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狼男と人魚姫2  作者: 渡邊裕多郎
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第一章 思いきって静流に告白・その6

 死ぬほど退屈な授業を三教科も片づけ、四時限目の体育は適当にやってビリから三番目位を演じ、昼飯になった。静流の手をとって教室をでる。特に声をかけられなかったが、背後からすごい視線を感じた。たぶん教室中の人間が俺たちを凝視してるんだろう。なんでこんなことになったんだか。


「肉じゃがと、ゆで卵と、ご飯と。それから、お箸を持ってきたから」


 俺の横で、静流が言ってきた。弁当箱はふたつ。当然ながら、俺は何も持ってない。


「そうなのか。楽しみしてるから」


 俺たちは校舎をでた。校庭の隅のベンチに並んで座る。静流が弁当箱をあけた。


「へェ」


 肉じゃがは、少し変わっていた。うちで肉じゃがって言ったらすき焼きに使うみたいな薄切り肉なんだが、静流の肉じゃがはバラ肉である。油と肉の三枚層になってる奴だった。それとゆで卵。


「はい」


「ありがとうな。いただきます」


 俺は受けとった。静流が自分の弁当箱をあける。一緒に食いはじめた。――少し甘口だな。米も柔らかめだ。


「どう?」


「甘口で、米も柔らかめだな」


 思ったことをそのまま言ってみた。静流が驚いた顔をする。


「あの、甘すぎた? ご飯も柔らかすぎたかしら?」


「まァな。俺は硬めのご飯が好きだから。肉じゃがも、あんまり甘ったるいのはなァ。ご飯のおかずなんだから、薄く塩分がついてれば、それでいいんだよ。しょっぱいのも好きじゃないし」


 甘いのは飯を食ったあとのデザートで充分である。


「そうなんだ。じゃ、次からは、ご飯は硬めにして、肉じゃがは砂糖抜きにするね」


「そうしてくれるとありがたいな。あと、ゆで卵も固ゆでがいいかも」


「え、そうだったの?」


「うん。いままで言わなかったけどな。俺は硬いものをガリガリ齧るのが好きなんだよ」


 ちなみにこれは俺の好みだけではなく、親父とお袋もそうだった。獣人類だから、という理由なのかもしれない。静流が俺を見る。


「どうして、いままで言ってくれなかったの? 私、知らなかったから、ずっと半熟にしちゃってたんだけど」


「いや、なんか、せっかくつくってくれたんだし、わがまま言うのも悪いかなって思って」


「あ、そうだったんだ」


 静流がパクパク食ってる俺の弁当を見た。


「でも、お肉は、バラ肉でよかったのよね? お肉の塊って感じで」


「肉の塊って言ったら塊なんだけど、脂がうるさいかな」


「え」


「肉って言うのは、肉を食うからうまいんだよ。脂は邪魔だな。焼き肉でも、俺はロースが好きだし」


 カルビなんて、あれは脂の塊だ。もちろん、あれはあれでうまいんだが、あれで肉を食ったなんて勘違いする輩がいるから困る。グルメ漫画でも読んだ話だが、脂信仰ってのは問題だった。運動のあとはタンパク質。で、タンパク質ってのは肉で言ったら赤身、卵で言ったら白身のことである。脂を食ってもぜい肉にしかならない。


「そうなんだ。せっかくつくったのに」


 静流がつぶやいた。なんだか声が落ちこんでいる。横目で見ると、静流がつまらなそうな顔をしていた。


「どうした?」


「なんだか、おもしろくない」


「は?」


「だって、せっかくつくったのに、秀人くん、美味しいって、全然言ってくれないし」


 あ、まずった!


「あの、ごめん。うまかったよ」


「嘘なんて言わなくてもいいから」


 静流がうつむいたまましゃべりだした。


「そうだよね。私、秀人くんの好みなんて、ちゃんと聞いてなかったし。いきなり料理しても、秀人くんの好きなものなんて、つくれるはずないよね」


「いやいや、静流がつくるものなら、俺も合わせるから」


「そんなことしてくれなくていいわ」


 ヤバい。機嫌を損ねちまった。あわてる俺に視線を合わせようともせず、静流が話をつづけた。


「でも、秀人くんも悪いんだよ。最初に、好きな味つけとか、硬いものが好きだとか、なんにも言ってくれなかったから」


「それは、確かにそうだったけど、俺だって、こんなに好みが違うって想像してなかったから」


「ほら、やっぱり好みが違うんだ。だから秀人くん、美味しいって思ってくれなかったんだ」


 つまらなそうに静流が言う。これ、ひょっとしてスネてるのか? どうしよう? あわてる俺の横で、静流が自分の弁当を見つめた。


「私、秀人くんがおいしいって思ってくれない料理をつくってたんだ。私って、味音痴だったんだね」


 なんだか面倒臭くなりそうな予感である。何を言おうかと思案する俺の横で静流が弁当を食べはじめた。こっちに目をむけようとしない。セカセカ食ってるが、昨日の、あの恥ずかしげな感じとは正反対の空気だった。


「あ、あの――」


「おいしくないなら、正直に言ってくれていいからね。私、もうお弁当つくらないから」


 うわ、たかが弁当でなんでこうなるんだよ。どう声をかけていいのかわからない俺の前に影が差した。顔をあげると、坂本が立っている。


「なんだおまえたち? 仲のいいところを冷やかしてやろうと思って見にきたのに、もう夫婦喧嘩してるのか?」


 いきなり、とんでもないことを言ってきた。声に気づいた静流が顔をあげる。朝と同じく、赤面していた。


「いや、あの、坂本くん? 夫婦喧嘩なんて、私たち、べつに」


「仲がいいほど喧嘩するって言うからな。お互い意見をぶつけ合って、相手のことを知るってのはよくある話だし。それでいいんじゃねェの?」


「それでいいって、おまえ」


「ツンデレなんて言って、自分から喧嘩売ってコミュニケーションをとるアニメもあるけど、おまえら、どう考えたってそういうパターンじゃないからな。喧嘩もしないで、お互いに言いたいことを我慢して、そのうち限界がきて、ダムの堤防が切れたみたいに文句ブチまけて大破局、なんてのはやめておけよ」


 空気も読まないでベラベラ言いだした。


「ま、適当に喧嘩して、適当に仲良くしておきな。お互い、好きだから付き合ってるんだろ? さー教室に戻るかァ」


 勝手なことを言うだけ言い、坂本が背をむけた。尻をかきながら校舎まで歩いて行く。ブゥ、なんて音が聞こえた。あいつ屁ェしやがったのか。


 すっかり拍子抜けし、俺は静流を見た。静流も俺を見ている。


「あの、さっきは、文句ばっかつけてごめんな」


「ううん、私も、ちょっと意地になっちゃってたみたいだから」


 静流が笑いかけた。


「ちゃんと好みも聞かないで、私の好きなようにつくっちゃったんだから、ご飯の硬さとか、違ってあたりまえだよね。これからは、秀人くんの好みを聞いて、それからつくるから」


「いや、俺もわがままを言い過ぎた。つくってくれるだけで、俺はうれしかったから。俺も静流に合わせるぜ」


「うん、ありがとう」


 なんとなく仲直りみたいになり、俺たちは弁当を食べた。弁当箱を俺が持ち、手をつないで校舎へ戻る。


 それにしても、静流にもこんなところがあったとは。いままで知らなかった、静流の新しい発見。それが俺にはうれしかった。

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