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 「なるほどそう言う事情なんだなって、私が納得すると思ったか?」

 アリーゼが、肉を食いちぎりながら、目の前で座り込むエンデレを睨みつけた。

 エンデレは、頬をポリポリと掻いて、視線をそっとアリーゼからそらす。

 「いや、俺の顔を見るなりとっ捕まえてきて事情を聞いてきたのはそっちでしょう」

 「そんな意味のわからないことを話せと言った覚えはない」

 「俺も正直意味わかってないですし。まあ、やり直せると思うと、こういうアプローチの方法もありじゃないかと」

 「……お前と話していると、私の頭がおかしくなりそうだよ」

 アリーゼは深いため息をついて、腹いせに肉をガブガブと噛んだ。

 エンデレは、山に転移して、そこをうろついていると、焚き火を起こして食事中のアリーゼに遭遇した。アリーゼはエンデレを見るなり常人離れした動きで、瞬時にエンデレを拘束し、こうして焚き火の前に座らせて、事情を話すよう促した。それでエンデレは、これまでに起きた自分の事に関すること以外の出来事の概要を話した。

 「しかし、転移魔法か。それだけなら信じてもいいが」

 「他も嘘ではないです」

 「……ううむ」

 アリーゼは突然立ち上がって、近くの木の前へ歩いた。

 そこで、木の表面を掴むと、もの凄い音を立ててそれをへし折った。

 「よし。さあ、今嘘だと白状したら、これをお前にくらわすのをやめても良いぞ」

 「……嘘じゃなくても嘘だと言いたくなるが、嘘ではないです」

 「ふうむ……」

 アリーゼは首を傾げて、またエンデレの前に座りなおした。

 「根性があるのか、嘘ではないのか」

 「なんだよ、その確認方法は……」

 「しかし、話を聞くに、お前は陰気な奴だな」

 「うるさいな」

 「まあ、そうか。化物ね……心当たりは、あるな」

 「え?」

 エンデレは思わず間抜けに言葉を漏らして、アリーゼを見つめた。アリーゼは肉にかぶりついていた。

 「……あの、心当たりって?」

 「……何でその化物は話に出てきた? その辺りの事情は聞いていないが」

 「……さあ」

 「家族でも殺されたか?」

 「まあ、はい」

 「ふーん……なら、お前はそいつを殺して、仇討ちをするのが目的なんだな」

 「そういうことなのかな? いや、そういう感じだと辛いんだけど」

 「及び腰だな? 私なら喜び勇んで殺しに行くが」

 「怖。いや、まあ、瞬殺されますし」

 「そうかい」

 アリーゼは、肉を食いつくして、骨を投げ捨てた。

 「なんなら代わってやりたいくらいだ」

 そこで、エンデレは、アリーゼを見て少し怖くなった。そう言い放つアリーゼの目が、化物の眼みたいに無機質な物に見えたからだった。

 「……とりあえず、事情を話したんで、そろそろ行きます」

 「そうか、なら、これを持っていけ。拘束したお詫びだ」

 そう言って、焚き火に突き刺さっていた肉をエンデレに寄越した。エンデレはそれを恐る恐る受け取った。

 「ありがとうございます」

 「じゃあな」

 そう言って、アリーゼは、また新しい肉にかぶりついた。


 「……おにいさん、どこかで私にあったか?」

 「……いや、そんな事言ってる場合じゃないでしょう」

 エンデレは、ひきつった顔で、霧でよく見えない、アリーゼの額を見ていた。

 アリーゼの額から血が吹き出ていて、骨が裂け、脳みそらしきものが見えて、そのかけらが飛び散っているようだった。

 「……ぼやけてよく見えない。もっと顔を近づけてくれ」

 「いや、いやいやいや、手当しないとまずいですよ!」

 路上で、アリーゼは頭から血を流して倒れていた。それを、転移してきたエンデレがそうそうに見つけた。

 「ああ、ありがとう。しかし、それには及ばないよ」

 アリーゼが立ち上がろうと手に力を込めて、上半身を起こそうとした。

 「ちょっと!」

 「……一瞬で負けた。死んだふりしてたらすぐどっかに行ったが、屈辱だ」

 「いやもうあなたほとんど死んでますからね!」

 アリーゼの血にまみれた顔が、歪んで凄まじい形相をしていた。

 「強い奴を見るとカッとなるのが私の悪い癖だ。いつまでもこれじゃあいけないのに」

 アリーゼはやっとの様子で立ち上がり、前を見据えた。

 唖然としてその様子を見つめるエンデレに、アリーゼは声をかけた。

 「ねえ、剣を探してくれない? 多分、どこか近くに落ちていると思うんだけど」

 エンデレは、後ずさって、足元に剣らしきものが当たるのを感じた。それを拾って、恐る恐るアリーゼに渡す。

 「おお、ありがとう。ええと、どこかで会ったような気がするんだが、まあ、いいか。礼はあの化け物を殺してからするよ」

 アリーゼはニッコリと笑うと、そのまま走りだそうとして、その勢いで前にぶっ倒れた。

 エンデレはそれを何とも言えない表情で見つめていた。


 「……あれ、おにいさん、どこかで見たことがある気がする」

 「……なんで全身血まみれなんですか?」

 「お礼をしなくちゃいけない気がするんだけど?」

 「なんで剣も血まみれなんですか? ていうかこの死骸は」

 少女らしい顔立ちのアリーゼは、剣についた血を振るって、鞘に戻した。

 アリーゼの周辺には、大きめの狼の集団の綺麗な細切れの死骸があった。

 「馬車に乗ってたら、こいつらが襲ってきた。それで、こいつらを殺しているうちに、置いて行かれた。まあ、しょうがないけど」

 アリーゼは顔にかかった大量の血を拭おうと、血だらけの袖でごしごしと顔を擦った。

 エンデレは、少し迷って、懐を探し、目的の物もないので、自分の服の袖を力いっぱいに引張って千切った。

 「これどうぞ」

 「あれ。そんなこと、してくれなくてもいいのに。でも、ありがとう」

 「怖いんで早く拭ってください」

 「あはは」

 最低限の血を拭うと、エンデレに血のついた布を返した。エンデレはそれを捨てた。

 「ありがとね。どうしてここにいるのかわからないけど、一緒に街に戻る?」

 「……そうですね」

 「というか、どこかで会った気がするなあ……」

 「気のせいじゃないですか?」

 「……へんな感じ。私を怖がらないのも、新鮮だね」

 「いつも怖がられているんですか?」

 「まあね。まあ、それも、慣れてきちゃったけど」

 「……いつもこんな物騒なことを?」

 「そうだねえ。こういうことしなければ、嫌われないと思うんだけど」

 「……」

 「出会いが悪くて、いつもこうなんだ。生まれつきかなあ。こんな体質に生まれてなかったら、すぐ死んでたくらいだし。星の巡りが悪いんだ」

 「……人に嫌われてて寂しかったりするんですか?」

 「さあ、ね」


 「……なんか、会うたびに、血まみれですよね」

 「……どっかで、あったことある?」

 夜の墓地で、小さな少女が、血まみれで、刃物を持っていた。

 「……こんなところで、そんなもの持って、何してるんですか?」

 「……なんか、大人の人に殺しにこられたから、殺し返しに、ここまで追ってきた」

 「……」

 「それで、全員殺したから、どうしようかなって」

 「……本当に? だって、そもそも子供なのに」

 「……生まれつき、他の人より、私強いの」

 「……人間じゃないのでは?」

 「それで、もっと強くなる予定」

 「……なんでですか?」

 「そうしないと生きていけないから」

 「……壮絶だな」

 エンデレは、もう一つの袖を千切って、アリーゼの顔に付いている血を拭った。アリーゼは特に抵抗しなかった。

 「ねえ、おにいさん、誰だっけ?」

 「さあ。それにしても、こんなところまで来なくても良かったんじゃないんですか?」

 「なんか、頭がカーッとなって」

 「……子供のころから、ヤバいな」

 「……子供のころからって?」

 「いや、なんでもないです」

 「……はあ。疲れた」


 街から外れた場所の、その家の中で、獣に食い散らかされた数体の死体があった。荒らされて家具が散らかっており、血の匂いが充満していた。

 エンデレは口元を押さえながら、その光景を見ていると、家の外で獣の叫び声がした。

 家を出て、その出所をみると、小さな少女が、刃物を持って、四足獣の背にしがみついていた。獣は少女を振りほどこうと、叫び声を上げながら、走りまわって、壁にぶつかったりしていた。

 アリーゼは必死な形相で刃物を獣に刺し込み、それを数十回繰り返すと、獣は動かなくなった。

 エンデレはそれを引きながら見ていた。

 アリーゼは、動かなくなった獣から降りて、しばらく息を荒くして立ちすくんでいた。その内に自分を見ているエンデレに気が付いて、怪訝な顔をした。

 エンデレはアリーゼに近づいた。

 「……どっかであったことある?」

 「……あるかも」

 「ふーん」

 「ここの家の子供?」

 「そうだけど」

 「……」

 「……あーあ」

 アリーゼは、失望したような声を洩らすと、うずくまって、動かなくなった。

 「……」

 アリーゼは、子供らしい普通の服装をしていて、それに獣の血が大量にこびりついていたので、エンデレは、思わず目をそらした。

 「……遊びに行ってて、帰ったらこうなってたの」

 「……へえ」

 「……あーあ」

 子供の声なのに、酷くぞっとするような暗い声色をしていた。

 エンデレは、顔を俯けたアリーゼを見て、それから家を見た。

 「……中にいるのは、両親?」

 「……」

 アリーゼは答えなかった。

 エンデレは、少し逡巡して、やがて口を開いた。

 「……お墓、作ってあげようか」

 「……なんで?」

 アリーゼは思わず顔を上げて、エンデレを睨んだ。

 エンデレは、自分で自分の言っていることに戸惑っていた。

 「……でも、だって、他にどうしようもないじゃないか」

 アリーゼは、曖昧な表情をしているエンデレをしばらく睨んで、ふいっと顔をそらして、しばらく時間をおいて、立ち上がった。

 「……」

 「……あの」

 「手伝ってくれるの?」

 「え、ああ、うん」

 「……どうも」

 アリーゼは、エンデレに顔を見せないまま家の中に入って行った。

 

 二人して家の中を綺麗にして、外に死体を埋めて、簡易的な墓を作り終えた。

 墓の前に立って、アリーゼはぼんやりとしていた。エンデレはそれを、不安そうに見ていた。

 エンデレはふと、自分がいつまでも肉を持っていることに気が付き、これをアリーゼに差し出した。

 「あの、食べる?」

 「……なにこれ、まずそう」

 「うん、よく見たら血がかかってるわ。捨てよ……」

 エンデレは肉を放り投げた。

 アリーゼは、そんなエンデレをしげしげと見つめていた。

 「……相変わらず、おにいさんはおかしい人だ」

 「あ、相変わらずって、ははは、初対面だろおいおい」

 「あれ? そうだね……へんなの」

 「そうだよ……」

 「……ちょっと、すっきりしたよ」

 「……これから、どうするんだ?」

 「さあ。修行の旅かなあ。こんな思いをもうしなくてもいいように」

 「強者じゃん……」

 エンデレは、きっぱりと宣言するアリーゼを見て、なぜだか感動してしまった。

 アリーゼはエンデレを見て、少しだけ笑った。

 「おにいさんはどうするの?」

 「俺? 俺は……どうもしないかな」

 「どうもしないなら、一緒にこない? 修行の旅」

 「それは、凄そうだな……いろんな意味で」

 「ね?」

 アリーゼに見上げられて、エンデレはまた戸惑った。

 「……悪いけど、用事があるから」

 「……ふーん。なら、仕方ないか」

 「……また、縁があったらな」

 「そうだね」

 

 エンデレはまた山に戻って、そしてアリーゼと対面した。

 アリーゼは奇妙な表情をして、エンデレを見ていた。エンデレもまた、アリーゼを何とも言えない表情で見返した。

 「……久し、ぶり?」

 「……ご無沙汰してます?」

 「……おにい、ゲホ、んん! ……お前、本当のこと言ってたんだな」

 「だから言ったじゃないですか……」

 「ううん……不思議な気分だ」

 「アリーゼさんって子供のころからヤバいですよね」

 「お前も相当ヤバいがな」

 「……」

 「……」

 「あの……」

 「……なんだ」

 「これ、さっきの………」

 エンデレはそう言って、ネックレスをアリーゼに渡した。

 アリーゼは目を見開いてそれを見て、ひったくるようにそれを奪い取った。

 「遺品整理をしてるときに」

 「ちょろまかしたのか?」

 「違いますよ! 渡しそびれたんです!」

 「……これ、実は私のなんだ」

 「ああ、やっぱりそうなんですか?」

 「子供用のだし明らかだろ。両親からの贈り物だ。箱に大事にしまってた」

 「付ければいいのに」

 「うん、まあ……当時は、付ける気になれなくて」

 アリーゼはそのネックレスを見つめて、自分の首にそれを付けた。

 「……似合うか?」

 「いや、あんまり。なんで今つけたんですか?」

 「……く、くくく、ふふふ……死ね……」

 アリーゼは笑いながらそれを外して、大事そうに懐にしまった。

 それからアリーゼは長い溜息をついて、空を仰いだ。

 「まあ……」

 アリーゼは、頭を掻いてから、焚き火の前にエンデレを手招きした。

 「……座れよ」

 エンデレはその様子を、何とも言えない表情で見ながら、焚き火の前で座った。

 そうして、二人はとりとめの無い会話を続けた。それは陽が落ちて、夜が更けるまで続いた。

 アリーゼは堰を切ったようにいろんなことを喋り続けて、エンデレはそれを、嫌がるでもなく、聞いていた。

 

 「ところで、なんでドラゴンを倒したいんですか?」

 「うーん、なんだろうな。何で倒したいんだかもうよくわからなくなってきた。でも倒したいなあ」

 「……まあ、付き合いますよ」

 「ありがとう……あ、ほら。見えるか……アレがドラゴンだよ」

 「わー、でかいですね……」

 陽が昇り切り、二人は並んで寝そべって、遠くに降り立つドラゴンを観察していた。

 「あの巨体で、空を誰よりも速く飛ぶらしい。実際、凄く速かったな」

 「ですね。豆粒くらいのを見つけたと思ったら、一瞬で大きくなりましたもんね」

 「走るのも速い。そして、あの鱗。信じられるか? あれは大砲でだって傷一つつかないらしい」

 「そうなんですか? なら剣じゃなおさらですよね」

 「さらに攻撃手段も豊富だ。牙、爪、体当たり。炎、魔法だって使える。やばいよな」

 「やべえですね」

 「だがまあ、私たちならやれない相手じゃない。そうだろ?」

 「そんなわけない」

 「何だ何だ。意見なら聞くぞ?」

 「いろいろ言うことはありますが、まず武器を出してください」

 「うん。この剣一つだけだぞ」

 「ほら、無理でしょう。アリーゼさんならいけるかもと一瞬思えるのが怖いですが」

 「……うーむ。確かに、この剣はなまくらだしな」

 「そういう問題じゃなくないですか?」

 「あー……アレがあればなー」

 「……何ですか?」

 「前、持ってたんだよ。もの凄い名剣を。頑張れば鉄も切れる奴。見たことあるだろ? 狼を掻っ捌いてたときの奴」

 「えー、ありましたけど。そんなんだったんですか?」

 「そんなんだったの。でも、盗まれちゃったんだよな」

 「何で盗まれちゃったんですか?」

 「寝てる時に泥棒にな」

 「え、わざわざ剣を盗まれたんですか? そんな目立つのを」

 「まあ剣以外金もなにも無かったしな」

 「野宿か?」

 「あーアレがあればな」

 「……いつ盗まれたんですか」

 「あれは……3年前だな」

 「……へえ」

 「惜しいよなあ」

 「……ちなみに、どの街で?」

 「あそこだよ。知ってる? 確か、グシースってところ」

 その名前はエンデレにとってなじみ深い場所だった。そして3年前、つまり、エンデレからした3年後のそこにも心当たりがあった。

 「……あの、本当にその剣があればドラゴンも倒せるんですか?」

 「そりゃお前……無くても倒せるけど、あったらお前……楽勝だよ」

 笑いながらエンデレをこのこのぉとどついてきた。

 「……わかりました。俺が持ってきましょう」

 「え?」

 「そろそろ、転移する時間なんですよ」

 「ああ……そうなの。え、取りかえしてくれるの? 私の為に? 本当に?」

 アリーゼはキラキラとした目でエンデレを見た。

 「多分、そういうことなんでしょう。できますよ」

 「やったあ。ありがとう! エンリギ!」

 「あ、ごめんなさい。俺、本当はエンデレって言うんですよ」

 「そうなの? なんだよぉ、エンデレめ」

 「じゃあ、行ってきます」

 「よろしくなー!」

 アリーゼはブンブンと手を振った。エンデレは控えめに手を振りかえした。


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