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狼男と人魚姫2  作者: 渡邊裕多郎
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第一章 思いきって静流に告白・その3

       2




「秀人くん、手があったかいね」


 ドキドキしながら手をつないで歩いていたら、静流が言ってきた。ちなみに俺の右手と静流の左手である。歩道は右側通行だ。こういうときは、男が車道側に立つもんだって、どこかで教わった記憶がある。とりあえず紳士の礼儀は守らないと。


「なんだか、ポカポカして気持ちいい」


「それは、俺が、その、ドキドキしちゃってるからさ。血のめぐりがよくなってるんだと思う。そういう静流の手は、ひんやりしてるな」


「あ、ごめんなさい」


「いやいや、べつに悪いって言ってるわけじゃない。そうなんだなって思っただけだから」


「あ、そうなの。私、実は少し冷え症だから。海で生活するのが本当だからあたりまえなんだけど。だから、秀人くんの手があったかいと、丁度いいな」


「手くらい、いつでも温めてやるよ」


 冗談めかして言い、俺は静流の手を見た。


「静流って、手が小さいな」


「え、そう?」


「いや、女子の手って、みんな、これくらいのサイズか。俺が男だから大きいんだ。いままで、女子と手をつないだことがなかったから知らなかったぜ」


「あ、そうだね。男の人って、身体が大きいもんね」


「いまはな。小学生のときは、先に成長期がくるらしくって、抜かれたりしてたけど」


 俺は小学校のころを思いだした。四、五年生あたりから、女子は急に身長が伸びて、力も男子より上になるのだ。で、男は馬鹿だの不潔だのチビだのって言いだすようになる。俺は獣人類だから運動能力で負けることはなかったが、ムキになって本性をだして、化物って白い目で見られたりもした。あのころの、女子の罵倒と噂話は普通じゃなかったからな。俺はそれが怖かったのだ。


 考えていて、急に気づいた。


「そうか。俺は女子が怖かったんだ」


「え、なァに?」


「いや、ちょっと、昔のことを思いだしてな。俺は、同じ年代の女性が怖かったんだなって思ったんだよ。いや静流は違うけど」


「私も、男の人が怖かったんだよ」


 静流は笑顔で言った。


「みんな、私より背が高いし、力はずっと上だし。喧嘩したら、絶対勝てないもの。それに、私が人間じゃないって知ったら、おもしろ半分の目で見る人がたくさんいたから。それで、変な目的で声をかけてくる人もいたし。でも、秀人くんは違ったわ。そりゃ、秀人くんが変身した姿を見たときは、少し怖かったけど」


 恥ずかしそうに静流が俺を見つめた。


「いまだから言うけど、私、秀人くんをはじめて見たときから、格好いい人だなって思ってたんだ。一目惚れだったんだよ」


「え、そうだったのか?」


「うん、強そうだけど、暴力は奮わない感じで。私、ずっと秀人くんと仲良くしたかったんだけど、秀人くんが私のことを知ったら、嫌われちゃうんじゃないかって思って、それで声をかけられなくて。でも、秀人くん、私が変な男の人にからまれてるときに助けてくれたでしょう? あれで仲良くなれて、私、うれしかったなァ」


 とりとめもなく静流が話しだした。おとなしい娘ってイメージがあったけど、こういうところは女の子だな。やっぱり話すのが好きらしい。いままで、静流はそういう相手にも恵まれなかったのだ。


「あのときは、秀人くん、黙って殴られてばっかりだったから、本当は弱いんだって勘違いしてたんだけど、それでも秀人くん、私を守ってくれたから、うれしくて。素敵なナイト様って感じだったよ」


「なんだか照れくさいな。俺は、そんな大それたもんじゃないよ」


 俺は静流に笑いかけた。


「静流こそ、お姫様みたいだぜ。あのとき、静流が眼鏡をとったのを見て、すっげェ美人だって俺も思ったから」


「え、そうだったの?」


 静流が赤い顔をした。


「そうか。私って、お姫様みたいだったのか。秀人くんに言ってくれるとうれしいな」


 はじめて見たとき、俺は静流のことを趣味の悪い眼鏡をかけた変人だと思っていたんだが、これは言う必要のないことである。普段から、俺は外見で人を判断しないことにしてるし。


「だから俺も、静流のことが気になってたんだけど、やっぱり言えなくってさ。俺がヘタレだったから、なんだけど。さっきは緊張したぜ」


「私も、すごく緊張したんだよ」


 静流の、俺の手をにぎる力が増した。


「いまは、違う意味で緊張してるけどね。私たち、手をつないでるし」


 静流が俺を見あげた。


「ね、私たち、付き合ってるんだよね?」


 いまさらながらの確認だが、言われてみると緊張するものだ。


「うん。まァ、そうだな。俺たち、恋人同士なんだ」


「そうなんだよね」


 宮原の声ははずむようだった。やさしげな美貌が俺の横にある。この表情が、これからは俺にむけられるのだ。わけのわからん緊張で、俺はドキドキしっぱなしだった。これは独占欲だろうか。


「あ、秀人くん、ここでいいから」


 急に静流が言ってきた。気がついたら、いつもの場所まできている。毎日、俺たちはここでわかれるのだ。


「うん、じゃ、また明日な」


「じゃァね」


 言って、静流が手を離した。ひんやりした感触が俺の手から離れる。なんだか、急に寂しい感じがした。いままで、これが普通だったのに。


「あのね秀人くん、肉じゃがって好き?」


 いつもと違い、静流が帰ろうとせずに訊いてきた。


「嫌いじゃないけど。なんでだ?」


「明日のお昼、私がつくってきていい?」


「え」


 俺は驚いた。いきなりそこまで行っちゃっていいのか? いや、静流が言うんだから、いいのかもしれない。


「あの、ありがとうな。すごくうれしいぜ」


「まかせておいてね。おいしくなかったらごめんなさい」


 静流がほほ笑んだ。


「あのね、それから秀人くん、手をだして」


「こうか?」


 静流の真意がわからず、俺は右手をだした。静流が左手をだす。さっきまで、手をつないでいたのと同じパターンである。何をするのかと思っていたら、静流が近づき、いきなり俺の右手に自分の腕をからませてきた! というか、ほとんど俺の腕に抱きついたみたいな感じである。


「うわわわ! 静流!?」


「エヘヘ。ごめんね」


 泡を食って訊く俺に、静流がぱっと離れた。恥ずかしそうに笑いかける。


「私、どうしても腕を組んでみたくって。びっくりさせちゃってごめんなさい」


 いたずらっぽい調子で言い、静流が手を振った。


「じゃ、秀人くん、また明日ね」


 言って静流が背をむけた。パタパタと走って角を曲がる。


 それにしても、ずいぶんと柔らかかったな。いまのって、ひょっとして胸があたってたんだろうか? いざとなったら女性は男よりも度胸が座っていると小説家のおっさんから聞いたことがある。これがそうか。


「それにしても、腕組みってのは気持ちいいもんだな」


 天にも昇るとはこういう気持ちかもしれない。彼女がいるって、こういう感じなのか。頭ンなかグラグラしてる状態で俺は家に帰った。

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