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探しもの見つけます  作者: 麗華
第2章 選ばなかった幸福
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空に

「身体の調子が戻ってから少しの間は楽しかったんです。仕事も充実していましたし、友達もたくさんいた。出会いもあったので新しく恋人もできたし、私は大丈夫って思っていました。でも、ふとした時、小さな子供を連れた家族連れに目が行くんです。あの時指輪を受け取っていたら別の人生があったんじゃないかって。それが最近、どんどん大きくなってしまって」

「……」

「もう数年間恋人もいない。友達もどんどん結婚していき、仕事も……。来月から地方の大型スーパーのカウンターに移動になるんです。今まで頑張ってきたものが崩れていく、本当は私には価値なんてなかった。そう思ったら急に思い出してしまって。改めて本当に申し訳なかったと思ったんです。こんな私を、求めてくれたのに。こんな私に、宿ってくれたのに」

「そうですか」

「勝手なのはわかっているんです。自分が選んだことの結果が今来ていることも。だから、戻りたいとかではなくて、ただ、唯一人の女性として選んでもらった事があった。その証であるこの指輪を手元に置きたいと思ったのです」

「この店で手に入れる事ができるのは、一つだけです。その指輪でいいのでしょうか?」

 ルナは相変わらず指輪の前に立ちふさがって春奈を見つめ、ユラユラと尾を揺らしている。黄金色の瞳が見つめている棚には、幼い子供の品が並んでいた。一番手前に置かれていたのは、ピンクのベビー服……。

「これ、私が買ったもの?」

「どうでしょう? よく見てください」

 間違いない。初めて病院に行った帰り、中絶手術の予約を入れたくせに何故かベビー服を買ってしまったのだ。生きられないことが分かっているのだから何でもいいはずなのに、どうしてか選ぶのにひどく時間がかかり、一番手触りのいいベビー服がいいと店員に選ぶのを手伝ってもらったのをよく覚えている。家に帰って一度だけ洗濯をしたが、病院で看護師に渡してそのままだ。

「春奈さんは、確かに愛されていましたし、求められていました。でも、あなたはそれを選ばなかった。自分の意志で」

「……はい」

「それを、後悔しているのですか?」

「……わかりません」

「では、その気持ちと一緒に、探しものを手にしてください。春奈さん。あなたの探しものはどれですか?」

 言葉と共に、ルナは指輪の前からどけて薫の腕に収まった。

 春奈はもう一度指輪をみた。彼の真直ぐな情熱を表すように輝く深紅のルビーはあの頃から変わっていない。この情熱は、今は別の女性に向いて強く輝いているのだろう。これを手にしていたのは、過去の自分。今はもう手にすることはない。

「この、ベビー服を」

 供養すること、謝る事は自分の逃げにしかならない気がして何もしてこなかった。してはならない事をしたのだから、許されず、憎まれたまま生涯を過ごすことこそが自身の償いなのだと思っていた。だがそれもやはり自己満足の逃げだ。

 罪と向き合うことが出来ずに、何の罪もない子供をなかったこととして忘れようとしている自分にやっと気が付いた。

「ちゃんと愛して、空に還してあげたいと思います。私の罪と、この子は別のもの」

 そこから、前を向く。

 選ばれたことは、何もなくても春奈自身がしっかりと覚えている。前を向くには、楽しかったことを思い出すだけでは足りないと、やっと気が付いた。

「ありがとうございました。この指輪は、探しもの屋さんに差し上げます」

「探しもののお代、確かにいただきます」

 ベビー服を胸に抱いて店をでる春奈を、ルナの黄金色の瞳が見つめる。

「ルナは、最後まで気に入らないのですねぇ」

 クスクスと笑うと、ルナは当たり前だというように長い尻尾で薫の腕を打つ。



「チーフ、お先に休憩どうぞ」


 もう数年間この店に努めているベテランパートの女性に促されて、春奈は先に休憩に入った。スーパーの食料品コーナーで買ったお弁当を持って、近くの公園で空を見ながら昼食をとるのは毎日の楽しみになっている。


 地方の大型スーパーの一角に作られた化粧品カウンター。これまでの百貨店と違い、お客様は近くに住む主婦層がメインだ。当然、財布の紐はしっかりしており売り上げはこれまでよりもずっと少ない。目標とする数字も少なくなっているのだが、達成できない月も少なくはない。それでも本部から叱責が飛ぶことがほぼないのは、そもそもこの店に求められているのは売り上げではなくサービスだ。近所の大型スーパーにいっても買える商品。年齢を重ねて肌の調子が悪くなった時、それまで使っていた色が合わなくなってきたときに相談に乗ってくれるスタッフがいる事に安心感を覚えるお客様は少なくない。結婚前はずっと街中で購入していたのに、子供ができてからは地元でしか買い物をしなくなったという小さなお子様連れのお客様には、スタッフ1人が子供の相手をし、もう一人が対応をするということもある。

 

 綺麗になることは、社会で戦うためのものではない。自分の為のちょっとした贅沢であり楽しみなのだと改めて気づかされ、自分の仕事を好きになることができた。穏やかな空間に身を置くことで春奈の焦りは少しずつ溶けていき、過去の自分を羨むことも、今の自分を卑下することも無くなった。


 探しもの屋が見つけてくれたベビー服は引越し前に春奈の手を離れ、お寺で空に還してもらった。

 そんなことで申し訳ない気持ちは無くならないし、過去を捨てることができないのもわかっている。

 それでも春奈は以前よりも笑って過ごす事が出来るようになった。ようやく、過去を背負ったまま空を見て歩く覚悟ができたのだ。




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