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10話 戦場


 昨日とつながったままの今日っていうのはやたら辛いもの、というのを人生初めての徹夜を実行したモヨコは味わっていた。玄関出た瞬間の陽射しがこんなに痛い、と感じたのも初めてだ。


「うわモヨコ…顔ひどいことになってるし」


 3日目となる久子のお出迎えが待っていたのだがおはようの前に心無い言葉を投げつけられてしまった。


「そ、そんなに…?」


「朝鏡ぐらい見てきたの?目の下すっごいクマできてるし」


「がおー…」


「なにそれ、クマの鳴き声?モヨコにしては珍しくない?」


「…ごめんなさい、忘れて。ちょっとテンションがおかしなことになってるだけよ。顔洗った時は気が付かなかったわ」


「テンションおかしいって徹夜でもしてたの?」


「え、ええ、まぁ。やっとでノートの秘密が解けそうなんだけれどいかんせん時間のなさはどうしようもなかったわ…半分も進まなかった」


「ただでさえ白い顔色が今は青くなってるしクマもひどしそのまま学校行くつもりだったわけ」


「え、ええそのつもりだったのけれどおかしいかしら?」


「そりゃすきにやれば?って言いたいところだけどそれってモヨコの言う愛され妹からものすごく離れた状況になってるっしょ。


 ほらこっちおいで、お化粧してあげるから」


「え、ええ?遠慮しておくわ…。


 だって犬神さん…その…けば…じゃなくて…ギャルメイク…?色が濃い…?からその、わたしには合わないって思うのよ」


「モヨコケバいって言おうとしたっしょ?」


 がっしと肩をつかまれてしまっては逃げようがない。目をさかなみたいに泳がせるしかできないモヨコ。


「そ、そんなことないわ。ケバブ食べたいよ。ケバブ食べたいって言ったもの。


 屍回して切り裂き小さくなったそのお肉をほおばりたいって言ったのよ」


「へー正直に言うし」


 モヨコはぐりぐりされてしまった!


「痛い痛いぃ…あ、頭にひびくぅ…ごめんなさいぃ」


「ったく、心配しなくていいし!ちょこっとだけど絢香にナチュラルメイク教わったし久子ちゃんってば成長する女だってわけ!


 ちょっと顔色よくしてクマ隠してあげるだからこっち来るし。ちゃんと鏡も見せてあげるから気に入らなかったらやり直させてあげるって。


 大体そのままで学校行ったら先生から心配されて保健室送りになるってば」


 久子はもうごそごそとカバンからメイクポーチを取り出してしまったのでモヨコはおとなしく目をつぶる。


 あ、そのままもう寝ちゃいそうだ…ほっぺたをペタペタなでるファンデーションの感触を感じていると不意に肩をポンポンされた。


「っえ、あ、もう終わったの?」


「学校始まるまで時間もないしね。ほら鏡、どう?やるっしょ?久子ちゃんのメイクをなめるなってばよ」


 渡された鏡で自らの顔をまじまじと眺める。いつものモヨコよりちょっとかわいく見えるかもしれない。


 化粧水をつける以外はろくに知識がなかったモヨコはもう一回鏡を見た。やっぱり…


「す、すごい…でもこれって先生に怒られたりしないかしら?」


「モヨコ風に言えばもっとケバイのがクラスにいるから大丈夫っしょ。ほらあかねとか直美とか。から先生は大丈夫。


 もしあかねや直美からなんか言われたらウチにやられたっていえば黙るから気にしなくていいっしょ」


 本人はあまり認めたくないようだが久子はなんだかんだ言って女子のヤンキー系ヒエラルキーでは間違いなくいと高き場所におわすので学年内の女子トラブルは名前を出すと大体収束してしまうのだ。


「と、とと、うぅ」


 歩き出してすぐにモヨコはふらついてしまう。


「ほんと大丈夫なの?危なっかしいから手を出すし」


「なにからなにまでごめんなさい…」


「謝るより先に言うことがあるっしょ」


「え。あ、うん?」


「察し悪すぎ、先にありがとうでいいの、もー」


 久子につないだ手を先導されながら学校に行くまでの間にモヨコは昨日の夜からやっていた作業を説明する。そしてそれがまだ半分も進んでないこと。


「つまりあとはただの単純作業ってわけ?」


「まぁそうなるけれど、このペースだとどれぐらいかかるか…多分もう今日は寝てしまいそうになるわ。というか授業中も耐えられるかしら…」


「単純作業なら別にモヨコがやる必要ないっしょ。どうせあの悪魔祈祷書とかいうノート、持ってきてるっしょ?」


「ええ、休み時間とか空いた時に頑張ろうと思って」


「別に一人でやる必要ないって」


 校門の目の前まで付くと学校のすぐ隣に立っている中山文具店、ピンク色の小さなたたずまいはこれは学校公認店で上履きや学校指定の靴なんかもなぜか買えてしまうし制服のまま入ることが公認されている数少ないお店だ。


 モヨコはそのまま中山文具店に連れ込まれる。


「ここってコピー機あるんだよね、モヨコ10円玉ある?」


「ええ、少しなら」


「ウチも財布に5枚入ってた。なら大丈夫かな」


「どうするの…?」


「どうするのってそりゃコピーとるに決まってるっしょ。誰でもできる作業を自分だけで抱えるのって効率悪いって。


 なーにウチに借りがある子はちょいちょいいるからね。その中で漢字が読める子に頼むだけ」


「え、漢字が読めない子っているのかしら…?」


「義務教育は敗北した…じゃなくって、画数間違えずに数えれそうな子に振ってみるんだって。


 11画の漢字。んでもってそれ同士は隣り合ってる。そんだけルールがはっきりしてれば放課後ぐらいまでには一枚やっつけてくれるっしょ」


「ありがとうっ」


 繰り返される単純作業は諸行無常。魂すり減らす行為は人格を殺す。そんな拷問じみた数える行為から解放されるとなると思わず涙が出そうで深夜からの高まったテンションで思わず抱き着いてしまった。普段のモヨコなら絶対にやらないことだ。


「え、ちょ、なに、照れる」


 なんていいながらまんざらでもない久子は軽く抱き返した後、顔を赤くして落ち着くし、と言ってモヨコを押し返す。


 そして10円玉をジャリンジャリン投入してコピーをとりはじめた。


「ちなみにモヨコは頼めそうな子って誰かいるわけ?」


 そこでモヨコは疲れた顔でピースサインを突き出した。


「表情と手つきが全くかみ合わなくなってるんだけどそれってどういう意味だし」


「わたしの友達は井ノ口さんと犬神さんふたりだけだからだれもいないわってことよ」


「しょうがないなー、じゃ、ウチが頼んであげるし!」


 なんだか今日はモヨコが素直なので久子のテンションもご機嫌なのであった。




 半ば予測していたことだけれども教室に着くと絢香は今日も学校には来ていなかった。モヨコは久子にガードしてもらいながら絢香にメールを送る。堂々とケータイをいじるのは女子ヒエラルキー上位にだけ許される行為で普段のモヨコがそんなことをやろうものならクラスに女2ボスであるあかねと直美に即刻いちゃもんをつけられるのだが久子は偉大だ。


 遠巻きに見守られることしかない。


 今日の絢香からの返信はとても早く『生きてる~絶対負けねぇ』となんだか男らしいメッセージでちょっとほっとしてしまった。放課後お見舞いに行こうか、と返信すると『大丈夫、捜査を優先して』とのことだ。


 ノートのコピーは久子が全部持って行った。どうやら今からHR前に全部配り切ってしまうらしい。さっきの間に久子は久子でピックアップして作業依頼する相手を見繕っていたようだ。


 そして久子の手元には一枚もコピーは残っていない。つまり自分ではやらない…なるほど、これがトップのやり方…などと思っている間に先生が入ってきたのでHRの開始だ。


 作業を代行してくれる、となったせいかすっかり安心してしまったせいで今日の一日は睡魔との戦いだ。6ラウンドの勝負は互角に持ち込めずほとんどKOかTKOだ。今まで真面目一辺倒を貫き通してたせいで眠気でフラフラするモヨコを先生たちは具合が悪いのかと何度も保健室を進めてくれたのだがそれを何度も断る。


 昼休みには久子も様子を見に来てくれていたみたいだが久しぶりに机に突っ伏して睡魔と戯れる姿にそっと離れていったみたいだ。


「ってことで全部回収してきたし。これでいい?」


 帰りのHRが終わるとまだまわりが帰り支度をしているさなかに久子は教室に入ってくる。


 久子が一体どんな頼み方をしたのかまさか残りの15ページすべてがきっちり作業が行われているとは思わなかった。半分ぐらい間に合ってくれれば御の字だったのに。


 そして赤ペンでなぞられた線が出来上がったそれぞれのページを見てやっとでモヨコは今までなんでこのページに既視感があったのか、その理由がはっきりとわかった。


「地図だわ。これ、この△△町の地図。


 とりあえずわたしが調べたページもコピーしましょう」


 朝に引き続いて中山文具店でコピーを取る。そのままもう一度教室に戻る。図書室なら5時ぐらいまでは先生たちもうるさくは言わない。グラウンドなら部活をやっている生徒が6時ぐらいまで残っているから当然だ。


 放課後に図書室で過ごすなんて言うもの好きな生徒はほとんどいなくてほぼ二人の貸し切りといってよかった。


 ぽつりといる二人の生徒とは一番遠いテーブルに座るとモヨコは司書の先生にセロテープを借りた。


 何するのって聞かれたので友達が作った暗号を解く、というとへぇ楽しそう、と言われたがそれっきりだ。


 あとは赤い線同士がくっつくようにまるでジグソーパズルのようにページを組み合わせていく。


 ついでに先生に地図帳を借りた。県地図の中でもモヨコたちの住む△△町をピックアップしたものだ。


 日焼けがすごくて古くて何年も読まれていないようなものだが道路の形なんて大きく変わることはない。近々隣の県までつながる高速道路ができる、という噂話あるのだけれど畑のど真ん中に道路を支える土台が建てられているのを見たのはたぶん、まだ小学生に上がる前だったと思うのだけれどそれから全く町の風景は変わっていない。


 それからは△△町の地図を広げてそれを答えにしてノートを張り合わせていく。


 神社、が書かれた場所を用津比命神社と仮定すれば赤い線はほぼ地図上の道路と一致する。ノートの方が道幅を無視していたりが25字×40行という性質のせいでピタリ重なる、とはならないがこれはもう地図で解答は間違いないだろう。


 いざ貼り付けて見るとかなり大きなサイズになってしまった。しかもこの紙一枚一枚は余すことなく感じが書き連ねられていることを思うと大変な労力を費やされている。


「さてこれで最悪のパターンは地図、が神社を特定すためのモノ、だったパターンよね。


 わたしたちは正木さんのヒントもあったけれど基本的に正木さんの想定していないであろうわたしの視力で用津比命神社を突き止めたのだから」


「え、ここまでやってきてそれはつらすぎっしょ」


「まぁそれはないと思うの。攻略メモに『ソラナキの出現場所は砂漠の塔23F』っていうこの記述。


 他のはゲームの攻略情報と相違はなかった。キングドレアムだとかヤマタノオロチだとかその辺はあくまでドラゴンファンタズム内の情報と矛盾はないみたい。


 ただソラナキ、これはゲーム上の裏ボスに当たる存在で通常ED終了後に入れる冥府魔道っていうダンジョンの奥に鎮座しているらしいわ」


「モヨコ…ガラケーなのに…家にWi-Fiも飛んでないのに調べたってわけ…?」


「お母さんに怒られる覚悟を来月までに固めておくわ」


 ふいっとモヨコは目を逸らした。通信料が今月はたぶんやばいことになってる。


「ちなみに砂漠の塔は序盤から中盤に差し掛かるダンジョンで転職システム?が解放されるらしいの。


 まぁそういうゲームの情報なんてどうでもいいのだけれどここで重要なのは砂漠の塔というダンジョンは5Fしかないらしいわ。


 まぁコントローラーでちまちま23階も上がるっていうのはラストダンジョンでもないのに苦痛だものね。


 だから結論としてはこの砂漠の塔23Fに出現するっていうのはこの地図の中でソラナキ、つまり何かが隠してある場所を探すためのヒントだと思うのだけれど。


 あとはゲーム上との差である5Fを考慮して18や28あたりも何か意味を持つかもしれないわ」


「砂漠の塔、がこの地図の中のなにを差しているかが大事ってわけか」


「あとはソラナキ…がどんな感じだかわかるとそれもヒントになるかもしれないわ。日本の妖怪をモデルにしてるのなら大体感じに直すことにできると思うのだけれど。


 もしそれが見つからなければこれはただの地図でしかないわ…」


「はぁこれがパソコンのデータだったりしたら文字検索で一発なのにアナログの辛いところってわけ」


「またひたすら時間を費やして怪しい漢字を探すしかないのかしら…なんていうか、時間を吸い取ることだけを目的に考えられた嫌がらせのような暗号だわ」


 と、そこで司書の先生が暇を持て余しているのかこっちの様子を見に来た。


「へぇ、それが暗号の地図?ものすごく気合入ってるわね…いったいどれだけ時間をかけて作ってるんだろう」


 一生涯でこれだけの漢字を一目で見る機会なんて普通の人にはまずないだろう。眩暈を覚えたって不思議じゃない。


「あ、はい…これがこの町の地図だってところまではわかったんですけどじゃあ目的地が一体どこかっていうのがまだ」


「ほかにヒントってなにかなかったの?」


「砂漠の塔なんですけどまったく意味が分からないんです」


「遠くから見たらなんか字が偏っているみたいに見えたけど実際の等高線とかに合わせてあるわけでもないのね。


 でも砂漠っていうぐらいだから多分このあたりでしょ」


 と先生は指先でとある一帯をぐるっとなぞった。


「え?」


「ん?」


 まじまじとモヨコと久子もその一帯を眺めていたのだが先生が意図するところがまだわからない。


「ははー先生、にあてられたのが悔しかったのかな。ま、だてに文系大学出てないからね」


「いえ、なんでそこが砂漠、なんですか?」


「そうそう、なんでわかるし」


「なんでって…砂漠のイメージってなにか考えれば簡単なことだよ呉さん、犬神さん」


 ちなみに司書の先生が全校生徒の名前なんて、ましてや図書館にめったに寄り付かない久子の名前なんて覚えているはずがないので名札を見ての発言である。


「暑い…あとは砂がいっぱいとか…太陽ギラギラとか」


「ラクダとかターバンとかオアシス?」


 残念ながらこれではモヨコの方が語彙力が残念な子に見えてしまう。


「えっと、呉さんの方が回答が近いかな。


 この辺ってわざとだと思うけどさんずい、きへん、くさかんむり、あとは部首じゃないけど水なんかが字の形に含まれてる漢字を全部よけて書いてあるよね。


 それって砂漠のイメージだと普通ないもの、でしょ。だからこの地図で砂漠ってさすのはここだけ、どうよ」


 全身から溢れんばかりのドヤオーラを放ってニッコリ笑顔。


「でも先生、よく一目でその辺に偏ってるって気づきましたね。すごい」


「ふふん、最近褒められること少ないから気持ちいいわ。じゃ、あまり遅くならないうちに片付けて帰りなさいね」


「ありがとうございます!」


 砂漠が特定できれば塔を探すのは簡単だった。砂漠の一帯にトウと読める漢字は一つだけ。『唐』の文字を見つけるとそこから上方向へ文字をたどっていく。砂漠の塔の23F、唐から23文字分上に行ったそこにある漢字は、『余』だ。


 なにか重要なものを差すにしては味気のない漢字だとは思った。


「これで正しいのかしら…?」


「ここがソラナキっていうか、玉が隠されている場所?」


「『余』って漢字はでもどう見てもソラともナキとも読めないわね。今まではそれとなく繋がりや何かしらのイメージを持たせてきてくれていたのに唐突な感じがするわ。


 そもそもソラナキってどういう漢字を書くのかしら。発音的には日本の妖怪か何かをもとにしているだろうから漢字を当てることはできるのだろうけれど」


「ふふん、そういう時こそ久子ちゃんにお任せするし。モヨコがもうお母さんに怒られないように代わりに調べてあげるって!『そ・ら・な・き』と」


 カタカナで調べた時と違って一番上の検索結果にすぐに漢字が表示された。モヨコも隣でその画面をのぞき込む。


「空亡き…?別の読み方をしてもくうぼう、だしとても余とつながりそうにないわね。


 一応くうぼう、でも調べてもらっていいかしら」


「おまかせあれだし。空亡くうぼう、と」


 空亡とは十干十二支を組み合わせたときに発生する余りの二支のことをさす言葉。そして天が味方しない時をさす言葉だ。別名大殺界、天中殺、と呼ばれている。


「この時点でろくでもないのは十分に察することができるわね。それに…やっとでこれの意味が分かったわ」


『子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥


 甲乙丙丁戊己庚辛壬癸◯◯』


 この暗号の〇〇、は最初から空亡、悪いものの象徴としての言葉だ。最初から空亡のことは示されていたのだ。


 ただ言葉のままそうとらえるのではなく、あくまで最悪のモノを隠した、という程度の意味合いではあろうけれど。


「それに空亡が余りを指すのならここに余という字があてられているのも納得だわ」


「ってことはあとはこの場所がどの辺ってことだけなわけか」


「そうね、とりあえず地図と見比べてみましょう」


 時間はそろそろ5時に近づいている。地図帳の貸し出し手続きをするとつなげたコピー用紙を折りたたんで今日はもう帰ることにした。




 夕食をすますとモヨコは真っ先にベッドに倒れこんだ。授業中も存分に睡魔と戦っていたがさすがにもう限界だ。


 が、気力がまだ残っているうちに絢香に今日の結果を報告しようと思ったがどうせそれも幽霊にのぞかれていると思うと具体的なことを書くのははばかられた。大体あんな本性を見せつけられてからは探し物がまっとうに進んでいるなんて知ったら絶対に喜ぶだろう。それは本当にむかつく。


 絢香は意地でも幽霊のことを『若林愛』と生前の名前で呼ばなかったがモヨコも今は一緒だ。


 もはや若林愛だと思って持っていた好意もすべて吹き飛んでしまい今や悪霊でしかない。


『体調の方はお変わりありませんか?こちらも問題ありません』


 あとはメールの返信も待たずに一度まどろもうとしたところで電話が震えた。


「うぇっ」


 表示されていた名前は井ノ口絢香。


「もしもし…?」


「あ、モヨコ?なんなのあの機械が打ったようなメール」


「え、そんなにおかしかったかしら…?」


「うん、っていうのはまぁわかってんだけどね。幽霊に情報漏れないようにしてくれてるんだよね」


「そう、それもあるけれど体調が気になって…」


「体はだるいかな…熱とか風邪と違うんだよね。体温計で計ってみたらいつもよりちょっと体温が低いみたい」


「あったかくしてる?低体温は万病のもとよ。今は呪いのせいで体調悪いだけかもしれないけれど本当に病気にかかる可能性だってあるんだから気を付けて」


「モヨコにしては珍しく優しい言葉だね」


「友達の体調ぐらい心配するわ、わたしのことをなんだと思っているのよ。まぁその元気があればまだ大丈夫そうね」


「で、モヨコ、ここからは少し声小さくできる?」


「え、えぇ」


 電話口で声を潜める、というとなおさら内緒話をしている気持ちになる。


「メールで内容聞くよりも小声で話してもらった方が幽霊にはばれづらいと思うんだ。だから」


「なるほど…それもそうね…ちなみに幽霊は今何をしてるの」


「うわーその手があったかーってわざとらしく頭抱えてる。本当に聞こえてるのか聞こえてないのかわからないけど」


「やーいやーいモヤシ幽霊悔しかったらなんかいってみろー」


「え…なにモヨコ急にその低次元な煽り…」


「いえ、幽霊に本当に聞こえてないのかと思いました」


 言ってて恥ずかしくなってきたモヨコは思わず敬語になってしまった。


「あ、そういうこと…幽霊きょとんって首傾げてるから大丈夫」


「ならよかった。とりあえず呪いの根源というか重要なものの場所はもうすぐ手に入りそうだわ。


 それを供養する方法も何となく見当がついてる、だから井ノ口さんは心配せずに体調にだけ気を付けて」


「ほんと?ありがとう」


「早いけれど切るわね。ちょっとわたしも昨日夜更かししてしまったから今日は寝るわ。またね」


「うん、また」


 今度こそモヨコはベッドに倒れこんだ。残った気力で蛍光灯のひもを引っ張ると目を閉じたと思ったら意識はあっという間に闇に落ち込んでいく。


 再び目を覚ますとガラケーは朝の四時を表示している。8時間睡眠のおかげで寝覚めは完璧だ。


 蛍光灯をつけるとさっそくノートのコピーと地図帳を広げて目的地を調べることにした。道路しか描写されてないせいでわからなかったが地図と照らし合わせればすぐにわかる。砂漠の一帯はこの町の海岸付近だ。


 なるほど、砂浜なら砂漠といっても差し支えない。


 あとは海岸に行けば『余』の位置に何かしら目印があるのだろう。あるいは『唐』の位置に何かあるのかもしれない。まぁ行けばわかる。しかし2年も砂浜のどこかに隠してあるとしたらそれは波にさらわれたり…あるいは誰かが掘り起こしたりしなかったのだろうか。小学生の時は地域の子供たちみんなで海水浴に行っていたモヨコは泳ぎが苦手だったし、砂のお城を作るような器用さもセンスも持ち合わせていなかったので砂浜をそこらじゅう掘り返していたことを思い出す。


 とりあえずパジャマのまま一階に降りると玄関付近に並べてある観葉植物。その隙間から園芸用のスコップを取り出した。場所が砂浜だ、たぶん掘り起こすことになるだろう。カバンに今のうちに入れておく。


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