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探しもの見つけます  作者: 麗華
第6章 恋を知らない自分
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終わりへの道


 美菜は、今の自分が惨めなことも、不幸なこともわかっている。

 訴えた所で幸せにはなれない。

 久しぶりの恋は最悪の形で終わりを告げた。


 もう終わったのだ。

 これ以上何も求める物なんてない。



「毎日、同じ時間に起きて会社に行って、同じような仕事をして、同僚たちとくだらない話をする。そんな毎日が戻ってきた。いいえ、ずっと同じような毎日だったのに、彼といた時だけが、ちょっと色がついていたのね」


「恋は、人生に彩を与えると言いますからね」


「毎日同じように過ごしても、何をしていても、ふとした瞬間に思い出すの。ダイニングバーを出る瞬間の彼の表情。電話口で正当な権利として私に謝罪を要求した彼の妻の声。詐欺で訴えるなんて言ってしまった、私の惨めな姿」


「忘れるには、時間がかかるかもしれませんねぇ」


「そうね。でも、それも出来なかった。彼は毎日連絡をくれたから。付き合っていたと信じていた時期よりもずっと、毎日連絡をくれたわ。会いたい。話がしたいってね。そう言われた私が、どう思うかなんて考えもしなかったのね」


 困ったように笑う美菜の瞳は揺れていた。拓海への怒りがどれだけ大きくても、好きだと思う気持ちはそう簡単に消えるものではないのだろう。


 美菜は、まだ拓海を忘れていない。

 それでももう二度と、拓海に愛されることはないのを知っている。


 拓海は、何もかもを壊した身の程しらずの美菜を憎んでいるのだろう。


 本当は訴える気なんてない、黙って身を引くと言えば、拓海はいつものように笑うのだろうか。

 笑って、妻と子供の元へ戻るのだろうか。

 美菜とのことは、全て忘れてしまうのだろうか。


 愛されないのなら、忘れられるよりも憎まれたい。

 そんな風に思うようになった美菜は、もうどこかおかしかったのかもしれない。


 毎日のようにくる拓海からの連絡は当然、妻も知っているのだろう。

 拓海の妻は、愛されてもいないのに抱かれていた惨めな女を、どんな気持ちで見ているのだろう。

 

 たまらなく惨めで情けなくて、憎かった。

 愛してくれなかった拓海も、拓海に守られている妻も憎い。

 拓海も妻も、守るものがあって未来だってある。

 誰かを憎まなくても、充分に生きていける。


 惨めで情けない美菜は、憎むことしかできないのだ。


 憎しみは、ぶつけなければどんどん大きくなる。もう、ぶつけて無くしてしまいたかった。どんなに惨めな思いをしてもいい。惨めでも情けなくてもいいから、何ひとつ手放すことのない拓海の妻に憎しみをぶつけたい。


―わかりました。奥様も一緒なのであれば、お会いしましょう―

 

 どうしてそんなことを思いついたのか、美菜にもわからない。


―わかった―


 翌日届いた拓海からの短い返事を見て、美菜は深く深く溜息をついた。

 

 憎みきるのか、忘れるのか。

 どちらが美菜の心を落ち着かせるのか、今はまだわからない。






「好きだったのですね。本当に」


 静かに響いた薫の声が探しもの屋に響いた。淡々と語っていたように見えた美菜は、いつの間にか静かに泣いていた。


「好き、でした。彼が私を見てくれるのなら、それでよかった。会えるなら、それでいい。結婚なんて、しなくてもいい。彼が私だけのものじゃなくてもって……」


「知っていたのですね。やはり」


「知っていた、とは違います。なんとなく、彼は他に女性がいるのではないかと不安でした。でも、それは彼が好きだから、根拠のない独占欲のものじゃないかって、必死に自分に言い聞かせていました。気づかないように、していました」


 カウンターに置かれた小さな手がせわしなく動く。何度も何度も、まるで何かを隠すように組み替えられていく。





「久しぶり」


 いつもと同じように会社帰り、お互いの会社の中間地点で拓海と待ち合わせた。

 ただし、今日はいつものような笑顔もなく、二人きりでもなかった。


「久しぶり。こちら、奥様でしょうか? 初めまして。美菜と言います」


「初めまして。洋子と言います。主人が大変お世話になったようで……」


 拓海の妻は、疲れ切った表情をしていた。元々痩せているのか、美菜を憎んで痩せたのかわからないが、折れそうな手足で頼りなさげにたたずんでいた。それでも、その瞳は美菜を真直ぐに睨んでいる。

 憎くて憎くて仕方がない。コロシテヤリタイ。

 美菜の頭には、声にならない声が響いてきている。


「お話は、どこで? 」


 3人とも食事をする雰囲気ではないが、若者でにぎわうcaféなどで話せる話でもない。多少大きな声になっても気にならない程度の場所。拓海が何か考えてくれるだろうと、招かれた美菜はあえて何も提案はしなかった。


「あ、ああ。この先に個室の居酒屋があるんだ。そこで、良いかな」


 拓海とはこの駅で何度も会っている。拓海の言う居酒屋も、何度も行った事がある場所だ。二人で楽しい思い出を作った場所で、そんな話したくはなかった。


「私はいいですけど、個室といっても薄い板一枚の壁ですからお話は隣に筒抜けですよ?」


「……」


「私達は問題ありません。美菜さんは、お困りになりますか?」


 黙ってしまった拓海に、洋子が苛立ちを隠さずに割って入った。まるで、自分たちは恥じることが無いが、美菜は違うとでも言いたげだ。


「いいえ。私も大丈夫です。では、そこで」


 美菜だって、何も恥じることなどない。先に立って歩き始めた拓海の後を、洋子と美菜の二人でついて歩く。

 繁華街に似つかわしくない、表情の硬い妙な3人組。


 屈辱と不安でいっぱいになりながらも、冷静な美菜もいる。まるで高い位置から自分達3人を見下ろしているような、妙な感覚だった。



 一番奥の部屋を予約していたようで、隣の部屋には人の気配はない。部屋に入ってすぐに、とりあえずとビールとオレンジジュース、いくつかのつまみを注文し、それがそろってから話を始めようと言い出した拓海に、洋子は呆れかえっている。


「こんな時に、食事をしてお酒を飲むの?」


「部屋に入って、何も注文しないわけにはいかないだろう?」


 拓海の言い分ももっともだが、美菜には洋子の気持ちもよく分かった。何も食べたくない。食べ物の匂いすら、嗅ぎたくない。

 美菜もつい最近までそんな状態だったのだから。




 誰も、何もしゃべらない。息をするのも苦しいような時間が、永遠に続くのではないかと思われる。耐えきれずに口火を切ったのは、美菜だった。


「お話というのは?」



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