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探しもの見つけます  作者: 麗華
第6章 恋を知らない自分
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始まり

 拓海が「女性慣れしていない」ことは出会ってすぐにわかった。女性好みのお店も知らなければ、毎日のLINEのやり取りも一生懸命に話題を探しているのが分かる。そんな拓海が、美菜には好ましい。彼が一生懸命に探してくれた話題を広げて夜遅くまでやり取りをするのが楽しかった。

 好きな食べ物、見ているドラマ、学生時代からの友人に会社の同僚、よく行く本屋。拓海の生活すべてを把握したのではないかと思うほどに、毎日毎日メッセージのやり取りをした。これでは会った時には何も話す事がなくなってしまうのではと心配になるほどだ。


 そんなにやり取りをしているのに、二人で待ち合わせてのデートは婚活パーティーから2週間後。仕事の休みが合わずに、お互いの残業が無い日を選んでの短時間デートで妥協した。会社の中間地点を取ったので、二人ともよく知らない場所での初デート。店選びが苦手だという拓海の為に、美菜はネットで探した雰囲気のいい居酒屋を予約した。


「俺は好き嫌いないから、美菜ちゃんの好きなもの頼んでよ」


「私も食べられない物はないよ。一緒に選ぼうよ」

 

 渡されたメニューを二人でも見やすいようにと広げて、各ページから1品ずつ選んでいくが、言葉の通り拓海は自分から主張をすることなかった。美菜が選んだものは素直に『それにしよう』と言ってくれ、迷った時には2品とも注文する。テーブルには美菜の好物ばかりが並び、テンションが上がる。


 やはり実際に会って話すのはメッセージのやり取りとは全然違う。緊張からか最初は一つ一つ言葉を選んでしまい、会話は盛り上がるとは言えないものだった。それでも、仲良くなりたいという気持ちでアルコールを進めるうちに、仕事のこと、友人のことなど少しずつ会話が弾むようになっていった。


「実は、友達も婚活しているんだ。気まずいから同じパーティーにはいかないようにしているんだけど、お互いに今回はどうだった、なんて話をしていてさぁ。今日は友達からかなり羨ましがられたんだぁ」


 婚活の状況を友人に報告していると言うのは美菜にとって楽しいものではなかったが、上機嫌で話す拓海の様子から嬉しさが伝わってくる。男友達というのはそういうものなのかもしれない。元夫も、早く結婚したことで、友人達に先輩面していたのを思い出した。


「そうなんだ、仲がいいんだね」


 せっかく会っているのに、拓海に嫌な思いをさせたくない。引っかかるものはあるが、美菜は飲み込み笑顔を作った。


 その日は2時間ほど飲んで解散をしたが、何日も続けたメッセージのやり取りよりもずっと濃い時間を過ごせた。電車の窓に映る美菜は、自分でも笑ってしまうくらいに幸せそうにしている。


―女性慣れしていなそうだし、大丈夫。大丈夫。まだ30代、まだ彼に選んでもらえる。―


 婚活を始めてからずっと、自分に言い聞かせている言葉。『まだ、大丈夫。次はちゃんと、幸せになる』美菜は頭の中で何度も何度も同じ言葉を繰り返した。


 たった一度のデートだが、拓海とのメッセージのやり取りは更に盛り上がっていった。日中はお互い仕事で連絡がとれないため、仕事から帰宅した時間からはラリーが続く。お互い自宅で作った夕食の写真を送りあったり、同じテレビを見ながら次のデートで行きたい場所や食べたい物をリクエストしたりすることもあった。



「もう、美菜婚活やめなよ。俺と、ちゃんと付き合ってほしい」


 2度目のデートで、拓海に告白された。勢いが必要だったのかお酒がはいって赤くなった瞳が、なおさら愛おしい。美菜は天にも昇る気持ちで、そっと拓海の手に触れた。幸せが壊れないようにとそっと触れた手は、緊張のせいかひどく冷たかった。

 



 付き合い始めても、拓海とは仕事の休みが合わず、一日ゆっくりできるようなデートはしたことがない。それでも、そんなこと気にならないぐらいに美菜は幸せだった。


「だから、いつも仕事の後、お互いの会社の中間地点で会っていました。仕事を早くに片付けて、食事をしてお酒を飲んで、時にはホテルにいって、終電ギリギリに電車に乗り込む。そんなデートでも楽しい、会えて嬉しいと思っていました。別に、デートに不満があったわけでも休みが合わないことが嫌だったわけでもありません。ただ……」


「何か、不安はあったのですね?」


 興味深げに光る黄金色の瞳と、全てを遮断しようとするかのようにうつむいた黒い瞳は交わることはなかった。


「彼の目が、私を見ていない気がしていました。どうしてそんな風に思ったのか、自分でもわからないんですけど、この人は私を見ていないんじゃないかって、思うようになったんです」


「そうですか」




 拓海と付き合い始めて3カ月が過ぎても、一向に休みが合いそうな気配はない。仕事が繁忙期なので土日に休むことは難しいという拓海の言葉を、素直に信じていた。

 そんな時、会社から有給休暇を取得するようにと通知が来た。土日はしっかり休めているし、取り立てて用事もない。身体を休めるためにと年に何日かは使っていたが、急な有事に備えて少しずつ残していたのが繰り越され、繰り越し分だけでついに30日を超えた。30日以上は繰越ができず消化されてしまうので、今年度中に10日程度は取得するようにとのことだ。今年度は、後3カ月。このタイミングで休みを促されるのは美菜にとってはラッキーだった。


 その夜、普段はめったにかけない電話を掛けた。


「ねぇ、次の休みはいつ?」


「急にどうしたの? ええと、いつだったかなぁ」


「会社から有休を取るように言われているの。今は仕事も落ち着いているから一週間前の申請でも大丈夫なのよ。せっかくだからちょっと遠出しない?」


「ああ、いいよ。次の休み、来週の火曜日だ。大丈夫?」


「うん、平気。どこか行きたいところある?」


「いや、別に……。でも、ちょっと忙しいからあんまり遠いと疲れちゃうかな?すこしゆっくりできるところがいいな」


「わかった、ゆっくりできそうなところ探しておくね」

 

 細かい事はまた後で決めようと電話を終えて、いつか行きたいと思って二人で買ったガイドブックを広げてどこに行こうか、何をしようかと思いを巡らせた。初めての日中のデートだ。嬉しくて、楽しみで、当然拓海も同じ気持ちだと思っていた。


 同僚たちから聞いたことがあるデートスポットに、以前拓海が行きたいと言った温泉、アウトレットモールにあるcaféに港町にある海鮮丼で有名な定食屋。

 行きたいところは山ほどあるが、一番優先したいのは、拓海の希望『ゆっくりできるところ』だ。



―ここ、どうかなぁ? ゆっくりできそうじゃない?―


 数日考えた美菜のプランは、ランチ付きで個室を借りることのできる日帰り温泉だった。高速道路を使えば美菜の家から1時間程度の場所にある温泉宿で、雰囲気も悪くない。10時から15時まで部屋を使え、懐石弁当のランチがつく。窓から見える川と聞こえるせせらぎは疲れた拓海を癒すには最適だろう。これで、一人5千円弱は破格だ。


―温泉、良いね。でも、今車の調子が悪くて車出せないんだよねー


 喜んでくれるだろうと思っての提案だったのに、拓海からの返事はそっけないものだった。でも、せっかくのデートに水を差すのもと思い、不満を飲み込み自分が車を出せる事、拓海には休んで欲しいので往復とも美菜が運転をすることを伝えた。


―ありがとう。悪いね―


 久しぶりの恋に浮かれた頭でもわかるほどにそっけない返事に、不安と情けなさがムクムクと起き上がる。でも、何故不安なのか、自分は拓海に何を感じているのかはその時の美菜にはわからなかった。いや、わかりたくなかったのかもしれない。



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