愚弄、あるいはそれ以外の要素により水神の怒りを買ったのではないかしら。


 その結果坂下地区のみが豪雨による土砂崩れに見舞われた。そして正木さんも祟られることになる。


 正木さんにまとわりついていたのが黒い靄ではなく白い蛇のようなものであったのもきっとそれが原因だと思う。


 自分の軽率な行動が招いた大惨事にたいそう正木さんは怯えたのでしょうね。計画の中止を決めた。


 けれど愛さんはその言葉に乗らずそれどころか正木さんの研究成果である悪魔祈祷書まで盗んだ。


 このまま愛さんが儀式を続けていけばこの町全体、あるいはどこまでその被害が広がるかわからない。


 多分その時にはもう愛さんは少し人間から外れていたのではないかしら。


 頭部に加えられた豆腐の一撃で死んだ、というのはたぶんそういうことだしきっとその豆腐も用津姫豆腐であったはずね」


「モヨコこの前まで豆腐で人が殺せるわけない。本当はコンクリートとかブロックで殴り殺した後に同じサイズに切って形を整えた豆腐を置いていっただけだ、って言ってなかった?」


「別にそっちが真実でもいいわよ。確認なんてどうせできやしないんだから信じたい方を信じればいいわ。


 ただわたしは今豆腐説を惜してるってだけ。


 それに正木さんが実行犯なら今までどうやってばれずに逃げおおせていたかの理由もわからないわ。


 それこそ得体のしれないオカルトとかを使って殺した可能性だってある」


「それを言い出したら推理もくそもない…って言いたいけれど幽霊に呪われて痛みとしては何一つ否定できる言葉をいえないのがつらい」


「まぁいいじゃない、事件は解決した、井ノ口さんは元気になった、それっぽい理由も付いた。


 わたしが探偵としてできるのはここまで。それだけよ」


「あ、そうだ、久子も本当にありがとうね。


 わたしが動けない間ずっとモヨコについていてくれたんでしょ。今度なんかお礼するよ」


「そうだし!まだメイクだってちゃんと教えてもらってないしさっさと借りは返しておいた方がいいって思うな。


 ウチがつける利子はめっちゃ高いからね。覚悟しておいたほういいってわけ」


「ま、それはお手柔らかに…そうだ、明日は打ち上げしない?」


「打ち上げ…それってわたしも行っていいものなのかしら」


「モヨコが主役みたいなもんでしょ、何言ってるし」


「でも、犬神さんが井ノ口さんにメイクを教えてもらうんでしょう?リップクリームしか持ってないわたしが行っても」


「も~そんなのは後で勝手にやるんだからモヨコは遠慮せずにくればいいの!むしろモヨコが来ないならウチも行かないから絢香がぼっちでなんかやるだけだし」


「なんでさ!だったらわたしも引きこもってゲームやったりアニメ見たりするよ!だからモヨコ、絶対来ないとだめだからね!


 ちなみにモヨコどこか行きたいところある?」


「…どこでもいいの?」


 モヨコはちょっと恥ずかしそうに上目遣いで二人に聞いた。


「主役が行きたい場所が一番でしょ」


「それにはウチも同意見」


「ファミレス…ドリンクバー…女子会、したい」


 女の子だけのファミレスドリンクバーって少女漫画でよく見る光景で憧れてしまうモヨコなのだ。


 ファミレスは一応町内だし中学生でも自転車でたどり着ける。怖い人がいたらいやだなぁと今まで気が引けていたが怖い人ヒエラルキーでもトップクラスの久子がいるからきっと大丈夫だろう。絢香はそんなの気にしないタイプだし。


「なるほど、じゃわたしはお礼にパンケーキをつけてあげよう」


「む、じゃあウチはパフェとかどうよ?」


「あ、犬神さんは別にいいわ」


「なんで!!なんでだし!!ウチだってお祝いしたっていいっしょ!?」


「いえ、犬神さんには手伝ってもらったしそれにお豆腐代借りたままだしそんなに何度も…」


「だから別にいいって言ってるっしょ!来月になったらまたお小遣いもらえるんだし。


 それにウチだって買いたくて買ったんだから」


「いえ、でもなぁなぁにしていい金額ではないから」


「でも全部は返さなくていいから。モヨコが余裕あるときにちょっともらえれば十分だし」


「あ、そうか、あれだけ豆腐かったなら結構な値段したでしょ?わたしのために買ってくれたんだしわたしもお金出すよ。


 いくらだったの?」


「5500円で買えるだけ買ったわ…おつりが30円ぐらい出た」


「そ、ウチとモヨコがお金出しあったんだ」


「…わたし500円しか出してないから」


「5500円…3で割っても1800円ほんと割といい値段だ…お金入ってたかなぁ」


「絢香も別に後でいいし。今払って明日のモヨコ女子会という名の打ち上げできなくなったら大変っしょ」


「あ、それもそうか、悪いね久子」


 なんて楽しい日曜日を夢想する。


 そんな土曜の終わり。

明日にエピローグついて終わりです

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