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探しもの見つけます  作者: 麗華
第4章 違う道を選んだ自分
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決断

「大した事無いのよ、大丈夫。でも、やっぱり年ねぇ」

 もう何度目だろう。親父が居ないことに気づく常連客に、おふくろが片手を振りながら笑って答えている。

 朝から親父の荷物を持って一人で病院へ行ったおふくろは、そのまま店に来た。帰って休んで欲しいと言っても、聞き分けてなどくれない。動いている方が疲れないと言う性分は、図分と不便なものだ。

「お義母さん、そろそろ病院の面会時間が過ぎてしまいますけど、良いんですか? 」

「そう、ねぇ。でも面会時間が過ぎたからって、行ったらいけないなんてことは無いんでしょう? 家族なんだから」

「それは、そうかもしれませんけど……」

 病院の面会時間なんて家族であればあってないようなものだが、店を閉めてから病院に行ったのではおふくろは身体を休める暇がない。女房の真意に気づかないはずがないのに、のらりくらりとかわし続けている。

「いいから、病院に行って来いよ。ここに居ても仕方ないだろう?」

 不機嫌な声を出せば、おふくろは困ったように女房に助けを求めているが、無駄というものだ。

「お義母さんが疲れた顔したら、お義父さん気にしますから。お義父さんがお店に出られるようになるまでは、お義母さんは店には出なくても大丈夫ですよ」

 やんわりと、だがきっぱりとした拒絶を受けて、おふくろも渋々とエプロンを外し始めた。

「せっかくちょっとお義父さんと離れられるんだから、良いのにねぇ」

 口でそんなことを言うくらいなら、見舞いなんて2日に一度程度にすればいいのだ。それを、店も出ながら毎日行こうとしているのに離れるも何も無いだろうに。

 疲れた笑いを見せながらも店を出る後ろ姿が、やけに小さく感じた。

「悪いな」

「今は、いいんだけどね……」

 言葉を飲み込む女房に、俺は何一つ答える事が出来ない。



 いいんだろうか。

 こんな時に、俺だけ、一人で。

 我儘を通して、上手くいかなかったら?

 どうにもならなくなったら、俺はどこにいったらいい?

 俺が抜ければ店は縮小する。そこに戻る事なんてできない。

 この店を出て、新しい世界に進む力が、俺にあるのか?

 新しい世界で、家族を守る事ができるのか?

 

 新しい世界へ踏み込む事が、どんどん怖くなっていく。自分の決断に自信が持てない。

 自分一人ではないことが、重い。

 女房が、子供が、親が、俺の邪魔をするように感じる。

 そう感じている自分が、情けない。

 新しい世界に飛び込みたいと思う自分と、ゆるりとした今の場所にとどまりたい自分。

 どちらの自分にも嫌悪感しかない。

 どうしたらいい?

 どうしたら、10年たって後悔しないように生きていける?

 明日、後悔しない生き方すらもわからない。




「田中さんに、少し待ってもらう事、できない?」

 女房からの言葉に、心底ホッとした。

  親父とおふくろが抜けた店は、思っていたよりもずっと忙しい。客の話し相手に、売上計算は女房の肩にずしりとのしかかった。俺だって、天気を読んで仕入れの参考意見を聞かせてくれる相談役がいないことは大きい。ここで俺が抜ければ、店は休業だ。

 どうするべきかなんて、わかっていたのに言い出せなかった。自分で決める事が、怖かった。

「そう、だよな。ちょっと、相談してみるよ」

 ごめんね、と呟いた女房の声は聞こえなかったことにした俺は、つくづく卑怯だ。

 大事な話を電話で済ませたくないなんていうのは口実に過ぎず、女房子供に話を聞かれたくなかった。こんな情けない自分が、一家の柱だなんて思われたくない。情けなくて見栄っ張りの自分を、俺はまだ認めることができない。


「大変、みたいだな。こっちから連絡しなくちゃと思っていたんだが……」

 狭い世界だ。八百屋の親父が入院したなんて小さな事もあっという間に近所の噂になっていた。この世界が、息苦しい。

「ケガはな、大したことないんだがな。年齢もあって、どうも時間がかかりそうなんだ」

「そうか……」

 田中の部屋は、高校生の部屋から、大人の男性の部屋に変わっていた。机に乗っていた高校の教科書は消え、ファイルに入ったいくつもの書類が並んでいる。堂々と置かれていた部活用のバッグは、ビジネスバックとキャリーバックに変わっていた。田中は、ここで新たなる世界への道を見つめている。歩いていける自信が、能力があるのだ。怯えて縮こまっていた俺とは、なにもかも違う。


「今回の話、な」

「今さら、困る」

 話を切り出そうとしたとたん、田中の低い声が響いた。

「事情は分かっている。友人としては、仕方がない事だと思うし、経営者として考慮してあげなくちゃいけないとも思うんだよ。でも、2人で始めようとしているのに1人が抜ける事は、本当に困るんだ。会社の立ち上げはもう決まっている。仕事も、すでに内々に受注が決まっているものがある。いまさら、困るんだ」

 これまで飄々としていた田中の絞り出すような声に、やっと事の重大さに気が付いた。2人でやろうとしていたものが、1人になる。裏切られて傷ついたから、俺と仕事をしようとした。それなのに、俺は『これで逃げられる』と思ったのだ。だって、仕方がない。親父が怪我をしたのだ。店が回らないのだ。悪者になることなく、逃げられると、思っていた。

「そう、だよな。困る、よな」

 それ以上、言葉が出てこない。時計が、やけに大きな音を立てている。

 


 どれだけ長い時間だったのだろう。田中が大きく息を吐いた。

「まぁ、仕方ないよな。お前がこれまで生きていた場所だ。裏切れねぇよな」

「ごめん」

「いいさ、何とかする」

「ごめん」

「お前は、悪くないんだろう? お前の意志じゃない。それなら、謝るな」

 田中の乾いた声が、胸に刺さる。


 どうやって田中の部屋を出たのか、店には戻らなかったのか、まるで覚えていない。

 気がついたら、病院で親父が俺に頭を下げていた。それを見て、俺の罪悪感が消えていく。俺のせいじゃない。仕方なかったんだと、俺は俺に信じ込ませようと必死だった。 

 どこまで、情けない男なんだろう。わかっているのに、認める事がどうしてもできなかった。





「就職のために用意したスーツもバックも、全部捨てちまった。何にも出来ねぇくせに、人生変える勇気なんて欠片もねぇくせに、ちょっと褒められたぐらいで調子に乗った馬鹿な俺と一緒に、捨てちまったんだ」

 古澤の荒れた声が、静かな探しもの屋に響くが、薫は表情一つ変えることはない。

「そうですか」

「ああ、捨てて良かったんだ。どうしてあんな夢をみたのか、今でもわからねぇ。みんなを巻き込んで、悩ませて、俺は何をしたかったんだろうなぁ」

「何か、したいことがあったのでしょうね」

「……したい事なんてないさ。ただ、八百屋のオヤジで一生終るのかと思ったら、うんざりしたんだ。こうして、毎日毎日狭い商店街で暮らすのかって思ったら、うんざりしたんだ。そこに、立派なサラリーマンをしていた田中が帰ってきた。そんな立派な奴に褒められて、頼られて、調子に乗って夢を見たんだ。ただ、夢を見て進むには、もう遅かったんだろうなぁ」

 情けねぇなぁ、と呟く声はすこし擦れている。長く、長く、申し訳ないと思っていたのだろう。

「スーツとバックが、古澤さんの探しものですか?」

「いや、探してなんかいない。探したくないんだ」

「後悔は、ないのですか?」

「……もう遅かったんだ。ただ、ちょっと浮かれて夢を見た、いや見たかっただけだ。それが、あんなに皆に後悔を持たせることになるなんて、思わなかった」

「皆、後悔していたのですか?」

「ああ、親父もおふくろも、申し訳なかったと頭を下げた。女房も、しばらく元気がなかった。俺が、余計な夢を見なけりゃ、誰も嫌な思いをしなかった。どうせ、叶いもしない夢だったんだから見なけりゃ良かったんだ。夢なんて見るには、遅かったんだ」

「遅かった、ですか?」

「……いや、遅かったと思いたかったんだろうなぁ。本当は、俺に一歩踏み出す自信が無かったんだ。それを、家族のせいにしたり、年齢のせいにしたり、俺のせいじゃないって、思いたかったんだ。本当に、申し訳なかった」

「それを、伝えましたか?」

「……いや、言えなかった」

 言えるわけがない。あんなに皆が応援してくれていたのに、いざとなって怖気づいていたなんて、息子が、夫がそんなヤツだなんて思われたくなかった。


「見栄っ張り、なんだろうなぁ。狭い世界で生きてきた、お山の大将だ」

「そうですか」

 静かな店内に、壁掛け時計が時を刻む音だけが響く。責めるように、慰めるように。

 気がついたら、黒猫が一つ隣の椅子に座って月色の瞳で興味深そうに古澤を見つめている。

「その後、田中さんはどうしているのでしょうね」

「田中は……。あれから一度も会っていない。酷い事をしたんだ、会えないさ」

「重いのならば、一つ一つよけていくのもいいのではありませんか? ご両親はともかく、奥様も田中さんも生きているのでしょう? まだ、間に合いますよ」

「……若いヤツは、簡単に言うなぁ」

「ええ、簡単な事です。あなたが少しだけ前に進めば、簡単なことなんです」

「……」

「今日、田中さんご実家にいらっしゃいますよ」

「は?」

「行って来たら、いかがですか? あなたの荷は、もう重たくて仕方ないのでしょう?」

 どうして知っているのか? 田中はここの客なのか? 聞きたいことは喉まで出ているのに、言葉にならない。目の前にいるこの女性は、いったい何者なのだ?

「まだ、間に合います」

 薄気味悪さを感じているのに、逆らう事が出来ないのはどうしてなんだろう。促されるままに探しもの屋の外に出れば、いつもの商店街の日常がある。

 行かなくてもいい。今更どの面下げて、田中だって迷惑だろう。迷惑に、決まっている。

 行かなくても済む言い訳は頭の中にこれでもかというほど浮かぶのに、足はまるで、探しもの屋の命令に逆らうなんて考えられないとでも言うように迷いなく進んでいく。



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