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 剣を持って、早速エンデレは時間転移をした。

 しかし、転移先はアリーゼのいる山ではなかった。

 「……あれ?」

 そこは、エンデレのいた文明とは違う、愛理たちのいる船の中だった。

 「……なんでだ?」

 エンデレはきょろきょろと周囲を見回す。

 エンデレが最初に転移された場所のようだった。部屋の中央にでかいテーブル、それを取り囲む椅子。小物。

 しかし、今は人は誰もいなかった。

 「……」

 エンデレは、剣を持ってしばらく突っ立っていた。

 「……時間は、まだ大丈夫。それで、俺は何をすればいいんだ……?」

 とりあえず、この部屋から出ようとした。

 出口の引き戸の取っ手に手をかけた。

 すると、同じタイミングで、内と外から扉が同時にスライドされた。

 『わ』

 「あ」

 愛理だった。

 愛理は目を見開いていたが、エンデレだと認識すると、ほっとしたように表情を元に戻した。

 「……エンデレさん。来てたんですね」

 「ああ。人がいないようだが、きみだけか?」

 「ええ。ほとんどの人が殺されてしまいました」

 「え」

 「ああ、すみません。ちょっと私、今急いでいまして……」

 「どうしたんだ?」

 「刃物を探しているんですよ。確か、ここに集めてたと思って……あれ?」

 エンデレの持つ剣に気付いた。

 「それ剣ですか?」

 「まあ、うん……」

 「切れます?」

 「多分、かなり……」

 「よし。じゃあ、エンデレさん、来てください」

 「どこに?」

 「甲板です。さあ、急いで。説明は後でします」

 愛理はドタバタと急いで走っていた。エンデレは何も分からずそれに慌てて付いていった。

 エンデレが甲板にでると、周囲の風景に驚いた。船の出す音と潮の匂いが吹きつけて、遠くを見ると一面が海だった。

 「おお……海か……」

 「すみません。急いでください」

 「ああ……」

 風に吹きつけられながら、愛理は、太い柱の方に向かった。

 柱には一本の縄がグルグルと巻き付けられていた。ただの縄ではないようで、金属のような頑丈な物のようだった。

 そこから一本が伸びて、船の手すりまでピンと張りつめられていた。手すりから先は、船の外に出て、海上まで伸びているようだった。

 何かがつるされているように見えた。

 「なんだ、あれ」

 「どうぞ、見てみてください」

 愛理が手すりに近づいて、縄の先を指差した。エンデレは、おずおずと近づき、手すりから身を乗りだして、下を見た。

 そこには大柄な見るからに狂暴そうな男が逆さの蓑虫のようにグルグルと巻かれていた。

 頭から落ちようとしていて、顔の大部分が海に浸されている。男は暴れてビッタンビッタンと船にぶつかっている。

 「……あれが、殺人犯か?」

 「ええ。何とかこの状況まで持って行きましたよ」

 「どうやって……」

 「たくさんの犠牲を強いられました……」

 「……」

 エンデレは殺人犯の顔を窺った。何となく、エンデレの知る殺人鬼と顔が似ているように見えた。

 「……」

 「このまま海に落とそうと思ったのですが、柱の縄が解きにくくて……一応刃物を試そうと思ったんです」

 エンデレは縄を触ってみた。とても硬い材質のようだった。

 「これ、硬いな。どういう材質なんだ?」

 「多分、エンデレさんの世界には無い材質ですよ。科学技術の粋を集めてつくられた高強度繊維です」

 「ふーん……」

 「さあ、エンデレさん。今こそ異世界の技を見せるときです」

 「ん?」

 「このメッチャ硬い紐を切れるのはこの船上にエンデレさんしかいません。まじんぎりでも全力斬りでもお願いします」

 「何だそれ……まあ切ればいいんだろ……」

 エンデレは剣を抜いた。刀身はうっすらと輝いている。

 「ほほう……業物ですね」

 「……」

 エンデレは剣で縄をつついた。ビクともしない。

 「……」

 包丁で切るようにグッと剣を押し付けた。切れそうで中々切れない。

 「ちょっとちょっと、そんなので切れる訳ないじゃないですか」

 愛理が文句を言いだした。

 「普通にやっても切れませんよ。そんなんで切れるんだったら普通に包丁持ってきてやってます。そうじゃなくて、こうなんか技とかないんですか?」

 「そう言われてもな」

 「特技とかなんかないんですか?」

 「ないよ」

 「ええ……」

 愛理は溜息をついた。

 「しょうがないですね。では、柱の結び目を解くことにしますか……」

 「そうしてくれ……」

 エンデレは呆れながら剣を鞘に戻した。

 「エンデレさんも手伝ってください」

 「しょうがないな……」

 

 

 エンデレと愛理は二人して柱にくくりつけられている縄を解こうとした。込み入って念入りに括りつけられているので、中々解くことができない。

 地道にやっていくと、かなり時間と根気が要りそうだった。

 「……あ、そうだ」

 エンデレは、作業をしながら話を切り出した。

 「なんです?」

 愛理も黙々と作業をしながらそれに答える。

 「ええと……『幸せは降って湧いて出る物。山あれば谷が深い』」

 「は? いきなり何ですか?」

 「なんだろうな。何かの教訓かもしれない」

 「何ですかそれ」

 愛理はふんと鼻を鳴らした。

 「意味があるようで何もない、語呂合わせみたいな文句です」

 「ははは」

 「全く、こっちは幸せじゃなくて不幸が降って湧いて出ましたよ……」

 「そうだろうなあ……幸せも同じように来るってことじゃないか? 人生そんなもんだということかな」

 「体感としては、プラスマイナスで不幸よりの人生な気がしますがね」

 「まあそりゃ、きみの人生は波乱万丈なものだろうけど」

 「……ふん。それにしても、馬鹿らしい文句ですね、それ」

 「まあ、そうかもしれないな」

 「……『幸せは降って湧いて出る物。山あれば谷が深い』」

 愛理はつまらなさそうに、その文句を繰り返した。

 「本当に、つまらない言葉……」

 「そうだな。幸せが降って湧いてたら、つまらないかもな」

 「……」

 「だったら、それ自体が不幸みたいなものだな。ははは」

 「……」

 二人は黙々と作業を続けた。

 

 「……お、ここの部分解けたぞ」

 「え? 待ってください。それならこれがこうなって」

 「こうこう」

 「これこれで」

 「こうで」

 「こうですね! いけます!」

 約1時間程度の作業を続けて、二人はようやく縄をほどけるようになった。

 「じゃあ完全に解いちゃっていいか?」

 「あ、待ってください。あの殺人犯の様子を見てきます」

 「俺も見よう」

 二人が覗きこむと、殺人犯はまだビッタンビッタンと暴れていた。

 「……うわあ」

 「化物……」

 「ぞっとしますよ」

 「あんなのをどうやってここまで追い込んだんだ……」

 「……」

 「さっさと海に放そう。どうせ、それでも死なないんだろうな……アレで死ななかったら人間ではないが」

 「あ、ちょっと待ってください」

 「今度は何だ」

 「ちょっとあの化物を近くまで引き寄せてください」

 「は?」

 「少しだけ引張って」

 「……危なくないか?」

 「お願いします」

 「……」

 冗談を言っているわけでもなさそうだった。

 「……よく分からないが、まあいいさ」

 エンデレは、手すりに近づき、縄を掴むと、ぐいと力強く引張った。

 「重い……」

 もっと力を入れた。すると、少しずつ殺人犯が船の縁に近づいてきた。ビッタンビッタンと船に体をぶつけている。鰹を引張っているようだった。

 「きついぞこれ……」

 エンデレの手が痛くなって、思わず縄を放したくなった。しかし何とかこらえて、じりじりと殺人犯を船上近くまで上げる。

 「よっせ、よっせ」

 エンデレは体ごと後ろに縄を引張って行った。

 「……」

 必死に縄を引張るエンデレの腰から、愛理はこっそり剣を引き抜いた。

 「よっせ、よっせ」

 愛理は鞘に手をかけたが、少し迷って、鞘を被せたままにした。

 「よっせ、よっせ」

 愛理は手すりに近づいた。そして、海上を見下ろした。

 「よっせ、よっせ」

 「あ、エンデレさん、そこら辺で大丈夫です。ありがとうございます。そこでキープしててください」

 「ああ……!」

 エンデレが足を止めた。

 殺人犯の足の裏が船上に届いていた。殺人犯はビッタンビッタンと暴れている。

 「せいや!」

 愛理は殺人犯の股間に剣を突き立てた。

 「おっほ!」

 殺人犯は暴れるのを止めた。その代わりにぶるぶると震え出した。

 「あ、放してくださーい」

 「よっしゃ!」

 エンデレがパッと手を放すと、縄は勢いよく元に戻って行き、殺人犯の頭が海に叩きつけられる音がした。

 「エンデレさん。ありがとうございました」

 「あ、ああ……」

 愛理はエンデレに剣を返した。それをエンデレはおずおずと受け取る。

 「じゃあ解いちゃいましょう」

 「そうだな」

 縄がゆっくりと解かれる。

 縄がまた勢いよく跳ねて、するすると船の後ろへ下がりながら海へ吸い込まれていった。長い時間かけてそれが続き、ようやく尾が海へ飛び込んだ。

 愛理はとことこと歩いた。エンデレもそれに続いた。

 愛理は、縄が落ちて行った方を見た。しかし、見てもどこに落ちたかよく分からなかった。

 愛理は思いっきり空気を吸い込んだ。

 そして、海に向かって大きく一気に叫んだ。

 「死ね!! 魚に食われて死ね!! 死んじまえ!!」

 エンデレば大声にビックリして愛理を見た。

 愛理はぜえぜえと息を切らして、それを整えていた。表情は、とくに普段と変わりないように見えた。

 エンデレが戸惑っていると、愛理がぼそりと呟いた。

 「エンデレさんには、不快な態度をとっていましたが……」

 「え?」

 「……殺された彼らも、決して悪い人間ではありませんでしたよ」

 「……」

 「……操縦席に行ってきます。全てが終わったことを、生き残った人に言わなくては」

 「あ、まだいたんだ……」

 愛理は黙々と歩いていった。

 エンデレはその背中を、何とも言えずに見送った。

 背中が見えなくなって、何となくまた海を見ると、殺人犯がイルカのように跳ねて船に近づいていたので、半狂乱になって剣以外のありたっけのものを投げつけて追い払った。


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