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探しもの見つけます  作者: 麗華
第1章 友情の証
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おあずかり


「ルナは、陽菜さんを随分気に入ったんですね。申し訳ないのですが、私はこれから『探しもの』に行きます。猫を連れて行くのはちょっと難しい場所なので、今夜一晩、陽菜さんの家でルナを預かっていただけませんか?」

「え?」

 薫の申し出に陽菜は驚き、無理だと首を振った。

「うちはペット禁止だし、猫を飼ったこともないので、お世話の仕方なんてわかりません。うちには猫のトイレとかご飯とか何もないですし親も動物の事なんて何もわからない」

 必死に訴える陽菜に、薫は全く取り合う気配はない。

「大丈夫、ルナは人間用のトイレでも充分だし、ご飯は用意してきています。静かな猫ですから、陽菜さんの部屋に置いていただければ誰かに見つかる心配もありません」

 立て板に水、とはこういう事かと思うぐらいにスラスラと言葉を紡ぐ薫に、反論する余裕もなく差し出された紙袋を黙って受け取ってしまった。陽菜の腕に残されたルナは、主人が居なくなったというのに呑気にゴロゴロと喉を鳴らしている。

「電車に、乗るんだけどなぁ」

 幸い、今日は体育があったのでジャージを入れたスポーツバックもある。教科書がぎっしりと入ったバックにさらにジャージを押し込み、スポーツバックにルナを入れれば、素直にそこで丸まった。

「猫って警戒心が強いんじゃなかったの?」

 薫の言葉通り『静かな猫』は、電車を降りて部屋でバックを開けるまで一声も出さず、暴れる事もなかった。

「ごめんね、狭かったでしょう?」

 具合が悪くなってしまったのではないかと思いながら急いでバックを開けた陽菜を尻目にピョコンと飛び出て部屋をウロウロと歩き回るルナ。静かな猫でも、好奇心はあるのだろう。逃げ出す気配もないルナには好きにさせて、陽菜は堅苦しい制服から部屋着に着替えた。

「誰もいないから、リビングも好きにしていいよ」

 開け放されたままの部屋のドアからリビングを覗き込んで、陽菜を振り返るルナに声をかける。猫に伝わるのかとも思ったが、ルナなら全てわかるだろうという気がする。

 変わった店の、変わった猫。ルナは陽菜の言葉を聞くと同時にリビングに飛び出し、ソファーからテーブル、テレビ台の後ろまでを探索し始めた。

「探検はいいけど、コード抜いたり物を落としたりしないでね」

 薫から受け取った紙袋に入っていた食器に水を汲み、小さなタッパにいれられていたササミと並べてローテーブルの下に置いた。ご飯だよ、なんて声をかけてもルナは見向きもしない。

「うち、基本10時くらいまで誰も居ないから」

 陽菜の言葉に耳だけを動かしながら、ルナはソファーの背に器用に座り、壁に掛けられた写真を見ている。そこには、まだ幼い陽菜と両親が笑っていた。

「それ、うちの親」

 見る? と言いながらルナを抱き上げて写真に近づけてやる。

「仕事が忙しくって、なかなか早く帰れないんだけどさ。おかげで私は自由気ままにさせてもらっているの。猫みたいに」

 事実、陽菜は両親にとって猫のようなものだと思っている。食事、というよりも食材は基本的に冷蔵庫に入っている、レシートさえ入れておけばある程度は使っても許される財布もあるし、カード払いの登録をしてある宅配業者を使う事もできるので、食事や文房具を買うのに困ったことは無い。自分で用意して、自分で片付けて、学校に行って、帰ってくる。もちろん支払いは親だし、必要書類があればテーブルに置いておけば朝までには記入もしてくれる。

 きめ細やかに世話を焼く必要もないし、学校から親に電話が行くようなこともない。親の気が向いた時には一緒に食事に行ったり買い物に行ったりと、割と仲の良い親子でもある。金銭面では比べ物にならないだろうが、出かける時に誰かに預けなければいけない猫よりも陽菜の方がずっと手がかからないだろう。

 ソファーの背もたれに収まったルナと頭を並べて、テーブルに置かれた雑誌に目を向けた。表紙には陽菜の好きな女優が幸せそうに笑っている。母親ほどの年齢だが、優しそうな笑顔が印象的で陽菜はずっと、憧れている。

「こんな風に、なれたらいいなって思っているんだ。動じることの無い強さとか、芯とか、すごく欲しいんだ」

 ポツリ、と呟いたのは相手が猫の気安さだろう。同意を得る事もないが、引かれる事も無い。独り言とも違う。言葉になって自由を得た思いが、ゆっくりと胸の中に広がっていくのを感じながら柔らかい被毛に頬を摺り寄せる。黄金色の瞳が興味深げに自分を撫でる細い指を見つめていた。




「ただいまぁ」

 部屋に小さな声が届いたのは11時よりも少し前。明かりの消えた陽菜の部屋を一瞬のぞいた母は、すぐに扉を閉めてリビングへと向かった。 

「おやすみ、なさい」

 聞こえるはずの無い陽菜の声が、闇に消えていく。



 陽菜が目を覚ましたのは、もう昼に近い時間だった。お腹が空いたから早く起きろとでも言うように大きな声で鳴くルナに、静かにするように必死で頼み込む。

「お母さんにうるさいって言われたら、夕方まで家にいられないよ? ずっとバックの中は嫌でしょう?」

 脅しも含んだ陽菜の言葉を気にすることもなく鳴き続けるルナ。薫から預かったキャットフードを食器にいれれば途端に静かになってポリポリと音をさせて食べ始めた。

「まぁ、猫だもんねぇ」

 溜息をつきながらキッチンに行ってルナの為の水をくむと、すでに化粧を済ませた母が部屋から出てきた。

「お母さん、どこか行くの?」

「行ってきます」

「うん」

 会話にならない言葉を交わし、バタバタと玄関から出ていった母。以前は毎日会話もあったが、ここ数年はまともな会話をしていないような気がする。母がこの家から逃げ出したそうにしている気がするのは、どうしてなんだろう。


 鍵をかけられた玄関から目をそらし、リビングを自由に歩き回るルナに声をかける。

「ルナ、水置くね」

 ンニャァ。言葉が分かっているのだろうルナは、自分に都合のいいときは必ず返事をする。返事をしないのは、いうことを聞く気がない時。さすが猫だな、なんて呟きながらもルナに逆らう気にはならない。

「薫さんは、どこに行ったんだろうね」

 約束したのは『今夜一晩』それならもう帰っているのかもしれない。帰っているのなら早めにルナを引き渡してあげた方が親切だろう。陽菜は携帯電話を取り出してから、ようやく自分の連絡先一覧に薫の携帯番号どころかお店の電話番号すら登録されていない事に気が付いた。もちろん、薫も陽菜の電話番号なんて知るわけがない。

「連絡先ぐらい、聞いておくものでしょう……」

 何も聞かずに猫を預かった自分ももちろんだが、客、それも随分と馬鹿げた依頼をしてのけた女子高生に大事な猫を預けて、連絡先すら聞かなかった薫に無性に腹がたった。

 『探しもの屋』をネットで検索しても、出てくるのは『整理整頓術』や『心理学』ばかりだ。

「とりあえず、一昨日と同じぐらいの時間にお店に行ってみようか」

 溜息をつきながらルナに話しかけると、黄金色の瞳が満足そうに細められる。


 一昨日店を訪れた時には2時間以上もかかったが、今日は乗り換えで悩むこともなく降りる駅を間違えることもない。駅を出てから商店街に向かう道も、商店街の外れにある『探しもの屋』の小さな看板を見落とす事もなく、家を出てから1時間半程度で到着した。が、扉には鍵がかかっておりうっすらと見える店内は暗く人の気配はない。

「どうしようか?」

 昨日と同様にスポーツバックに収まっているルナに話しかけるが、当然返事は無い。

この商店街には猫と一緒に時間をつぶせるような場所なんてない。せいぜい商店街のあちこちに設置されているベンチに座るぐらいだが、ベンチは部活帰りの中学生やら、夕食の買い出しに来てそのまま話し込んでしまった主婦が占領している。

 居場所のない陽菜はそのまま『探しもの屋』の前に座り込んだ。スポーツバックを開けてもルナは出てくる気配もなく、敷かれたフリースに潜り込んで眠っている。

「君は、不安とかないんだね」

 見知らぬ人に預けられ、真っ暗なバックに入れて連れ歩かれ、さらに自分のいる場所には鍵をかけられて入れないというのに平気で眠るルナに、陽菜が呆れたように溜息を洩らした。ルナは一瞬黄金色の瞳を開けるがすぐにまた瞳を閉じて丸くなる。

「その信頼は、誰になんだろうね」

 薫が自分を預けた相手なのだから心配をしていないのか、陽菜のことを信じているのか、はたまた自分を傷つけたりする相手などいるわけがないという絶対の自信か。

「羨ましいね、本当に」

 小さな声は、ルナに届くことなく風に乗る。




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