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 しばらく三人が登り続けると丘の頂上に到着した。

 そこには大きな木があった。今まで歩いているうちに見た木とは比べ物にならない程で、見上げると頂点が見えなかった。

 巨大な木の周りには草木の一つも生えておらず、まるでここ一帯の栄養があの木に吸われているかのようだった。

 「でっかいねえ」

 エルが木のてっぺんを見ようと首を限界まで上に曲げて目を凝らした。それでもやはり頂上は見えないらしく、ぴょんぴょんととび跳ねて懸命に上を見ようとしていた。

 静かで広い場所だった。穏やかな風がぼんやりと流れて、陽がぽかぽかと辺りを照らしている。

 頑張って登りつめたエーリは疲れ果てたとばかりに、巨大な木の陰によろよろと近づいて、ローブの裾をつまんで座った。木に寄りかかって、目を閉じて、陰の中で一息ついたように安らいだ。

 エンデレは、休みにいくエーリを見送ってから、間抜けに上を見続けるエルに近付いた。

エルは、背伸びをして、木を見上げていた。

 エンデレは何となく同じように上を見上げた。

 「……それで、本当に登るんだな?」

 「登るよ」

 「こんなでかい木に?」

 「うん」

 「……」

 エンデレは心配そうにした。

 「お前は何がしたいんだ?」

 「私も、よくわかんないよ。でもムシャクシャするんだよ」

 「……」

 急に小さな虫が羽音を立てて地面から飛び立った。エンデレはなんとなくそれを眺めた。

 「そろそろ登るけど、その前に体をほぐさないとね」

 「……本当に登るのか?」

 「心配?」

 「当たり前だろ」

 「ならさ、一緒に登らない?」

 エンデレはひやりと驚いてエルを見た。

 エルは、挑発するようにニヤリとエンデレをみた。

 エンデレはしばらく沈黙した。

 「……いや」

 「……」

 「……やめておく。無理はするなよ」

 「あっそう」

 エルはそっけなく返事をして、体をほぐしはじめた。

 エンデレは、それをしばらく眺めていたが、やがて振り返ると、巨大な木の側へ歩いていった。

 側に座るエンデレを、閉じていた目を開いて、エーリは一瞥した。

 「……何話してたの?」

 「……べつに」

 「……まあ、大丈夫よ」

 エーリはあくびをして目をこすった。

 「私の魔法で、生半可な怪我はしないようにできるから」

 「……そうか」

 そよ風が吹いた。エーリはそれを甘受するようにまた目を閉じた。エーリの顔からは、すっかり汗がひいていた。

 エンデレは、誰にも聞かれないように、呟いた。

 「俺が行ったところで……」


 「はい! それでは、ついに登ろうと思います」

 「はいはい。魔法かけたから、大体の衝撃は大丈夫よ」

 「ありがと! じゃあ、いくからね!」

 エルはしばらくぶんぶんと腕を振り回してから、勢いよくセミのように木にしがみついた。そしてゴキブリのように木をカサカサと登って行った。

 「……」

 「……」

 エンデレとエーリは、遠くからそれを座りながら眺めていた。エルはあっという間に小さくなっていった。

 「……どういう神経と体してるのかしら」

 「さあ……」

 「どこまで登るつもりなの?」

 「わからない……」

 「あ、休んでる……しがみついたままで休めるの?」

 「というかアレだと頭から落ちそうだな……大丈夫か?」

 「浮遊魔法の一種をかけてるから大丈夫よ」

 「そうか……」

 エンデレは、ぼんやりとエルを眺めていた。それを、エーリが横目で見ていた。

 「……はー」

 エーリがごろりと寝転んだ。

 「ローブが汚れるぞ」

 「少しくらい平気よ……」

 けだるそうにエンデレに背を向けた。

 「……背中に草付いてるぞ」

 「とって」

 「しょうがないな……」

 ちまちまと草をつまんでどかした。エーリは猫のように取られるままだった。

 それからエンデレは、ぼんやりとエルのいる方をまた眺めた。虫のように木の表面を滑っているところだった。

 「……俺はどうして一緒に行こうとしなかったんだろうな」

 「……え?」

 「さっき、言われたんだ。一緒に行かないかって」

 「あぁ……普通行かないでしょ」

 「でも、エルが心配なんだ」

 「ふうん?」

 「きっと、怖かったんだ。怖くて、だから一人で行かせたんだ」

 「そう? 本当に?」

 「そうだ。高いところが怖かったんだ……」

 エンデレはどこでもなく遠くを見つめた。何かに思いを巡らせているようで、何も考えていないようにも見えた。

 「……ところでさ」

 エーリが唐突に切りだした。

 「ん? なんだ?」

 エンデレの方を見ないで、エーリもどこか遠くを眺めていた。

 「前に言ったじゃない。もし、手が空いてるなら、私の店を一緒にやって欲しいって」

 「……あぁ」

 「どうなの? そろそろ親から全部引き継ぐころなんだけど」

 エーリの家は先祖代々魔法の研究をし、怪しげな店を代々続けていた。薬を売ったり魔法を売ったり魔法をかけたりして、親から子へ代々受け継がれつつ店は存続してきた。

 親は引退して自分の好きな事をする。子は引き継がれた店を親の力を借りずに維持しなくてはならない。これが長年ずっと続けられてきた。

 「人手が必要で、でも、私他人を雇うの嫌だから。親は二人でやってたのよ」

 「手伝える部分は手伝うよ」

 「長期的、例えば最長で私が店を止めるまでの間ずっと続けて欲しいんだけど」

 「それは……確証できない」

 「私の店で働けばエルとも手軽に会えるわよ」

 「そうだな」

 「雇用じゃなくて、共同で店をやってほしいの。私一人じゃ切り盛りする自信がないし」

 「魔法の知識がない俺じゃ役者が不足してるよ」

 「母さんも最初はろくな知識を持ってなかった」

 「俺が言えることじゃないが、もう少し人脈を広げた方がいい。エルに頼めばいい人もきっと見つかる」

 「他人を私のスペースに入れるなんて嫌よ。絶対に嫌。あんたたちのどっちかがやってくれればとても助かるんだけど」

 「……」

 「そんなに嫌?」

 「そんなことない。だけど、ずっとは確証できない」

 「どうして? ここから出ようって思ってるわけじゃないんでしょ? 何か他にしたいこともないんでしょ?」

 「それはそうだが……」

 「じゃあどうして断るの? いっとくけど、収入の面では心配ないわよ。がっぽがっぽ」

 「……」

 「私と一緒じゃ嫌? 受けてくれるって結構期待してたんだけど」

 「あの……」

 「言い淀むのね」

 二人して空を眺めていた。気まずい空気が漂っている。

 エンデレはもじもじとして、エーリはふてくされて寝転んだままでいた。

 虫が地面を歩いている。虫が跳んでいる。鳥の鳴き声が空から聞こえてくる。

 エーリが体を起こした。

 「……まあ、こうしててもしょうがない。気まずくしてもしょうがない」

 自分に聞かせるようにぶつぶつと唱えると、自分の頬をパチパチと叩いた。

 「エルの様子でも見ましょ。エンデレ」

 「そうだな」

 エンデレも、気まずい感情を心の底に沈めて、普段通りの態度を取り繕った。

 二人は、上を向いた。エルは欠片も見えなかった。

 「「……ん?」」

 二人して同時に声を上げた。

 エンデレは慌てて自分の荷物から望遠グラスを取りだした。

 焦りながらエルのいる場所を探る。見えないので、後ろ足で走りながら、望遠グラスを上へ上へと向けた。エーリもバタバタとエンデレについてくる。やっとエンデレの目にゴマ粒のようなエルが映った。

 「……いた! めちゃくちゃ高い所にいるぞ! てかなんだこの木!? いくらなんでもあそこで落ちたら……」

 「いや、浮遊の魔法があるから……大丈夫。いくら高くても落下速度が一定になるから大丈夫なはず」

 「そ、そうなのか?」

 「でも、問題は……」

 エーリが深刻そうな表情をしていたので、エンデレは唾を飲み込んだ。

 「問題は?」

 「問題は……私から離れ過ぎて、獣除けの魔法が届いていないかもしれないことね」

 「ほう……」

 「……」

 「魔鳥とか……?」

 「いると思う」

 エンデレは慌ててまた望遠グラスを覗いた。すると、丁度大きな鳥類がエルに近づいて襲いかかっているところだった。エルは木にしがみついたまま片手で大きな鳥類に応戦していた。

 「うっわ! 大きな鳥と喧嘩してるぞ!」

 「マジでか! シャレになんないわよ!」

 エルはひとしきり拳を乱打した後、近くの枝に飛び移って、臨戦態勢に入った。

 「足場に跳んで、本格的に戦うつもりらしい」

 「ちょっとちょっと、大きいってどれくらい大きいの?」

 「エルの三倍くらい……」

 「勝てる訳ないじゃない!」

 「どうする……どうする……」

 鳥とエルが熱戦を繰り広げている。7:3でエルの分が悪かった。エンデレは焦った。

 「エーリ! あそこまで攻撃魔法を飛ばせるか?」

 「あんな距離があると無理!」

 「空を飛ぶ魔法とか!」

 「ない! 浮く魔法しかない!」

 「そうだ! 俺を爆発魔法であそこまで飛ばせば!」

 「あんたの肉片が届くでしょうね」

 「……」

 「何か……何か魔法……」

 「くそ、せめてあそこまで声を飛ばせれば……そのまま飛びおろさせるのに」

 「いや、それだと魔鳥にひっつかまれて巣にもちかえられるわよ……」

 「ぐぐぐ……」

 「……魔法、魔法」

 エーリは頭を乱暴に掻きながら必死に今役に立つ魔法を思いだそうとしていた。

 エンデレはせめて死に際はと思い、望遠グラスでエルを見守った。

 「……あ! 危ない! くちばしが!」

 「爆発魔法、浮遊魔法、電撃魔法、睡眠魔法……」

 エーリは指を折りながら手持ちの魔法を急いで確認している。エンデレは実況していた。

 「……おお! そうだ! そのままくちばしをへし折れ!」

 「精神撹乱魔法、幻覚魔法、治癒魔法……」

 「……バカな……二匹目だと! くそ、やっと一匹倒せたっていうのに……」

 「暗黒魔法、時空間魔法、時空間……」

 「……がんばれ……負けるな! エル! 根性見せろ!」

 「転移魔法だ!」

 「何か思いついたのか!」

 「ええ!」

 

 エーリはもの凄い早口で次の説明をした。

 エーリの家には代々受け継がれてきた魔法がある。その年代は様々で、代々で発明された魔法が書き記されて家の地下室の保管庫にしまわれる。

 その中でもとびっきり古い魔法がある。エーリはそれを偶然見つけて、その特異な魔法に惹きつけられた。

 それは人を別の場所に転移させる魔法だった。空間移動は現代においても夢物語の類の魔法だった。

 エーリはそれを解読しようとしたが挫折。しかしその効果は確かなものだと判断した。

 今まで人に使ったことはなく、安全性の保障など全くできない。

 しかしこの魔法であれば確実に人をエルのいるところまで飛ばすことができる。それだけの保障は今のエーリにもできる。

 

 エーリはぜえぜえと息を切らせて、説明を終えた。

 エンデレはそれを聞いて、すぐに頷いた。

 「よし。なら俺をあそこまで飛ばしてくれ」

 「……だから、危険だって。やるなら、私が……」

 「行かせてくれ。こればかりは譲れない」

 「……」

 「頼むよ……」

 「言っとくけど、とんでもなく怪しい魔法よ?」

 エーリは脅すようにエンデレを睨みつけた。

 「この上なく怪しい。滅茶苦茶怪しい。凄く怪しいんだからね」

 「怪しいということは分かったけど、それでも俺は行かなくちゃいけないんだ」

 エーリはじっとエンデレの表情を見詰めた。エンデレは思いつめたような顔をしてエーリを見返した。

 やや考えて、エーリは溜息をついた。

 「わかった……」

 「ありがとう」

 「時間もないからさっそくやるわよ」

 「頼む」

 彼らの遥か頭上では、今まさにエルが鳥に掴まれようとしているところだった。

 エーリは杖を振り、長い呪文を唱えた。

 するとエンデレの体がじんわりと光りだし、エンデレの左手に強烈な閃光がほとばしった。

 「うわ!」

 「おりゃあ!」

 エーリが気合を入れて杖をしっかりと振ると、エンデレの周囲の空間が歪んだ。

 そして、エンデレの姿がその場からかき消えた。


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