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探しもの見つけます  作者: 麗華
第5章 胸を張れる未来へ
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動き出す

 突然の言葉に、泳いでいた目はまっすぐに結衣を捕らえた。

 こんな風に真直ぐに見つめられるのは、いつ以来だろう。『産んで欲しい』そう言われたときにも、こんな風に真直ぐな目をしていたのだろうか。


「離婚して、翔太とも雄大とも離れて、一人で頑張ってみたいの」

「翔太、とも? 一人で出ていくって言うのか? お前、何言っているんだ?」

「だって、雄大だって私や翔太から目をそらしているでしょう? どうして、私はダメなの? 母親だから? 働いていないから? 」

「……だって、俺は」

「私の実家は、私が戻る場所ないの。知っているでしょう?」


 そう。母の元に帰れずに、出産時の里帰りすらしなかった。

 母が仕事を休んできてくれたが、狭い部屋では母に泊ってもらうことは出来ずに、隣の駅でビジネスホテルを取って毎日通ってくれた。『帰ってくればいいのに』の言葉は空々しくて、切なかった。

 

 だからこそ、何があっても結衣から離婚だなんて言い出すはずがないと思っていたのだろう。多少の不満があっても、実家に帰ることができないのだからここに居るしかないと、雄大しか結衣を守れないと思っていた。


「雄大が翔太を連れて実家に帰ったらいいんじゃないかな? お家も広いし、お義母さんも翔太の事可愛がってくれるでしょう?」

「俺は、仕事が……」

「それは、お義母さんと話し合って。ここで頑張るんだったら保育園が決まるまでは私がここにいるよ。でも、1カ月までね。実家に帰るなら、それでもいいし、雄大がきめたらいい」

「……」

「どっちにするか、今週中には決めて。私もこの家出ていく時期とか決めなくちゃいけないから」

「離婚しないって、言ったら?」

「別に、別居でもいいよ」

「……」

「雄大が好きなように仕事をしたいように、私も好きなように生きたい」


 そう。今更ちゃんと仕事がしたいなんてムシが良い事はよく分かっている。でも、失ってしまった物は、キラキラと輝いていたんだ。今更だろうが何だろうが、諦めたくなんてない。


「翔太を、捨てても?」

「捨てないよ。雄大に任せるの。雄大だって、これまでそうしていたでしょう? 私に任せて『できる限り、頑張る』って。私も出来る限り頑張るよ。仕事が休みの日は、出来るだけ会いに行くことも出来るし、早く帰ればお世話はする。でも、一緒に暮らしていたら『できる限り』以上の事もしなくちゃいけなくなる。もう、嫌なの」

「……そんな、勝手な」

「ごめん。でも、もう決めたの。一人でここを出ていく」

「……」

「お休み。週末までに、考えておいて」

「……」


 言ってしまった。もう止められない。親として許されなくても、シングルマザーで頑張ってくれた母に向ける顔が無くても、雄大に何と思われても、翔太に恨まれても、私は私の人生が欲しい。


 ぐずる翔太をあやしながら、部屋の中を歩き回る。頭の中は楽しい未来と翔太の泣き声でいっぱいだ。



「もう、あんまり泣かないでよ」


 呟いた声は、翔太の泣き声にかき消された。








「こんにちは」


 カウベルの音と共にガラガラとスーツケースを引いて結衣が現れたのは、あれから三日後の事だった。その腕に抱かれていた翔太は、もういない。


「いらっしゃいませ。お出かけですか?」


 にこやかな薫とは裏腹に、結衣の表情は曇っている。


「お出かけ、かな? 翔太を置いて、家をでるの」

「そうですか。コーヒーを?」


 そんなこと、大したことではないとでも言うように薫は少しも同様など見せない。結衣は黙ってカウンターチェアに腰かけた。

 コーヒーメーカーから湯気が立ち上り、いつも通りのコーヒーの香りが店内に広がる。



「どうぞ」

「ありがとう」

「どこに行くのか、聞いても?」

「とりあえず、友達の家にお世話になるの」


 高校時代の友人にだけ伝えると、1カ月なら部屋にいてもいいと言ってくれたので、取り急ぎ仕事が決まるまでお世話になる事にしたのだ。


「お近くですか?」

「う~ん、電車で2時間くらいかな?」

「そうですか」


 寂しくなるとも言ってくれない薫に安心する。社交辞令も、先入観もなくただ、目の前にいる結衣と話をしてくれる、この土地で唯一の存在。


「私ね、ひどい母親だと思うんだ」


 だからこそ、最後に聞いて欲しいと思った。


「翔太が泣いていると、どうして泣くの?って腹が立つの。私だって眠いのに、私だってやりたいことたくさんあるのにずっと翔太の為に生きているのに、何が不満なんだって、腹がだった。私の何もかもを、翔太が奪う様な気がして、やりきれなかった」

「お母さんは、本当に大変ですよね」

「可愛いとも思うの。本当に、それは本当。でも、憎いとも、イラナイとも思ってしまうの。それも、本当なの」

「そうですか」

「こんな、母親なら、いなくてもいいでしょう? いらないでしょう?」

「それは、どうでしょうね」

「憎いって、いらないって、思うのに、もう会わないんだって思うと嬉しくないの。腕に抱いていた翔太がいないと、不安なの」

「そうですか」

「雄大が、翔太を実家に連れて行って、泣いてばかりだってお義母さんから連絡が来た。会いたいの、電話越しに声を聞いただけで、会いたくて私が泣いちゃうの」

「……」

「いらないって、憎いって、思ったのに、もう、戻れないのに、会いたいの」

「人は、たくさんの感情を持っています。愛情も、憎しみも、一貫している事なんてないんです。それは、結衣さんもご主人も、翔太君だって同じです」

「翔太、も?」

「居てもいいんだろうか? 愛されているんだろうか? 困らせたくない。こっちを向いて欲しい。不安だから、抱いて欲しい。翔太君は、不安になると泣いていたんです。頭のいい子ですから、周りの変化に敏感で、不安や恐怖を、感じやすいのかもしれませんね」

「……不安だから、良く泣いていた? 私の、せい?」

「好きだからこそ、不安になるのは大人も子供の一緒です。子供の方が、真直ぐな分強く不安を感じるんでしょうね」

「私が、不安にさせていたんだね……」

「誰かに好かれる、求められると言うのは、そういう事かもしれません」


 にこりと笑った薫からは、責めるような感情は全く感じない。結衣の好きな、一歩引いた適切な距離を保っている。


「もう、行くね」

「はい、また、お待ちしています」


 いつもと変わらない薫の声と、カウンターで見送るようにユラユラと揺れる長い尻尾。毎日のように見ていたのに、明日からはもう見れない。それがすごく悲しくて、寂しい。


 もう見ることはない『探しもの屋』の看板をにじませながら見つめ、背を向ける。




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