11話 眼を開く
△△海水浴場は中学校から歩いて15分ほど、海沿いに走る国道をほんの少し曲がるとすぐに見えてくる。
さすがにまだ海開きも行われていない平日の午後ではあたりにはお散歩のおばあさんたちやおじいさんが少しいるだけだ。砂浜に並行するように道路があり、数十メートルおきに10台ほど停めれる駐車場が並んでいる。駐車場に何台か車は停まってはいるのだけれどその主らしい人もおらず、ただ単に近場に用があるけど停める場所がない、っていうだけで利用されているようだった。
昨日の電話ではもういっそのこと今週は全部休む、と絢香が言っていったのでここ最近おなじみとなったモヨコと久子の二人は制服のまま赴いている。
周りには松林に囲まれた小さな公園もあるのだがさて『砂漠の塔』とは一体何なのか、図書館から昨日借りた地図、そして『悪魔祈祷書』のコピーを貼りつけたものを同時に取り出す。
といっても『悪魔祈祷書』はその縮尺がやたら大きいので完全に広げるにはテーブルか何かがないと無理なので折りたたんで『砂漠』のあたりだけが見えるようようにしている。
なにしろ著名な建物、は一切記載されていない道だけの地図なのでなかなかに確認に手間取る。
二人で道を間違えていないか、ちょうど公園に掲示されていたこのあたりの住宅地図とも見比べる。
「サンマルコの二つ手前の駐車場でいいんじゃないかしら?」
モヨコが指さした方向には色褪せてはいるが南国をイメージしていると思われる『ホテルサンマルコ』の看板がある。
ホテルから反対方向に行くと住宅地となるため道がくねくねと曲がりながらいくつも重なっているが『ホテルサンマルコ』の方向には公園や旅館もあるせいか区画整理がされ、道がほぼ直角に交差している。
そのあたりの兼ね合いを見れば案外簡単に『塔』の場所は割り出せた。
そうやって戻った場所には石碑、記念碑といっていいのだろうか、文字が刻まれた大きな石が鎮座している。
『△△海水浴場』
この海水浴場が整備された時の年月を刻んだ大きな石を面取りしただけのものだ。
「なんていうか…拍子抜けするし」
「ええ、そうね。今までは神社とか病床に伏せる謎の女性だったり、幽霊だとか、とにかく思わせぶりなものばっかりだったのに」
明るい陽射し、ごみもほとんどない砂浜。潮の香りが鼻を衝く中並みの寄せては返す音とセミの鳴き声の交響。そのまま写真でも撮れば絵になる風景が間違いなく出来上がりそうだ。
「あとこのままわたしの予想が正しければ多分砂浜に向かっていくのだけれど」
「サンダルとか持ってくればよかったし…」
学校指定の靴はかかとが低いのでこのまま砂浜に踏み込むと砂が靴の中に入り込んでザリザリになるのはもうほぼ決定事項だ。
「しょうがないわ、脱ぎましょう」
「ガラスとか落ちてたら危なくない?」
「それもそうね…じゃあ足の裏がじゃりじゃりするかもしれないからなるべくそっと歩いていくしかないわね」
モヨコは縮尺が不明なこの地図、事前に文字1マスがどれぐらいなのかをあらかじめ調べておいたのだが、それはおおむね10メートル。モヨコの歩幅がおおむね60センチであるため17歩ほどかかる。
悪魔祈祷書を実際の道と重ねてみると、23Fがさす場所は記念碑から斜め右方向となる。
そちらにあるのは細いポール。その先は二股に分かれその先はシャワーヘッドになっている。これは海水浴場の客用のシャワーだ。
ただそのシャワーは先ほど目印にしていた『ホテルサンマルコ』の目の前にあるためモヨコたちはあまりそっち側のシャワーを使ったことはなかった。親御さんたちもそっちには近づかないように言っていたのもある。
なぜなら『ホテルサンマルコ』は例によってそういうホテル…クラスの男子たちが『ホテルサンマルコってなんでそんな名前か知ってるか!サンマルコ…さんまるこ…〇〇〇こ…(以下自主規制)』などとセクハラの鉄板ネタになるほどには有名なホテルなのだ。思春期の女子男子にとっては格好のネタになるのだが慎みのあるモヨコに至っては耳にしたことはあっても決してそういうことは口にしない。
お兄様はエッチな女の子は好きかもしれないけれど恥じらいのない女の子が好きではないのは重々承知しているのだ。
「わたし達…あそこに近づいて大丈夫なのかしら」
「べ、別に砂浜歩いていくだけだから大丈夫っしょ」
あの建物、のれんみたいなものに入り口を覆われた駐車場、それはモヨコたちにとっては近寄りがたい聳え立つ大人の建物なのであった。
ましてやまったく人目がないというわけでもないし制服というのも手伝ってなんか悪いことしてる、という気分は止められない。
けれどまぁ砂浜で汚れた手を洗うふりをしてシャワーに近づくのはたぶんセーフだろう。
問題は海開きもまだなのに水が出るのか、ということだけなのだが。
道路を歩いて行った方が近かったのだがそれは本当にただホテルに向かってしまうだけになるので二人はわざとらしく砂浜でちょっと穴を掘ってから大きく迂回して野外シャワーへと近づいた。
もしここに絢香がいれば『このシャワー!!!あのスケートアニメで見たことある!!!聖地!!』とマックスハイテンションなのだろうがモヨコと久子にとってはちょっと近寄りづらいただのシャワーである。
ちなみにまだシーズンでないからかいたずら防止なのか蛇口は針金で縛られていたのでモヨコたちは手を汚し損である。
幸いあまり深く掘らなかったのでまだ砂はパラパラだったので軽く手をはたくと大体の砂は落ちた。
モヨコはカバンからスコップを取り出したのだがいざシャワー周り、どこを掘ればいいのだろうか。深さはどれぐらいでいいのだろうかと心配していたのだが杞憂に終わった。
迷いなくスコップを入れるモヨコを久子は不思議そうに眺める。
「とりあえずそこから掘ることにしたってわけ?」
「いえ、ここからぼんやりと黒いものが漏れているわ。
考えてみれば当然よね。狛犬が抑えていた玉にだってあれだけのよくないものがまとわりついていたのにましてや口の中に咥えていた玉が全くそういうものを帯びていないはずがないもの」
ザクザクザクザクとスコップで砂を掘っていくモヨコを手持無沙汰で眺める久子。
「疲れたら交代するから遠慮しないでいうし」
「ええ、でも大丈夫そう」
モヨコの握るスコップの先に固い感触。そして視界に映る黒い靄は水に溶かした絵の具のように広がり始めている。
傍らにスコップを置くとあたりの砂を丁寧に払いのけていく。そこにはざらついた石でできた球が姿をのぞかせている。およそ大したものに見えないのだがモヨコにとってそれはまったく違うものとして目に映っていた。
用津比命神社で狛犬が抑えていた玉には玉としての形が分からないほどによくないものがまとわりついていた。
そしてここにある咥えられていたであろうもう一つの玉にはよくないものがまとわりつくというよりもしっかりと編み込まれているかのようだった。まるで工芸品のように圧縮され引き延ばされたよくないものが網細工のように表面を覆っている。そしてそれは玉としての形を崩さないほどにギュッと押し込められていることが分かった。
ただ垂れ流しにされていた神社の玉よりもよっぽど強い。
そんなものを指先で触れても大丈夫なのだろうか。が運ぶためのよい方法なども思いつくはずがなくモヨコはそっと砂の中からそれを取り上げた。
指先から伝わる感触はただ単に石のひんやりとした感触だけだ。
「それがさがしものってわけ?」
「ええ、これこそがあの神社から盗まれたもので愛さんが探しているものでしょう。
そして同時にすべての呪いの発生の元の片割れなのだと思うわ。
あとはこの球からすべての呪いを浄化することができれば…」
「はーこれでやっとで全部終わりっしょ。
まったくここ数日あちこち歩いて疲れたし。
ま、絢香にはあとでさんざん恩を返してもらうことにするし」
「ええそうね、ケーキのドリンクバーセットでもジョイフルでごちそうになりましょう」
モヨコにしては珍しくいたずらっぽく笑う。
さすがに石の玉を握りしめて歩くJCなどなかなかいない。ましてやそれが狛犬の口の中にあるやつとなればなおさらだ。モヨコはモヨコなりの敬意をこめてお兄様からもらった大事な大事なハンカチでそっと玉を包んだ。
本当は用津比命神社ゆかりのお守りやお札にした方がいいのではないかという考えも少しよぎったのだがこんな小さな神社では毎日のように人を置いておくわけにもいかず大みそかからお正月の時期にだけ申し訳程度におみくじとお守りが置かれるだけで普段は賽銭箱しかない。
となれば後はモヨコが最も信じる自らを守ってくれるもの、つまりお兄様からの頂き物を信じてカバンにしまい込んだ。
思ったよりも早く玉を見つけることができたので17時には神社にたどり着ける。
が、入り口の時点で声が聞こえていたのでわかっていたのだがこの時間はさすがにまだ遊んでいる子供たちがいる。甲高い声で遊ぶ子供たちはなんて言ってるのか正直ちょっとわからない。4~5年前は自分たちもあの一因だったと思うと不思議である。
そしてそんな中で玉を出すのははばかられた。
木製のベンチもちょっと色合いがやばいので座る気も起きずぼんやり立ち話をしていると17時のメロディーが響き渡る。小学生はさようならの合図。
あっという間にセミの鳴き声に支配された境内でモヨコはついにカバンから取り出した。
高価な陶器を扱うように、高級な料理を扱うように、そっとハンカチをほどく。
そのあと本当にこれでいいのだろうか、という不安が改めて首をもたげる。
それを打ち消すように隣に立っていた久子がそっとモヨコに手を添えた。
振り向くモヨコに久子は笑って答える。
「大丈夫だって。つうかやるっきゃないっしょ」
「ええ、そうね、やるなら今しかねぇってわけね」
とおどけて往年のドラマの名セリフをパクる。がそれはJCには気づかれない類のネタなのであった。
でも、やるしかないって気持ちに嘘偽りはない。
「ほんとうは井ノ口さんもいた方が好ましかったのだけれど…でももうこれで終わらせるわ。
せっかくだし犬神さん最後は一緒にやりましょう」
「おっけ、まかせるっしょ。
で、一緒に口の中に玉を入れればいいわけ?」
「ええ、そうすればこの狛犬たちは元通り、用津比命神社にまつられた、悪いもの、を抑え込むことになるはずよ」
「今更だけど神社なのに悪いものが置かれてるってなんか不思議…こういうのって縁起がいいっていうか、なんかいいやつを祭る?イメージだし」
「そうでもないわ。案外悪いものを抑え込むため、言い方を悪くすればご機嫌取りのような意味で建てられた神社はたくさんあるわ。
有名なものであれば朝廷に反旗を翻した平将門公、それに都を追われた菅原道真公、そういう悪霊と恐れられた人たちをあえて神として奉り怒りを納めてもらう、そんな神社はいくつでもあるもの。
用津比命にしたって水害を抑えるためにその身を捧げた、ということになっていても実際本当に善意で身を捧げたかなんてわかりはしないわ。
強制された、そうでなくても姫という立場上従わざるを得なかった、いくらでも理由は考えられるわ。
ゾッとしない話ね」
言いながら二人は玉を狛犬の口の中に押し込んだ。
壊された箇所から押し込むことで気抜けするほど簡単に収まる。
二人はそのまま数歩後ずさりをして様子をうかがった。
といっても久子にとってはただ単に石の玉を同じくただの石の狛犬に突っ込んだだけだ。絢香のように呪いが見えるわけでも、モヨコのようによくないものが見えるわけでもない。
この行為に本当に何かしら意味があったのかどうかというのは隣に立つモヨコの様子をうかがうしかない。
モヨコはした唇をかみしめ、そしてスカートの上の手のひらはしっかりと握りこみまるで臨戦態勢とでもいうべき緊張感を保っている。
どうだった、と声をかけられるのも躊躇われて、その視界の中ではなにがしかの変化がきっと映っているのであろう。
モヨコはしっかりと目を凝らして今目の前で起きている現象をしっかりと見届けることを心掛けた。
向かい合う狛犬。抑えつけられた玉から口の中の玉に黒い靄が流れ出している。そして咥えた球から狛犬の腹部に向かって黒い靄が少しずつ流れている。
つまりこの狛犬の本来の機能というのは阿像がよくないものを集め、それが吽像の口の中に貯められ、その腹の中で消化…つまりは無害化していく、ということなのだろう。
再構築されたシステムを見届けるとモヨコは満足げに頷く。
「やったの?」
「それはフラグだわ…
まぁでも無事に事は済んだ、とおもう。この用津比命神社に課せられた使命、運命、なんでもいいけれどそれは今あるべき元の形を保っている。つまりスタートに戻った。
いずれ愛さんもこの像の中にきっととらわれ浄化される、のでしょうね」
なぜ若林愛がこの狛犬に目をつけ、それを自らの力と変えようとしたかはわからない。
どうやって力を引き出し自ら悪霊と化したのか、それにもいまいち答えは出なかった。
が、すべての事象に答えを出す必要があるのは作り話の主人公だけで現実では一切そんなものは必要ない。
必要なのは結果だけだ。友達の命を助けた、モヨコに必要なのはその結果だけなのだ。
今日はもう遅いことが分かっていたけれどそれでも真っ先に絢香に今日の結果を報告したかった。久子も一も2もなくそれに同意していまから井ノ口邸に向かうことにする。同じ校区内だ。中学校から海水浴場に向かったことを考えればほんの少し遠回りするだけだ。
どうせプリントもあずかっているのでちょうどいい。
驚かせようと思って事前に連絡はしない。
気が付けば緩みそうな口元を引き締めて井ノ口邸のチャイムを鳴らした。
学ぶ女、モヨコはいきなり玄関を開けずともチャイムを鳴らすという手段もありますよ、ということを覚えたのだ。もちろん田舎にもチャイムを搭載してる家ぐらいいくつかはあるがその使用頻度はほぼゼロで呉家に来る大概の大人は玄関や作業場で『おーい、おるー?』と叫ぶスタイルなのですっかりモヨコもそれに毒されていたのだ。
こういうところから田舎の常識を正し都会を生き抜くガールズに少しでも近づくぞい、と小さく気合を入れているモヨコ。そしてそれを保護者スタイルで見守る久子。
少しの間を開けてドアを開けて迎えてくれたのは相変わらずのどう考えても外人さん、それでモデルのようにも見えなくもない絢香ママだ。
すでに何度か井ノ口家を訪れている身、もはや顔なじみになっていたのでプリントを届けに来た、というとすんなりと家に入れてくれた。
「あの子、とりあえず今週はもう全部休ませることにしたのよ。
またお見舞いに来てもらってありがとうね」
「い、いえ、同じクラスなので!」
「なんで緊張してるし。おばさん、絢香の様子はどうですか?」
いきなりのおばさんよばわりにコミュ力高いな…と尊敬の目を注ぐモヨコ。
が絢香ママはラノベのよくある登場人物みたいにおばさんよばわりされても全く意に介していない。
「まだ全然調子よくならないみたい、ま、引っ越してきたばっかりなのもあってまだ季候に慣れてないのかしらね。
お医者さんも季節の変わり目で体調崩しただけだろうって言ってるからあまり心配してはないんだけどね。
よかったら少し様子見て行ってあげてね、さすがに遊んだりとかはダメだけど…あ、あとお父さんお母さんたちが心配にならない時間にはもう帰るのよ」
「はーい」
と二人は元気よく返事をすると玄関で靴をそろえて並べるともはや勝手知ったる、という感じで階段を上って絢香の部屋をノックする。
扉越しから小さく『はーい』と声がするのだがその声が予想以上に弱弱しかった。がそんなにあっという間に効果が出るものでもないのだろう。週末を挟めばきっと元気になるだろうな、なんて考えながら扉を開ける。
「ハローハロー例のやつ持ってきてくれたのかなー?」
そういって点いたままのテレビの前でくつろいでる幽霊が小さく手を振った。
「なんでそんなに我が物顔なのよ…井ノ口さんももう愛さんの本性を知ったのならこんなに甘やかさなくてもいいでしょう?」
「テレビ点けてないとベッドの横で延々と国語の教科書名セリフ集やり始めるのよ…えんえんと『そうかそうか、君はそういうやつなんだな』って迫真の演技で言われるのよ。
他にも『向上心のないやつはバカだ』とか『おう、あついぜ、おれはがんばるぜ』とか『ぷかぷか笑ったよ』とか『それはヨハン・シュトラウス、それはピカソ、それはアルプス』とかなんでいちいちそんなに覚えてるのよ…
ってモヨコ、どうしたの」
「なんで…なんで」
変わらず絢香の上にはぼんやりと浮かんでいる。
ベッドに横たわったままの絢香のちょうどお腹の部分、ソラナキを模したような呪いはまた少し、その輪郭を固め表面は血管のように脈打ち始めている。
モヨコが建てていた仮説はこうだった。本来狛犬が抑え込んでいた玉はあたりのよくないもの、呪いをかき集める。そしてそれは相棒であるもう一つの狛犬の口の中に吸い込まれ、凝縮され、少しずつ浄化されていく。
その浄化のシステムが壊されたせいであたりをぼんやりと漂うことになった呪い、よくないものを幽霊は利用していた。
それを使って絢香を呪い、何かしらの完成を目指していたのだと思う。ただ抑えつけられた狛犬から供給される呪い、というものは本当にごくごくわずかだったのだろう。だからもう一つの口の中に収められた玉に凝縮されたよくないものを欲しがった。
そして今再びシステムは動き出し幽霊に供給される呪いはもうないはず。
そのはずだったのだが改めてみた絢香の上に浮かぶ呪いは当初のぼんやりとした塊とはいまだ程遠く、その形ははっきりとわかる。表面をめぐる赤い葉脈のような模様は脈打ち、そして呪いの塊自体もまるで心臓のように収縮を繰り返していた。
これで呪いは動きを止めた、なんて誰が言えるだろうか。
くつろいでいる幽霊の方に目をやる。
青白い、むしろ水色に近く半透明だった幽霊だが今見ると向こう側の景色はもう見えやしない。
そしてあたりに浮かぶ火の玉も前回よりまた少し増えたように見えた。
「モヨコ?」
「どうしたし?」
二人の心配したような声にモヨコは人差し指をこめかみにあててぐりぐりひねった。
脳髄の役目はは全身の意思と記憶を交換する作用である、とお兄様が言っていた。
人間の意思が自己決定能力が知識が頭の中だけに納まっている。それはもっとも浅はかであるが故の考えだ。
例えば学校の教科書で習う分だけでも反射という運動を聞いたことがあるはずだ。
ようは熱いものに思わず触ってしまった時に思わず指を引いてしまう行為。
そこに熱いものを触っている→熱いなぁ→手を離さなきゃ
なんて思考の動きはない。何も考えず一瞬にして手を引く。
それはすなわち指先自身が状況を判断し動作を実行したことにままならない。
脳髄を介さずに、だ。
全身における意思交換、それを促すためにこめかみから脳髄を揺らす。
欲しい答えは決まっていた。
それは今起きている状況はまだ神社のシステムが追い付いていないだけで呪いは、そしてこの事件はすぐに収束するという楽観的な希望的観測、その根拠を探すことだ。
身体の隅々、37兆の細胞の一つ一つに語り掛けるがごとく。
しかしその全身が全力で否定する。なにかを間違えたのだと。あるいはなにかを拾い損ねたのだと。
「その様子だとモヨコちゃん、あれ、持ってきてくれてないんだね。
それどころかもしかするともうしまっちゃったのかな?
あーあ、残念だなぁ。それをモヨコちゃんは空前の成功って思ったのかもしれないけれど、あやかちゃんにとっては絶後の失敗ってことなのにね」
なんて必要もないのに足を組み替える幽霊はテレビから目を逸らさずに一方的に言葉を投げてくる。
完全にもうモヨコなんて相手にしていない、という態度だ。言葉以上につまらない、飽きた、失望をにじませている。
夕方6時半のアニメのキンキンと高い女性のアニメ声が部屋に響く。
「モヨコ?絶後の失敗って?」
絢香はもう一度問いかけた。
「絶対探偵さん、説明してあげた方がいいんじゃないかなー。
モヨコちゃんが一生懸命考えて探してやったことは失敗でしたって。
「失敗などではないわ…
神社にはあるべき元の価値が戻ってきて…わたしの起こした行動は確実に結果を出している。
よくないものは浄化されていくシステムが復旧しているもの。
だからあなたを維持するエネルギーはもう失われているはず。
すぐにあなたは力を失っていくわ。そうよ、そうに決まっている」
「うーん、力が抜けていくよぉ~」
なんて呟きながら幽霊は手のひらの上に火の玉を生み出していく。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ。
次々と生み出されていくその様を見て一体どうやったら力が失われているなどと思うだろうか。
「うそ…」
「よくないものってわたしがここに在るためには不要ってことがわかったかな?
つまりわたしっていいものだったってことだよ!
わたしがやろうとしていることはそんなにひどいことじゃないってことじゃないかなー?
だから今からあれをもってきてくれてもいいんだよ」
調子づいた幽霊、そして絢香の様子をうかがいながら口に出す言葉を選ぶモヨコの様子を見て口に出さないまでも事態がよくない方へ足を進めたのだな、ということを絢香は察することができた。
それを頭で認識してしまうと身体の中に鉛が撃ち込まれたように重くなる。
もちろん今までだって解決のために動いてなにも結果を得られないなんて言うことはざらだった。
だけどそれはあくまでまだ途中だったからだ。
でも今はエンドロールの解決編であるはずなのに幽霊はその姿をかげろうに隠すでもなくいよいよ実体をもってその目的へと近づいているかのように見える。
少なくともモヨコを中心にした3人の抵抗は悪あがきにすぎず幽霊はなんにも障害だなんて思っていないようだった。
絢香は一瞬モヨコを責める言葉がのどまでせりあがってきたが顔を青くして震えているモヨコを見てそんなこと言えるはずがない。
それはあまりにも恥知らずだ。
もう口を挟まないことをルールにした久子は状況をうまくつかめていないようで居心地悪そうに指を絡ませている。
「モヨコちゃん、大丈夫、まだ選択肢は残されているよ。
一つはあれをわたしに捧げてあやかちゃん一人で終わらせる。
もう一つはこのまま何もしないで一家全滅エンド。
まぁモヨコちゃんの好きな方を選べばいいって思うな!」
唇を厭らしく歪ませるその様は悪意に満ち溢れている。
モヨコは無言でカバンをつかんで立ち上がる。
「ちょ、モヨコ!」
慌てて久子もそれに続く。が、手を伸ばす隙もなくモヨコは部屋から飛び出すと階段を駆け下りた。
「モヨコ!あ、おばさん、失礼しますっ」
何事かと台所から顔を出した絢香ママに申し訳程度の挨拶をして久子も玄関から飛び出す。
飛び出したモヨコは足を緩めず走り続けるが久子の視界に映るその背中はどんどん大きくなっていく。
普段から外で遊びまわっている久子とお家で勉強とお兄様ウォッチングしかしていなかったモヨコとでは体力に圧倒的な差がある。
ましてやもうモヨコは走っているつもり、程度の足の運びしかできていないから久子の手がその肩に届くのはあっという間だった。
「モヨコどうしたっていうのよ」
振り向かせようとするもモヨコは長い髪を振り乱して抵抗する。
イヤイヤをするモヨコにそれ以上何かをしようなんて思えなかったがただどこかへ消えてしまわれるのが嫌でその手を握った。
振りほどくことをあきらめたモヨコがうつむくとその長い黒髪が完全に顔を覆ってしまう。いったいどういう表情を浮かべているのかはうかがい知ることはできない。
もちろんモヨコだってそれが分かっていて見せたくない顔をしているのだろう。
会話の流れはよくわからなかったがとにかく場の雰囲気だけでよくないこと、が起きたのだろう、というのは久子にもわかる。が何が起きたかわからないくせに無責任に言葉をかけれるわけがない。
「その、モヨコ、とりあえず帰ろ?これ以上遅くなるとお兄さんも心配するっしょ?」
「ええ、そうね」
お兄様、という単語を聞くといつでも饒舌になるモヨコがわずかこれだけのやり取りで済ませる、というだけでどれだけモヨコが追い込まれているかが久子には痛いほど伝わってきた。
本来であればモヨコの頭のほとんどはお兄様、で占められていたのだから他人の生き死に、それがクラスメイトであったとしてもモヨコの心を揺さぶるなんてことはほとんどなかったのに。
わずか数週間でそこまでモヨコの心に入り込んだ絢香への嫉妬が湧き上がってくるのを感じたが今ここでその感情を出すようなことはできない。
とりあえずモヨコの家へそのまま二人は無言で歩いていく。久子のスマホが震えた。
絢香からメッセージが来ている。
久子はやっとで今の状況が分かった。モヨコがやったことはどうやら幽霊に何の影響も与えられていなかった、それでモヨコが責任感を感じてすっかり取り乱してしまったのだ。
「犬神さん、送ってくれてありがとう」
その声でもうとっくに呉家に到着していることに久子は気づいた。
「その、大丈夫なわけ?」
さすがにもう夕焼けの赤も紫から黒に差し掛かり夜の帳と少しだけ冷たくなった空気が舞い降り始めている。
「ええ、お兄様の前でこんな顔できないからね」
そこでやっとモヨコは顔を上げた。薄暗い明りの中でも作り笑顔が痛々しかった。
「モヨコ、ウチになんかできることあったら時間気にしなくていいから!ウチでよければ電話でもメールでも何でもいいからいつでも呼んで!」
「…ええ、何か思いつくことができたら、ね」
消える前のろうそくの灯りのようなその様に久子はそれ以上言葉を重ねることができないので小さくバイバイといってそれじゃ今日はサヨナラ。また明日もモヨコに会えるだろうか、なんて不安を掻き消しながら家路を急いだ。
家に帰ってきたモヨコの表情を見てお母さんはぎょっと目を丸くしたけど特に何か聞き出す、ということはしなかった。
ただご飯の前にお風呂に入りなさい、と背中を押すだけだ。
モヨコも素直にそれに従った。
一度部屋に戻って着替えを持ち出す。どんな時でもモヨコはジャージやスウェットの類を部屋儀にしたことはなかった。かわいくないからだ。
が、パジャマに着替えるのもまだ早いのでジーパンにだぼだぼの水色のパーカーを準備する。
脱衣所で来ていた制服を脱ぐとシャワーを浴びようとハンドルをひねる。
「ひゃっ」
全身に水を浴びてしまって思わず占める。握ったハンドルを確認する。赤い。お湯のはずなのに。
もう一度少し緩めてちょろちょろと漏れる水に手をかざすもののまったく暖かくなる気配がない。
さすがにおかしいと思ってハンドルの上につけられたデジタルの温度表示系を見るとついていない。
湯沸し器のスイッチが押されていなかった。
一度思いっきり水を浴びてしまったせいで肩を震わせながら湯沸し器のスイッチを押しにいってお湯が出始めるまでタオルを巻いて待つ。
一度服を着てリビングにいってもよかったのだがなんとなくお母さんに顔を合わせづらかったのだ。
やっとでアラームが鳴ったのでシャワーを浴びつつぬるくなっている浴槽の方にもお湯を足していく。
湯船につかると少し肌寒いぐらいの温度だったが蛇口から伝わってくるお湯が温かい。
この温度差を感じるのは割とモヨコは好きだった。それに熱すぎるお湯も苦手なのだ。
やはり親の力は偉大というか、ただお風呂を勧められただけなのに、浴槽に熱が広がっていくのを感じているだけでだいぶ気分が落ち着いてきた。
が、今までのようにすぐ次はあれを!これを!なんて行動を起こせるほどには気力は追いついてこない。
頭の中の正しいモヨコは次の手段を探して解決しろ!とずっと叫んでいるのだが今は指先一本動かすのも億劫なのだ。
ただ今日あったことをリプレイで脳内スクリーンで繰り返して砂浜で、神社で、やってやったなんて喜んでいたのがほんとみっともないな、と自嘲じみた笑いをふっと漏らした。
絢香が最後に見せた顔。絶対の推理で必ず事件を解決してるって言って見せたのになぁ…
しかしここからあといったい何ができるだろうか。
犯人を見つけるにはあまりに何も情報がない。
だから呪いを解くために必死で駆けずり回った。
その結果神社の秘密を気付いて復旧した。けれどそれは呪いを解くためには何の役にも立たない。
じゃ後はいったい何ができるっていうのか・
幽霊であるから殺すこともできない。除霊なんてスキルは持ち合わせてはいないしどうやってお坊さんを井ノ口邸に連れ込むというのだ。
帰化したといってももともと外国で生まれ育ったご両親だ、たぶん日本的な幽霊の話をしたってニュアンスはろくに伝わらないだろう。
そもそも除霊というものをモヨコは信じていない。いや浄霊か。オカルト的には大きく意味合いが異なる言葉もモヨコにとっては単なる言葉遊びにすぎない。
現実にはやたら言い伝えに詳しいご老人もお前らあそこに足を踏み入れたんかって問い詰めてくる地元の人もそして憑き物落としに精通した住職もいやしないのだ。
お風呂から上がるころには血色だけはよくなったのでお母さんもその様子を見てうん、とうなずいた。
モヨコはお風呂にはいれって言ったのにお湯が沸いてなかった!と非難の声を上げたのだが別に冬じゃないのになんで切れてるのと軽く流されてしまう。
呉家の食卓はテレビを見ながら舞ったりご飯を食べるスタイルなのだがチャンネル権はやっぱりお父さんなので番組の趣味が全く合わない。
なのでいつもはさっさと部屋に引き上げるのだがなんとなく今日は一緒にテレビを見て、お父さんがお風呂に入りだすころに部屋へと引き上げる。
盛大にため息をつくとそのままベッドに倒れこんだ。
ちなみに呉家でベッドがあるのはモヨコの部屋だけで親御さんは敷布団で生活をしている。
この部屋をモヨコが使うと決まってからは壁紙も張り替えられたし本棚も増設された。
家庭内でのモヨコはわりと愛されモヨコなのだ。
モヨコの一人部屋をきっかけにリフォームされているので天井も板張りではなく白いタイルを嵌め合わせたような模様。
本来なら今頃勉強をしているのだがさすがに今はそんな気にはなれない。
がなんでもかんでもそんな気にはなれないなれないなれないの無気力オンパレードではいずれ本当に身動きできなくなるのが怖い。無理やりに固い頭と重い腰を持ち上げてベッドから立ち上がる。
机に向かってみるものの絢香の期待に応えられなかったという罪悪感と幽霊を呪いごとこの世から消し去れないかというイラつき。
頭がぐるぐるごちゃまぜでこんな時こそお兄様に相談しようかとも思ったけれどこれはまったくお兄様に関係のない問題なのだ。
夜が朝に近づくのを数えている。
なぜ用津比命神社は機能を取り戻したのに幽霊には何も影響を与えてくれなかったのだろう。
モヨコの目に映るのは用津比命神社にまつわるよくないものではなかったのか?
もし幽霊がそれと全く関係なく存在して見えているというのならやはりモヨコには別の幽霊を目撃したことがないとおかしな話になる。
けれどお盆のたびに向かう納骨堂も早々に亡くなってしまった祖父祖母の三回忌も何も見えたことはない。
あるいは黒い靄以外の不思議なものをなにか見たことがあるだろうか。
モヨコの目がそういう非日常的なものをすべてとらえる万能の目であれば?
が、それも頭を振って否定した。
モヨコの目はひどく限定的なものしか見えていないのだ。
ここがどれだけ田舎町であってもさすがにモヨコだって他の場所にはいくつも行ったことがある。
小学生の修学旅行では隣の県まで行ったし、そうでなくても参考書の類を買うだけでも電車に乗って少しだけ大きな町の本屋に行かないと手に入れることはできない。
が、そのどの土地でもなにも見たことがない。
ならば幽霊はやはり何かの因果関係がないとおかしなことになる。ただモヨコがその関係性を見誤っていたのだ。
用津姫とは何だったのか。
彼女は干害を抑えるためにその身を捧げた。
「…あ」
思わずモヨコは声を上げた。そうだ、たとえ神社がその機能を取り戻しても幽霊には大きな影響は与えない。
なぜなら用津比命神社はその名の通り奉っているのは用津姫だ。
用津姫はあくまで身を捧げたに過ぎない。身を捧げたところでそれは本来無意味な一個人の死へと還元される。
たまたま別のなにかが、この場合は水神がその死を代償として災害を抑えてくれたのだ。
つまり用津姫には災害を起こす力も収める力もないのだ。
災害、それを起こす悪いものというのはもともとこの土地にあった。普段は目に見えないほどの微量のそれがどこかにたまり何かを起こす前にそれを神社に集めて用津姫にこたえた水神が浄化するだけなのだ。
だから幽霊としては効率よく力を集めるのなら誰かを呪ってその生命エネルギーというべきものを吸い取ってもいいし、用津比命神社が集めたものが水神に引き渡され浄化が行われる前にかすめ取るような形でもどっちでもよかったのだ。
幽霊が消えるどころかむしろ力を増しているように見えるのはなんとなくだが理由はついた。
しかしそれだけでは解決には結びつかない。
なぜ用津姫は干害を防ぐことができたのだろう?それは身を捧げた、そういうことならば誰かが死にさえすれば同じくよくないものから力を得ている幽霊を消すことができるのか?
もう一度あの昔話を思い出す。
用津姫は干害を防ぐために水神に身を捧げた結果、川に水が戻り、それが今町に流れる川、用津川となった。
干害を起こすものとして日照り神、というものが知られている。
特定の名称や姿を与えられることは少ないが国民的妖怪アニメでは猿に似た姿で高熱ビームを吐く存在、として描かれているがその由来といえば中国から伝わる魃ばつという女神だ。
もともと干ばつ、という言葉もそこから来ている。
日照り、という太陽の象徴ともいえるのだからその力は強大なものだろう。
たとえ魃そのものでなくとも神という名を与えられるほどだ。
そしてそれに対抗できるのは水神の力であって用津姫の力ではない。
どうにかして水神の力を借りることができなければ幽霊を祓うことができない。
といっても水神に由来のある神社やご神体なんてどこにある?
もちろん探せばいくつもあるだろう。神社がまつる対象としては比較的ポピュラーなものだ。
がそれが用津姫に縁故があるものとすれば?
正式な神様の名前もわからないのにしらみつぶしに探すにしても中学生にはこの町は広すぎた。
もし町の中になければ?隣の市まで足を運ぶとすれば?
絢香はそこまで持つだろうか?
ここ数日顔を合わせるたびに顔色が悪くなっていくというのに。
持ち直した気持ちがあっという間にずぶずぶと沈んでいく。
一瞬なにか届きそうな気がしたと思ったのに絶望に叩き落すのならひらめかない方がよかった。
机にばったりと倒れこむと時計に目をやった。
無情に針は動き続ける。
それが絢香の命を少しずつ切り取っていくようにさえ思ってしまう。
モヨコは覚悟を決めた。ここまで来てしまっていつまでも一人でどうにかしようなんて。
ゆっくりと部屋を出るともう両親は寝てしまっているようで家の中に灯りはない。
足音を立てないように気を付けて廊下を歩くと隣の部屋の扉をゆっくりとノックした。
「お兄様…まだ起きていますか?」
返事はない。が、それにかまわずモヨコは扉を開ける。
カーテンが閉められたままの部屋の中では黒い闇が塗りたくられたようだ。そんな中にモヨコはそっと身体を入れると後ろ手に扉を閉めた。
モヨコはそのままぺたんと床に直接体育座りをする。ひんやりとした冷たい感触がおしりから伝わってくる。
一言目を出すまで時間がかかったがそれをせかすような声はない。暗闇はただじっと待ってくれている。
ぽつり、ぽつりと言葉が漏れ始める。
今まで起きたこと、今まで考えたこと、そういうことをモヨコは言葉一つこぼさないようにかといって筋道立てて倫理的に並べる余裕もなく思いつく端から端から、言葉として漏れ出てくる感情を並べ立てた。
静まり返った部屋の中ではそれが鈴の音を鳴らすようにわずかに響く。それに少し泣き声が混じる。
どれだけの言葉を重ねて積み上げたか気が遠くなると、モヨコの耳に小さな声が届く。
いいニュースは小さな声で語られる。
いつものお兄様の口ぶりにあれだけ押しつぶされそうだった不安があっという間にかき消された。
部屋を出たモヨコは再びお風呂に入ることにした。
それがいま必要なことだよ、とのお兄様の言葉に素直に従うことにしたのだ。
浴室から漏れる灯りが届かないように電気はつけなかったが既に目は暗闇に十分に慣れている。
浴槽の水はすっかりぬるくなってしまっていたがモヨコはぬるいお湯が好きなので全然かまわない。
顔半分までお湯につかる。
耳は水につからないようして。
自分の呼吸の音も止めるようにじっと息をひそめた。
外からは風の音、虫の鳴き声、時折こんな時間でも車が通ることがある。
そんな静寂の隙間を埋める音の中から、必要な答えを探すのだ。
窓からの月明かりが水面に映ってそれを揺らすように天井から水滴が落ちてきた。
思わずモヨコは立ち上がる。
そしてすぐに身震いして小さなくしゃみをした。
慌ててもう一度身体をつかると蛇口をひねってお湯を足す。
熱が浴槽に広がっていく間モヨコはさっきの水滴の意味を考えた。
その間にも水滴は何度か浴槽を打った。
次はくしゃみをせずに浴槽から上がれるだけの時間がたつとモヨコは久子にメールを送る。
さすがにこの時間だから返信は期待していないが起きたらきっと見ていてくれるだろう。