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狼男と人魚姫2  作者: 渡邊裕多郎
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第三章 ゼムとの死闘・その4

「そこまでだ」


 すさまじい重圧を内包した声が飛んだ。ゼムの動きがとまる。俺の眼球の痛みさえ、一瞬消し飛んだくらいだった。


「あとは俺が相手になろう」


 声が近づいてくる。歩く音はふたつだった。もうひとりいるようだが、その声は聞こえない。俺は右目をむけた。


 声のない来訪者は強利だった。さすがに心配げな顔を俺にむけている。目ん玉に触角が突き刺さっていればそうなって当然か。それにしても助かったぜ。伝説の勇者様の子孫が手助けにきてくれるとは。


 そして、もうひとりは。


「申し訳ありません、あれを頼みます」


 強利に言って頭をさげてから、ドカタ姿の声の主がこっちを見た。いや、正確にはゼムのみを。


「人ン家の子に手をだしておいて、ただで済むとは思ってないだろうな?」


 バキバキと指を鳴らしながら近づいてきたのは、俺の親父だった。現場仕事からの帰りらしい。それにしても、なんで強利と一緒なんだ? わけがわからないまま、俺は声をだそうとした。


《やめとけ親父。こいつはただものじゃないぞ。強利様にまかせておけ》


「何か言いたいことがあるみたいだけど、無駄だぞ。喉がつぶれてるから声がでないだろう? 強利様に治癒してもらうまで、我慢しておけ」


 親父が言いながら近づいてきた。その重圧――俺の発揮した獣気とは比べ物にならないレベルだ。空間すらもゆがんだようである。以前、


「その気になったら、俺は呪文なんか使わなくても『忘却の時刻』をつくれるぞ」


 なんて言っていたが、あれ、本当だったのか。


「――何者だ?」


 ゼムが俺から手を離し、ゆっくりと距離をとった。動きがのろいのは、敵意がないと親父に誤認させるためか。ゼムが両腕を降ろした状態から、瞬間に手を跳ねあげた。


「ふむ」


 親父が感心したような顔をした。妙なことが起こったと気づいたのは、そのあとである。


 つまらなそうな顔で、親父は右手を自分の顔の高さまであげていたのだ。その親指と人差し指の間に、ゼムの触角がはさまっている! 眼にもとまらぬ動きでゼムの放った触角を、同様に、親父は眼にもとまらぬ動きで受けとめたのだ。ゼムが目を見開く。


「なん――だと――」


「これは、『P&P』で言うところの、暗器だな。ほう? なかを空洞にしてあるのか。ただの針ではないようだが、妙な武器を使う奴だ」


 親父が指に挟まっている触角を、めずらしそうにひねくりだした。それから、あらためて顔をあげる。


「もう少し息子から離れてもらおうか。俺の血をひいているし、その程度では死なんと思うが、傷ついている状態のまま放っておくのは忍びないんでな」


「よかろう」


 親父の言葉に何を感じたのか、ゼムが俺から離れた。強利が小走りで近づいてくる。


「大丈夫だったか?」


《えェ、まァ》


 声がでない状態でも、なんとか口だけを動かし、俺は喉に刺さっている触角を抜いた。おお痛ェ。強利が俺の出血に指をむけ、何やら呪文を唱えだす。見る見るうちに痛みが和らいでいった。ガチで助かったぜ。


「目の傷は――いまから抜く。少し痛いぞ」


「お願いします」


 よかった。声がでた。


「では行くぞ。一、二、三で抜く。一、二、三で抜くが、日本式の、三と同時に抜くのではない。三と言った直後に抜く。いいか、一、二、三の、三と言った直後だぞ」


「はい」


 と、俺が返事をするより早く、ず! と抜かれた。イー!? とんでもない痛みだ。さすがに悲鳴がでたと思う。あー格好悪ィ。俺は左目を押さえながら右目で強利をにらみつけた。


「何するんです? こういうときは、一、二、三で抜くって言っておきながら、フェイントかけて一とか二で、不意打ちで抜いたりするもんでしょうが。『マッドマックス』って映画でもそうだったし。それを、俺が返事をするより前に抜くって、いくらなんでも反則でしょうが」


「僕が不意打ちで抜くことを君が読んでくると思って、さらに先を読んだんだ」


 強利が言い、あらためて呪文を唱えはじめた。やっぱり、いざとなったら俺より上だぜ、この人。前回、俺が勝てたのはまぐれだったのだ。


 それはいいが。


「すみません、親父を頼みます」


「なぜだ?」


 強利が不思議そうな顔をした。同時に、全身の痛みがひいていく。よし、俺もまだ行けるな。


「あの野郎、普通じゃないです。正式な決闘でもないし、全員でやっちゃっても問題ないでしょうが」


「かも知れんが、僕が加勢する必要もないだろう」


 治癒が済んだと判断したのか、強利が俺から手を離した。どういうことだ? 俺が顔をあげると、親父もこっちを見ていた。ニヤリと笑う。


「もう大丈夫だな。結構心配したぞ」


 言ってからゼムのほうへ目をむけた。


「さ、行くか。ああ見えても、息子はまだ未成年なんでな。おまえはそうでもなさそうだ。大人同士で、きちんとした喧嘩と行こうか」


 言いながら、親父が目一杯息を吸った。少しためてから、ふーっと吐きだす。同時に、親父の姿勢が少しうつむき加減になった。筋肉が強化、骨格が変形をはじめている。


「地上を這いつくばるクズが」


 ゼムが言い、その腕が伸びた。手首から先が軽くスナップする。


「あのなァ」


 避けるでも受けるでもなく、親父が口を開いた。その全身に触角が突き刺さって――いない! ゼムの放った触角は、親父の足元に散らばっている。ゼムが狙いを誤った? いや、まさか。驚愕にゼムが目を見開いている。


「もっと力を入れて投げつけてもかまわんぞ。おまえの技、もう俺は見ちまったが、おまえは俺の闘い方を知らん。少しだけハンデをやる」


「馬鹿な!! なぜ刺さらん!?」


「全身の筋肉を力まかせに張っただけだ。空手ではサンチン、中国拳法では硬気功と言ったかな。TVでやってる演武を真似してみたんだが、ぶっつけ本番でもできるもんだぜ」


 無茶苦茶なことを言いだした。俺もTVの格闘技を真似したりはしてるけど、ここまではいかない。俺の視線に気づいたのか、親父が頭をかいた。


「前にも言っただろう? 昔、母さんとラブラブデートをしていたら、いきなり撃たれたことがあったんでな。こりゃ、生まれつきの野性と本能だけじゃ限界があると思って、TVを見て格闘技を研究したんだ」


「へェ」


「おっと」


 感心する俺から目をそらし、親父がゼムに顔をむけた。目をかばう。その腕に触角が突きたちかけ、刺さることもできずにパラパラと落下した。


「的確に目を狙ってくるなァ。大したもんだ」


「易々と防御して、余裕のつもりか?」


「実際、余裕なんでな。息子の怪我は強利様がもう治してくれたし」


「――強利だと?」


 やっと気づいたらしい、ゼムが俺の隣に立っている強利へ目をむけた。


「貴様、まさか勇賢者強利か!?」


「確かに、『S&S』ではそう呼ばれることもあるな」


 強利の返事に、ゼムの表情が変わった。


「『P&P』の血をひく、二世界の橋渡しなどともてはやされていい気になっているそうだが、いいところで会ったな」


 ゼムが触角を強利にむけた。ついでに殺っちまおうって腹らしい。大臣の国は、よほど『P&P』を毛嫌いしているようだ。


 強利が苦笑した。


「それよりも問題ではないかな? まずはその男をたおさなければならんぞ。東の青狼ハンの伝説くらいは、さすがに知っていると思うが」


 ゼムの表情が、さらに一変した。驚愕の目を親父にむける。


「貴様、五獣王のハンか!?」


「そりゃ、昔の名前だ。あのころに比べたら、俺も老いたぜ」


「そんなことがあってたまるか!!」


 何を思ったのか、ゼムが青い顔で触角を放った。親父が目をかばいながら駆け、ゼムの前に立つ。


 親父が撃ったのは、空手の演武で見る、杉板の試し割りパンチに見えた。ただし速度とパワーが尋常ではない。ゼムの着こんでいた蟹の甲羅の鎧は一瞬で粉みじんに粉砕され、ゼム本人は一〇メートルも吹き飛ばされて地面を転がったのである。車に跳ね飛ばされたみたいな感じだった。


「あれ? なんだ? 骨を粉砕した感触がなかったぞ」


 突きを放った体勢のまま、親父が首をひねった。その視線の先でゼムが起きあがる。


「やっぱり起きあがるか。ジャストミートだと思ったんだがなァ。俺が本気でブン殴って一発で死なない相手ってのは二〇年ぶりだ」


「そいつ、骨がないんだ。タコの化物だぜ」


「あ、そうだったのか」


 俺の言葉に、親父が納得の顔をした。


「しかし、言う必要はなかったな。少しは相手にもチャンスを与えてやれ」


 言いながら、ひょいと目をかばった。防御した腕に触角があたり、地面に落下する。


「そうだな。代わりに、逃げるチャンスでもやるか」


 言いながら親父がゼムに目をむけた。ゼムは駆け寄って、やけくそみたいな顔で親父に触角を連投している。すべて親父にぶつかるが、まるで刺さる気配もなく、バラバラと地面に落下していった。


 鋼の肉体を持つ親父と、骨を持たず、打撃を無効化するタコのゼム。一見、決着はつかないように見えるが、そうではない。ゼムの持つイセエビの触角だって、無尽蔵に見えるが、いつかは手持ちがなくなる。骨がないから打撃に耐えられると言ったって、噛みついて引きちぎっても平気かどうかは保証がない。俺は親父が古タイヤに噛みついて、バラバラにするのを見たことがあった。


 そして何より、こっちには強利もいる。


「ほら、逃げていいぞ」


 親父が面倒そうに言う。このまま意地になってもジリ貧でピンチになるだけだと気づいたのか、ゼムが悔しそうに後ずさった。


「あ、そうそう」


 親父が急にこっちをむいた。


「おまえの仇討ちは、さっきの一発でいいな? あとはおまえの喧嘩だ。追いかけたいなら、いま、追いかけろ」


「何ィ!?」


 逃げようと思っていたらしいゼムが目を剥いた。


「貴様、それでは、逃げていいことにならんだろうが!」


「口喧嘩してる暇があったら、さっさと逃げとけ。確かに息子は未成年だが、何もかも親が面倒を見るって年でもないからな。息子がおまえをブチ殺すって言うんなら、べつに俺はとめんよ」


 正しいんだか正しくないのかわからん理屈を並べる親父に、ゼムが歯ぎしりしながら俺たちから距離をとった。歯はあるのか。歯をへし折れば、少しは痛がるかな。


「覚えていろ五獣王! いずれ決着はつけるぞ!!」


「おいおい、とっくに俺は引退してるんだぞ」


 親父の返事を聞かずにゼムが背をむけた。白い霧のなかに飛びこむ。


 ゼムの姿が消え、少ししてから『忘却の時刻』も失せた。ここは夕闇の路上である。地面はアスファルト。『P&P』で問題ないらしい。俺は生きて帰ってこられたのだ。


「さて、帰るか。強利様、息子のこと、ありがとうございました」


「いやいや、あの程度、どうということはない」


「そう言ってくださると助かります。冬休みには、きちんと『S&S』に行かせますんで。じゃ、帰るぞ」


「ちょっと待ってくださいよ」


 俺は親父と強利を交互に見た。


「何がどうなってるのか、説明してもらえませんか?」


「――まァ、僕はかまわんが」


 少し考えるそぶりを見せてから、強利がうなずいた。で、親父に目をむける。


「いいだろうか?」


「そうですね。息子も、もう知っておいていい年ですし」


 親父も軽く首をひねってからうなずいた。


「では、僕の家で話をしようか」

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