望みは、叶わない
―どうしたら、愛花と会わずに済む?不自然でないように、誰にも悟られないように―
一番簡単なのは、今まで通り平日に帰省すること。
実家までは片道でも3時間以上はかかる。普段なら泊まりだが、康介と一緒に帰って泊まれるほどに広い実家ではない。日帰りなら日中の数時間しかいることは無い。
愛花は土日祝日休みの仕事をしており、実家からは電車で2時間以上離れた別の地方都市に住んでいる。
なにも結婚するわけでもない。
ただ姉が付き合っている彼氏を見るためだけに、平日に実家に顔を出すなんてことは無いだろう。
この案は、康介にあっさりと却下された。
「こちらがご挨拶に行くのに、優花のお父さんが仕事の日は、ダメだろう?」
そう。父は銀行員なので土日祝日が休み。平日の日中は母しかいないのだ。定時で帰宅する父を待って挨拶し、夕食を済ませて早々に帰宅、というのは確かに憚られる。
それでも平日に帰りたいという気持ちを、康介に察してほしいと思ったのはただの我儘なのだろう。
「じゃぁ、来月の17日、日曜日で休み希望だしておくね。康介は、大丈夫なの?」
「来月はイベントないし、大丈夫。じゃあ17日で。俺の実家は、火曜日休みだから、5日とかどうかな? 休み取れそう?」
「うん、大丈夫」
康介の家に行くのは、正直いつでもよかった。来月は大きなセールも無ければ近隣店の開店、閉店もないのでスタッフを貸し出すこともない。たとえ日曜であっても、休みをとることは問題ないのだ。
悩むのは、手土産のお菓子をどうするか、何を着ていくか程度。もし、気に入られないのなら、それでもいい。愛花以外の理由で、この関係がダメになるのならそれもいいかもしれない。
「初めまして。優花と言います」
康介の実家は、都心から少し離れた場所にある大きな一軒家だ。母親の趣味なのか、庭には色とりどりの花が咲いており、室内には大きな猫がいた。
優花を見る目はとても穏やかで、康介が両親に愛されていたのが伝わってくる。
「まぁ、今は籍を入れてからって時代でもないものねぇ。康介を、よろしくお願いしますね」
ニコニコと笑う両親は、息子を育て終えた今自分たちの人生を楽しんでいる。
二人共通の趣味である旅行にカラオケ、食べ歩きなど楽しい話をたくさん聞いて、夕食までご馳走になって帰ってきた。
残るは優花の実家への挨拶のみ。優花の頭の中は、どうやって愛花を遠ざけるかでいっぱいになっていた。
「この時間の新幹線で、良かったの?」
新幹線の車内で駅弁を頬張りながら康介不満そうだ。康介に提案されたのは、「朝一の新幹線に乗って、お昼前には実家に行って挨拶を」だった。そんな時間に設定したら、愛花も来てしまうかもしれない。
そう思った優花は、前日に遅番勤務を入れたうえに新人研修の資料作りがあるから早起きは厳しいと訴えて何とか昼前の新幹線で納得してもらったのだ。
「いいの。私は仕事優先なのをうちの親は知っているから」
初めての挨拶なのに、と渋る康介には悪いがここは譲れない。
それなのに……。
「お姉ちゃん! 久しぶり!」
玄関を開けた途端に、可愛らしい高い声が響く。優花は自分の顔が一気に強張るのを感じた。
「愛花、どうして?」
「お姉ちゃんが久しぶりに帰ってくる上に彼氏を連れてくるなんて言うから、有休とっちゃった!」
愛花の後ろから、母がニコニコしながら出迎えに来た。愛花のご要望には何でも答えてあげる母に、口を閉ざす私。。昔から何度となく繰り返された絶望の瞬間。
ああ、愛花には言わないでってお願いしたのに。どうして伝わらないんだろう。
「そう……。お母さん、こちら康介さん。今お付き合いしていて、」
「初めまして。優花の母です。さぁ、先ずは上がってちょうだい。ちゃんとした紹介は、家の中でお父さんも一緒に聞かせて欲しいわ」
―私のお願いは無かったことにしたのに、自分の主張はしっかりするのねー
優花の胸にずっしりと重しがかかった。それでも、今日は康介と一緒に来ているのだ。彼を困らせるわけにはいかない。必死で気持ちを立て直して表情を作って家の中に入った。
―もう、昔とは違う―
必死に自分に言い聞かせて、康介と一緒にリビングのローテーブルの前に座った。
「初めまして、優花さんとお付き合いをさせていただいています」
そこからの記憶は、ハッキリしない。頷く両親の姿があった気がするので一緒に暮らすことに反対はされなかったのだろう。
嬉しそうな愛花と慈しむような康介の表情に、胸の奥が落ち着かない。
「優花、大丈夫?」
実家を出て大きく溜息をついた優花に、康介が心配そうな瞳を見せた。
大丈夫ではない。ずっと強張っていた身体はギシギシと音がなりそうだし、愛花の高い声に頭が痛い。でも、どう説明しても、康介に分かってもらうことはできないだろう。
「平気。でも、日帰りだからちょっと疲れているのかな?」
康介の母のように柔らかに笑っていたいと思うのに、自分でもひきつった笑顔になっているのが分かる。