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 「……」

 エンデレは、しばらく動かないままでいて、溜息をついた。

 そして、頬を叩いて、気を入れ替えた。

 「……そろそろ終わりかな」

 

 「それで、御先祖様に言ったのね?」

 「……ああ、言ったよ。つまらない言葉って言ってた」

 エーリは、嬉しそうにした。

 「……成功よ。それはね、ある魔法の発想の情報を込めたキーワードなのよ」

 「……それって」

 「御先祖様から受け継がれて、それが熟成していき、ついにここまでたどり着いたってわけ」

 テーブルを指先で落ち着きなく叩きながら、エーリは喋り続けている。

 「空間移動魔法に並ぶ大魔法。私の中で着想はあったんだけど、全然形にならなかった。やっぱり、御先祖様って偉大よねえ」

 「……その魔法って」

 エーリは得意げに宣言した。

 「あんたを幸せにしてくれる魔法よ」

 「……うさんくさい」

 「この世界には、それこそ無数の可能性が存在するの」

 エーリはエンデレの呟きを無視して説明を続けた。

 「選択肢と言い換えてもいいかもね。物事の状態が遷移するときに、無数の枝別れが存在して、私たちはその一本を掴みとる」

 「……ふーん」

 「そう。そして今回得た魔法はね、対象者が幸せになれるように、それをしてくれる」

 「……幸せ?」

 「そう。幸せ」

 エンデレは、ぼんやりとエーリを見つめた。

 「幸せって何だろう?」

 「定義は人それぞれよね。私が今定義しているのは、不幸でないってことよ。その人が、破滅に向かわないように、この魔法がナビゲーションしてくれるの」

 「……」

 「事故に合わないし、病気にもならないし、殺人鬼に遭遇しないし、何かの拍子に突然死んだりもしない。そう言う選択肢を選んでくれるの」

 「かけられた奴はいつまでも死なないのか?」

 「死ぬわよ。人として、穏やかに、幸せに、いつか死ぬのよ」

 「……へえ」

 「人の定義も人それぞれだけどね。悪いようにはならないと思うわ」

 「……それで、俺にその魔法をかけるとどうなる?」

 「……以前、私はあんたは全てが終わったら消えると言ったわ。でも、100%ではない。本当にあり得ない可能性だけど、理論的には偶然的に世界に残る可能性もある」

 エーリは、ぐっと拳を固めた。

 「それを掴みとるのよ」

 「まあ、つまり、俺が消えない選択肢もあるってことか……」

 エンデレはぼそりと言った。

 エーリは、エンデレの手を握った。

 「……エンデレはどうしたい?」

 「……」

 ぼんやりとしているエンデレを、エーリは真剣に見た。

 「……結局は、エンデレの意思次第だから」

 「……」

 エンデレは、椅子にもたれかかって、天井を見た。その表情は現実感の無い気の抜けたものだった。

 エンデレは、今までの考えをまとめるように、しばらく黙った。そして、ぽつりと呟く。

 「本当に、その魔法、使ってもいいのか?」

 「……勿論よ」

 エーリがにっこりと笑った。

 エンデレは重い溜息をついた。

 「……すまないな。世話になる」

 「自分のまいた種を自分で回収してるだけよ」

 「……聞きたいんだが、俺は、本当のエンデレとは別の存在として残るんだな?」

 「そうね。心が軽くなったエンデレとは別の存在になる。それに、あんたが転移してから出会った出来事の分だけ、あんたは違う存在になるのよ」

 「その出来事も全部消えてしまうのか?」

 「完全には消えないと思う。出来事の痕跡はきっと残る」

 「そうか……」

 ぼんやりとエンデレは考えた。

 「もう一人の俺は、うまくやってくれるんだろうな……?」

 「まあ、やってなかったら私が尻を叩いても良いけど」

 「……」

 「……」

 「……なぜか考えたこともなかった」

 「……」

 エンデレは深いため息をついた。

 「……俺は何をしてもいいんだな」

 エンデレは、ぼんやりとしていた。

 「……まあ、なにはともあれ……全てが終わってから、ちゃんと考えるか」

 エンデレはそう締めくくろうとした。

 「じゃあ、その魔法にかかるとするか」

 「うん。まあ、ここにはないんだけどね」

 「うん? どこにあるんだ?」

 「いや、泥棒に盗まれたのよね」

 「うーん?」

 

 その魔法とは、呪文のような形態ではなく、材料を消費する魔法具としてあった。

 「それはもうとっておきの貴重な材料だから、厳重に保管してたのよ」

 「……」

 「そんなに大事そうにしてたら、ほら。泥棒だって、とっちゃうじゃない?」

 「……とっちゃうなあ」

 エンデレは溜息をついた。

 「だから戸締りをちゃんとしろと……」

 「言われる前の出来事だし」

 「ああ、そうか。時系列が全く分からんな……」

 「まあまあ安心して」

 エーリは自信満々にしていた。

 「あのね。この前、変な鎧の女を探しに行ったじゃない?」

 「アリーゼさんな」

 「そしたら、赤い髪の浮浪者がいたじゃない?」

 「いたな。アレが泥棒だったりするのか?」

 「そうなのよ。この街に住んでるわけじゃなさそうだったし。それでね、それに気付いた私は……」

 エーリは杖を構えるしぐさをして、ウインクした。

 「マーキングしたのよ。これで場所は掴んでるわ」

 「エーリはできる人だな」

 「ふふふ……」

 エーリはニコニコとして、立ち上がった。

 「さあ。さっさと行きましょう。こんな機会二度とないんだから」

 「ん?」

 「その紋様の感じからわかるんだけど、もうすぐ魔法転移が終わると思うのよね」

 「ああ、まあ。それは俺も感じてる」

 「本当に、運が良かった。この魔法ができて、しかもこのタイミングで私の前にこれたのはまさしく幸運だったわ。逃さないように、さっさと目的の魔法を使わないと」

 「そうだな。確かに、都合が良かったな」

 

 「はい。ついた」

 目の前に、怯えきった赤い髪の浮浪者がいた。

 森の中に、簡易的に作れらたボロ小屋があって、そこに留まっていたらしかった。

 エーリはそこに真っ先に突入すると中にいる浮浪者を魔法で動けなくした。浮浪者は、何が何だか分からずにそのまま捕まった。

 目的の物は、そこにあった。

 「売られてなくてよかったわ。手間が省けた」

 箱に入ったそれを確認して、エーリはホッと一息ついた。

 「……手間って?」

 「手間は手間よ」

 「そうだなあ……」

 エンデレはちらりと浮浪者を見た。浮浪者はエンデレとエーリを怯えた目で見ていた。

 エンデレは胸が少しざわついた。

 「……あれ? 他にも、盗まれてなかったかな……」

 エーリがそこら辺を漁りながら、声を上げた。

 「他のって?」

 「いや……これとは別に、他のも盗まれてたと思ったんだけど」

 「エーリは整理整頓ができてないからな。失くしただけなんじゃないか?」

 「やだもう、またそんなこと言って。今は私の方が年上なんだからね……」

 エーリがちらりと浮浪者に視線を寄越した。

 浮浪者はビクッと震えた。

 「……ねえ。これで盗んだのって、全部?」

 「……全部、です」

 エンデレは、また胸がざわついた。

 「本当にぃ? 魔法を使えば本当かどうかわかるんですけど?」

 「……エーリ」

 「ほ、本当に、それだけで、す。ここで、う、嘘つく、わけ、ないじゃないですか……へへ、へ」

 浮浪者は媚びへつらうように笑った。

 エーリはそれを見て眉をしかめた。

 「そういう顔されると嘘を疑っちゃうんだけど」

 「エーリ」

 「本当のことを言えば、街の人に私の分は免除するよう頼んであげても良いわよ」

 「……あ、あの……見逃して、くれませんかね?」

 「無理よ」

 「この辺りはもう、止めますから。ね? お願いします……ど、どうか……御慈悲を」

 「そんなこといっても、私のところ以外でも盗んだんでしょ? 私があなたを逃したら、私まで共犯ってことになるじゃない」

 「御慈悲を! なにとぞ、御慈悲を……へ、へへへ……」

 「……大体、またどこかで同じことするんでしょ」

 「……し、しません。改心、しますから……」

 「人に迷惑かけないで、どうやって生活するつもり? 出来ないことは言わないでよ」

 「へ、へへへ……」

 「ここで逃したら、誰かがまた迷惑するんだから……」

 「……わ、私は、可哀想な、存在なんです」

 「……」

 エーリの目がとても冷たくなった。

 「……ひ、人買いにさらわれて、それで、その後……逃げ出して。落ちぶれて、でも、私だって、頑張って、」

 「……」

 「しょ、しょうがないでしょう! そうしないと、生きていけないんだから! し、死ねって、死ねって言うんですか!? わ、わたしに、死ねって……」

 「もう喋らなくていいわ」

 「は、ははは……何ですか、その目。ああ、そうですよね。私、みじめですよね。あなたより、ずっと、下の存在ですからね。ずっと、下位者……」

 エンデレは、ぎゅっと心臓を掴まれた気がした。

 「し、知ってますか? 人間にはね、上位者と下位者がいるんですよ。下位ほど人間が劣ってて、私はその底辺」

 「……」

 「わ、私以外の上の連中から、ボコボコにされて、それで、私は、人間のカスなんです。私は、ずっと、なぶられて、」

 「……もう、いいわよ。あなたは自警団に行くの。そうしたら、きっとご飯も食べられるわよ」

 「……ぐ、ふぐ、ぐぐぐ……」

 浮浪者は俯いて、奇妙な声を出した。まるで、泣くのを我慢しているようだった。

 エーリは、ふいっと浮浪者から視線を外した。

 「……目的の物は手に入れたし、帰りましょ、エンデレ……エンデレ?」

 エンデレは、浮浪者を見ていた。

 ただ、じっと見ていた。

 「……エンデレ? どうしたの?」

 「エーリ。あの魔法って、ここでもできるか?」

 「……ええ、まあ、できるけど。魔法具にいれて、材料入れて、使用者が念じるだけ」

 「じゃあ、頼む……貸してくれないか?」

 「……」

 エーリはエンデレの意図を読めないでいたが、エンデレに言われるがままに、魔法具とその材料を渡した。

 エンデレは魔法具に材料を入れて、座り込む浮浪者に目線を合わせるように屈んだ。

 浮浪者は、エンデレを見た。目には涙が浮かんでいるが、こぼれていなかった。

 「……ここまでなって、どうして泣かないんだ」

 「……な、なんですか」

 「頑固だな」

 「……?」

 エーリが怪訝そうに、エンデレに声をかける。

 「エンデレ?」

 「……幸せになりたかったら、これを掴んで、そう念じろ」

 「エンデレ!」

 「すまん、エーリ」

 浮浪者は、そうエンデレから言われると、素直にそれを掴んだ。

 そして、念じた。

 すると、浮浪者の体が淡く光り、そしてその光が消えた。

 浮浪者は、不思議そうにエンデレを見た。

 「今の魔法はな、幸せになれる魔法なんだよ」

 「……?」

 「幸せって、よくわからないけど、でも、これからのお前には、たくさんの良いことが起こるんだぞ。辛いことも嫌なこともこれからはおきないし、ずっと幸せに生きていけるんだ」

 「……」

 浮浪者は、エンデレの言うことを全て理解したわけじゃないが、何らかの貴重な魔法が、自分に対して使われたことは分かった。

 浮浪者は、エンデレに対して、媚びたような笑顔を浮かべた。

 「私を、憐れんでくださったのですか?」

 「……」

 「……?」

 「これからは、泣きたい時に泣けばいい」

 「……」

 「じゃあな、リーシュ」

 「あ……」

 リーシュは目を限界まで見開いて、エンデレを見た。

 リーシュは、何かを言おうとして、言葉にならずに、口を開けては、閉じるのを繰り返した。

 エンデレは、リーシュの赤い髪をそっと撫でた。リーシュは何も反応できずに、目を見開いたまま俯かされて、ただ撫でられていた。

 「……それじゃ、行こうか。エーリ」

 「……もう、あなたに魔法を使える機会はないのよ?」

 エーリは暗い表情で言った。

 「すまん」

 「あなたは馬鹿な事をしたのよ」

 「……」

 「せめて……」

 エーリは暗い声で呟いた。

 「せめて、納得のいくように……」

 エンデレは、それをじっと聞いた。


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