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探しもの見つけます  作者: 麗華
第2章 選ばなかった幸福
8/47

どうして


 相葉 春奈はデパートの化粧品カウンターで働いている。大好きだった化粧品会社に新卒で入社し、もう10年以上。女性ばかりの職場なのでこれまでも色々な事はあったが、仕事を辞めようと思ったことは一度もない。あの頃も今も、自分はずっとこの会社で働くんだろうなと漠然と思っていた。

 だからと言って、一生独身を貫きたいだなんて強い意志もない。できる事なら、幸せな結婚というものをしてみたいとも思っている。あの時、彼の言葉に戸惑ったのは若かったからで、もう少し待ってくれたらきっと素直に受け入れる事も出来ただろう。タイミングが合わないというのはあの時の彼と自分を言うのかもしれない。

 あと少しだけタイミングがずれていたら、きっと今とは違う今になっただろう。


 今でも、彼の傷ついた顔が頭を離れない。

 あんなに彼を傷つける資格があったのか、あんなに求めてくれた彼を傷つけて、自分にそんな価値があるのか。何かが上手くいかない時に、ふと考えてしまうのだ。


 投げ捨てた指輪を見つけたからと言って、春奈の行いがなかったことにならないのはわかっている。でも、あの指輪は彼が愛してくれた春奈そのもののような気がする。もう一度薬指にはめれば、自分の価値を想い出せるのではないかと思ったのだ。

 


 そんなとき、もう3年も春奈の所に通ってくれているお客様が「探しもの屋」の話をしてくれた。未練の残る宝物を必ず探してくれる不思議なお店。彼女は何を探してもらったのか、ただの噂話としての話だったのかまるで覚えていないのに、店の場所だけはしっかり頭に入っていた。


 話しを聞いてからはいても立ってもいられず、風邪をひいたと嘘をついてまで仕事を早退し古い商店街を訪れた。就職してからこれまでで、初めてのサボりだった。

 店にいたのは、美しい長身の女性店主と、艶やかな被毛を持った黒猫。愛想があるわけでもなければ親身になって話を聞いてくれたわけでもない。ただ淡々と春奈の話を聞き、必ず探すと言ってくれた。

 指輪さえ見つけられたら何もかもが上手くいくなんて思っていない。でも、何かが変わるような気がするのだ。ずっと引っかかっている後悔が、晴れるかもしれない。部屋から出ていった彼を見送ってから正気に戻り、必死に探したのに見つからなかった。もう、自分の手に戻る事は無いのだと諦めていた気持ちにわずかに光が見えた気がした。

「見つかると良いんだけど」

 飾り気のない手を撫でながら呟いた春奈の声は、風にかき消されてしまった。



 春奈が探しもの屋を訪れてから一週間がたったが、指輪が見つかったという連絡はない。それどころか、探しもの屋は春奈の連絡先すら聞いてこなかったことにやっと気が付いた。何年も前に窓から捨てられた指輪なんて、見つかるはずがないと思われたのだろう。『必ず探す』なんてその場限りのごまかしだったのか。最後の光を摘み取られた春奈は、噂なんてそんなものだと必死に自分に言い聞かせる。諦めるのは、得意だった。


 

 朝から霧雨が振る天気の悪い平日、化粧カウンターには一人の客もおらず、春奈は後輩たちに少し早めの休憩に入らせ一人でカウンターの整理をすることにした。引出しを開けてこれから入ってくる期間限定の商品サンプルを取りだし、ターゲットとなる客層の目を引くようなディスプレイを考えたいのに、頭に浮かぶのは失ってしまったもののことばかり。見ないようにと思っているのに、つい何もない薬指に目が行ってしまうのは、いつになったらなれるのだろうか。

 ふ、と目の前に細長い影が現れる。客かと思って慌てて笑顔を作って顔をあげれば、そこには黄金色の瞳をもった真っ黒な猫。お行儀よく尻尾を身体に巻き付けるようにして座り、真直ぐに春奈を見ていた。

「……」

―ンニャァ

 真っ赤な口を開けて小さな声で鳴いた黒猫に、背中に冷たい物が立ち上ったのを感じた。黄金色の瞳は、春奈が動くことを許さないとでも言うように強い光を放っている。


「ルナ、春奈さんが困っていますよ」

 穏やかな声に包まれた瞬間、春奈の身体は強張りを解いた。温度を取り戻した頭はゆっくりと声の主を思い出す。

「探しもの屋、さん?」

「はい。進捗の報告をと思って伺ったのですが、ルナが大変な失礼をして、申し訳ないです」

 悪いと思っているのかどうなのか、薫は柔らかい笑顔でルナを抱き上げた。

「ここは、動物は……」

 カラカラに乾いた口から出た言葉は当然の事なのに、薫は心底不思議そうな顔をした。

「どうしてなんですか?」

「……」

 病気の可能性もあるし、猫がじゃれて商品を落とす事だってあるだろうし、アレルギーを持っている人にとって猫は脅威だ。そんな当然の理由が、どうしてか春奈の口からは出てこなかった。

「冗談です。ほら、ルナ。ここに入って」

 にっこりと笑い、デニム地のキャリーバックの上蓋を開けてルナを呼び寄せる。呼ばれたルナも素直にキャリーに入っていった。

「これなら、いいのですよね?」

 動物を連れてきたお客様は見たことがないが、別フロアにはペットコーナーもある。キャリーに入っていればいいのだろうと、ぼんやりとした頭で考えながら春奈はゆっくりと頷いた。

「あの、進捗って…」

「ええ、彼があなたを想った心。あなたが残した後悔。いくつか候補が見つかったので、春奈さんに確認していただきたいと思いまして」

「候補?」

「はい。候補です」

 春奈は今も同じマンションに住んでいるが、窓から放り投げたような指輪は一つだけだ。他の住人も投げていたのだろうか。「候補」の意味を考え込む春奈に、薫は柔らかく笑う。

「仕事が終わったら、駅のロータリーに来てください」



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