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探しもの見つけます  作者: 麗華
第1章 友情の証
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とける心

「ねぇ、薫さん?」

 呼びかけても返事のない薫に焦れて振り向くと、店員らしき女性が立っていた。彼女は、声を出すことも出来ないと言った有様でその顔には恐怖すらも滲んでいる。

 陽菜が立っていたのは、レジカウンターの中。金銭を置いてあるところに常連でも何でもない女子高生が立っていれば泥棒に間違えられたとしても仕方がないだろう。警察を呼ばれてはたまらないと、陽菜は慌ててまくしたてた。

「あの、これ。このヘアクリップを見たくて、つい。これ、売ってもらうことは出来ないですか?」

「……」

 店員の顔はどんどん蒼白になっていく。

「あの、違います。私、何も……」

―ニャァン

 今にも泣き出しそうな陽菜の耳に、甘ったれたような猫の声が届く。気が付けば、レジカウンターにはルナが座っていた。

「ルナ? 薫さん、ルナを出しちゃったの?」

 泥棒疑惑の上、猫を店内に放すだなんてどう考えても正気ではない。どうしたらいいのか。パニックになっている陽菜の耳に、小さく擦れた震える声が聞こえる。

「陽菜? 陽菜、よね? 」

「え? はい、そうですけど」

 自分の事を知っているのだろうか、どこであっただろうと改めて陽菜は店員を見つめる。30代だろう女性の顔は確かにどこかで見た事があるが、どうも思い出せない。でも、震えているその声もどこかで聞いたことがある。

「ええと……」

「陽菜さん。彼女の顔をよく見て」

 緊迫した空気を柔らかくするような少し低い薫の声が響き、陽菜の頭は少し落ち着きを取り戻していく。改めて店員の顔を見るうちに、陽菜の顔色が変わった。

「絵美に、似ている?」

「そう。彼女は絵美さんです。ただ、陽菜さんと違ってもうすっかり大人の女性ですけれど」

「大人の、女性」

 陽菜は、薫の言葉の意味が分からない。否、頭が薫の言葉を拒否して受け入れようとしないのだ。それがなぜなのか。それすら理解することなく陽菜の身体は必死にその場から逃げようとしている。逃げたいのにどうしてか身体はピクリとも動かない。

 黄金色の瞳が、陽菜の身体を縛り付けるように見つめている。

「逃げられませんよ、もう」

 低い声が静かに陽菜を縛り付ける。逃げられない? 何から? どこから?

 何もわからないまま陽菜は黙って大人になった絵美を見つめる。


 闇 叫び声 自分に向けられた強い光

 陽菜の頭の中にハッキリとした映像が浮かび上がった。

「あの日……」

 

 桔梗のヘアクリップを壊して捨てた日。陽菜は最悪の気分のままで友達と街に出かけた。駅ビルでプリクラを取って、カラオケに行って、タコ焼きを食べて。楽しいはずの友達との放課後なのに、何一つ楽しいと思えなかったし、大好きなたこ焼きすら美味しいと思えなかった。それでも笑っていたのは、意地になっていたからなのだろう。

 絵美なんていなくても楽しいんだって、必死に自分に言い聞かせながら笑ってはしゃいで、気がついたら外はもう真っ暗だった。友達と別れて一人で電車に乗って、最寄り駅からはバスで10分程度。バスを待つ人の中に高校生のカップルがいた。仲がよさそうで、楽しそうで。ただそれだけだったのに陽菜はバスに乗るのが嫌になり家まで20分近くを歩くことにしたのだ。

 暗いとはいえ、まだ20時よりは少し前。陽菜の家はバス通りに面したマンションなので人通りが少なく心細いと言ったことは無い。ふさぎがちな時にはよく歩いて帰っていたので、特に不安もなかった。街灯を見守るように夜空に浮かぶ満月が綺麗で、桔梗のヘアクリップが頭を離れてくれない。

 少し歩くと、夜になって始まった道路工事の音がお腹に響く。一瞬戸惑ったが警備員がこっちを見て旗を振っているから、通っていいという事なんだろう。コーンで仕切られた細い歩道に足を踏み入れた瞬間、身体が浮いた。

 闇と、光と、誰かの叫び声。


「私、死んだんだ」

 自分でも驚くほどの静かな声が出た。なんとなく想い出せたのは、自分の身体から出る生ぬるい赤を眺めながら、身体が冷えていくのを感じていた時間。痛みはなかったが、絵美と一緒にヘアクリップを買った露店が頭に浮かんで、後悔した。

 これから自分はいなくなる。それならばせめて、絵美に逢いたいと思いたかった。今の自分では絵美に逢いたいとすらも思えない。最後なのに、逢いたいと思える人がいない。それがすごく、寂しかった。


「絵美、直してくれたんだね」

 静かな声に、大人になった絵美がビクリと肩を震わせる。

「ごめん、ごめんなさい。私が約束を破ったのに、意地になって……。ごめんなさい」

 嗚咽交じりの声に、絵美がどれだけ苦しんできたのか痛いほどに伝わる。

 こんなに苦しむような事をしたのだろうか。薫が言うように、ただ初めての彼氏に浮かれただけ。良くある話だ。陽菜だって、笑ってあげればよかったのだ。互いを思って選んだヘアクリップを、壊す必要なんてなかった。


 絵美の涙は怒りと寂しさを溶かし、ゆるい温もりを広げてくれる。

 あれだけ自分の中に広がっていた黒く重たい気持ちがゆるゆると溶けていく。今は、寂しくない。今は、悲しくない。


「これ、私のために直してくれたのよね?」

 声を出せずに頷く絵美に、陽菜が穏やかに笑う。ありがとう、の形に唇が動き壁を飾っていたヘアクリップが陽菜の髪を飾る。

「似合う?」

 あの日と同じ笑顔で、同じ言葉を絵美に向けた。

「うん。すごく似合う。ちょっと大人っぽく見えるよ」

 頬を濡らした絵美も、あの日と同じ言葉を返してくれる。

「ありがとう、絵美。大好きよ」

 満足げに笑った陽菜の足元にルナが寄り添う。陽菜は当然のようにルナを抱き上げ、空気に溶けていった。桔梗のヘアクリップが床に落ちた音が店内に響き、絵美の身体が大きく震える。


 一瞬だったのか長い時間だったのか、絵美が気が付いた時にはルナは涼しい顔で薫の腕に収まっており、薫は楽しそうに一つ一つのアクセサリーを手に取って見ていた。

「陽菜は?」

「もう、いません」

「探しもの屋って、本当だったんですね」

 答えることなくただ穏やかに笑う薫に、絵美はだまって桔梗のヘアクリップを手渡した。

「確かに、受け取りました。またのご利用を」

 にっこりと笑った薫。背を向けられた瞬間、どうしてか絵美は薫の顔を思い出す事が出来なくなっていた。



 2カ月前。陽菜の母が桔梗のヘアクリップの修理に絵美の店を訪れたのは偶然だった。10年前に会ったのが最後だというのに、陽菜の母は一目で絵美に気づいてくれた。

「このクリップね、よく落ちるの。部屋の中だし空調も強いわけじゃないのに、よく床に落ちているの」

 一人娘を失った母の10年はどれだけ長かったのだろう。キャリアウーマンとして働き輝いていた陽菜の母が、今は身なりを構うこともない。一度は仕事も辞めていたが、今は生活の為に食品工場の事務員として働いているという。

「頭が可笑しいと思うかもしれないけどね、まだ部屋から陽菜の気配が消えないのよ」

 憔悴しきった溜息は、絵美の胸を締め付ける。絵美もまた10年苦しんできたのだ。絵美は、陽菜の母に後悔を伝えた。自分が約束を守っていれば陽菜は絵美に腹を立てる事もなく、あの日も真直ぐに帰ったのではないかと。

 絵美の謝罪を黙って聞いていた陽菜の母は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「高校生だったんだから、良くある喧嘩でしょう? 大人になったって彼氏を優先させる女の子なんてたくさんいるわ。たった一回、それも二人っきりでの約束でもなかったのに、許せなかった陽菜の心が狭かったのよ」

 気にすることなんて何もないのだと、絵美の背中を優しく叩く。

「あなたの所に、行きたいのかもしれないわね」

 陽菜の母はヘアクリップを絵美に預け、いまだに取りに来ていない。



 10年前に何度か訪れたことのあるマンション。玄関にあるウェルカムボードは陽菜と母が2人で選んだものだと聞いた。10年の時を封じ込めているような部屋に、絵美は静かに足を踏み入れた。

「わざわざごめんなさいね」

 すでに化粧を落とした陽菜の母が疲れた顔のままでお茶を出す。お茶菓子にと出されたのは生クリームのたっぷり乗ったショートケーキ。陽菜の好物だったものだ。

「いえ、こちらこそ。突然すみません」

 ヘアクリップを探しもの屋に渡したことを、絵美は後悔してない。でも、それを持ち主である陽菜の母にどういったら良いのかと、答えの出ないままここまで来てしまった。

「あのヘアクリップ、お返しできません。代わりに、これを」

 理由を告げずに勢いよく差し出したのは、桔梗を描いたトンボ玉のかんざし。今の仕事を始めるときに作った、絵美渾身の作品だった。

 しばらく黙って見つめていた陽菜の母は、静かにそれを手に取り壁に飾る。

「これなら、もう落ちないかしらねぇ」

 満足そうな静かな声は、何も知らないようで全てを知ってるようで。絵美はそれ以上言葉をつづけることは出来なかった。



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