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 母親が死んでから、エンデレ達の暮らしは辛くなった。日々の食料は森から調達し、エルは子供ながら、街でいろんなことをして働き、父親は働かず、エンデレもエルの手伝いをするだけだった。

 その日、エンデレはエルに手助けを申し込まれた。森の普段立ち入らない程の奥に罠を仕掛けたので、その成果を一緒に確認しに来てほしいとのことだった。

 「……森の奥? 馬鹿かお前は……あそこは街からあぶれた人たちが居着いてるって言ってるだろ」

 「でも、ちょっと行って帰るだけだし」

 「出くわしたらどうするんだよ。あんなの絶対まともな人たちじゃないよ」

 「お互い様じゃないの? 大丈夫だよ、会わないように気をつけて行ってるから」

 「……」

 「いろいろ試したんだけど、あそこの方が良くかかるんだよね。生息地域的に」

 「だからって……」

 「私たち切羽詰まってるんだからさ……だからにーちゃん、ついてきてよ」

 「……そもそも、そういうのは仕掛けるときにも言えよな」

 エルとエンデレは、ガサガサと背の丈以上もある草木を掻きわけて、道なき道を進んだ。二人はヒイヒイと大変そうに障害物に対峙しながら歩いた。そこら中にある大きな木が、二人を覆っているかのような圧迫感があった。

 「凄いな、ここら辺。人間が立ち入れるところじゃないよ……」

 「もう、全部、刈り取りたくなるね」

 「道が全然分からない。視界がもう、全然駄目だし……」

 「何度も行ってるから、大丈夫。それに、感覚で分かるよ」

 「感覚が一番危ないと思う……」

 長い間進み続けて、少しだけ歩きやすい場所に出たので、二人はほっと一息ついた。

 「罠まであと少しだよ」

 「本当に……? もう疲れたよ」

 「後少しだから……にーちゃん、がんばれ」

 「……もう頑張れないよ」

 「じゃあ、ほら」

 「え?」

 「よいしょ」

 エルはエンデレの手を握った。手は温かく、力強かった。

 エルが先導して、道なき道を勢いよく歩く。エンデレは、それに引張られるだけだった。

 「……エルは」

 「なに?」

 「……凄いよな」

 エンデレは、エルに引張ってもらいながら、俯き加減にそう呟いた。

 「え?」

 「……子供なのに、お金稼いだり、食べ物とってきたり」

 「まあね。えへへ」

 「……」

 「でも、それだってにーちゃんがいればこそだよ! 今だって、にーちゃんが付いてきてくれて心強いよ!」

 「ご機嫌とりはやめてよ……」

 「ええ……」

 陰気なエンデレの態度に、思わずエルは閉口した。

 「俺が引張っていかなきゃいけないのに……俺はエルに引張ってもらってばかりだ……」

 エルに先導してもらいながら、情けなさそうに呟いていた。

 エルは、そんなエンデレを気遣わしげにしていた。

 「……お父さんの言うことは、あまり気にしない方がいいよ」

 「関係ないし」

 「にーちゃんは、今のままで十分だよ」

 「十分ってなんだよ……随分上から目線じゃないか……」

 「もう……面倒くさいなあ……」

 しょうがないなあと、エルは呆れたように笑った。

 「にーちゃんは、お父さんの事嫌い?」

 「……嫌い、じゃない」

 「なら、今度ちゃんと話してみようよ」

 「なにを?」

 「なんでも。文句でも、なんでも、なんだろうと」

 「余計嫌われる」

 「嫌われてると思ってるの?」

 「はあ? そんな事言ってないし」

 「……お父さんも、にーちゃんも、話し方が下手なだけだよ」

 「……」

 「……おかーさんが今もいれば、もっとフォローしてくれたんだけど」

 「……」

 「まあ、にーちゃんは、堂々とお父さんに喋りかければいいと思うよ」

 「なんで、父さんと話したいこと前提になってるの?」

 「そうやって素直にならないから」

 「素直? さっきから、何言ってんだよお前は」

 「もう……」

 「……父さんなんて……大体、俺、父さんよりは働いてるし」

 エンデレは、不機嫌そうにぼそりと呟いた。

 「まあそうだね」

 「父さんなんて、ろくでなしだ」

 「そうかもね」

 「いや、お前は同意するなよ……」

 「ええ……」

 「父さんの悪口に同意するな」

 「凄く面倒くさいよにーちゃん……」

 「ああもうどうせ俺なんて」

 「あー! もうすぐ罠の場所だねにーちゃん!」

 「ん……」

 「成果があるといいな」

 「……ないならないで、気が楽でいいけど」

 「駄目だよにーちゃん。それだと、私たちが飢えちゃうよ」

 「うん……」

 「食わなきゃ生きていけないんだからね」

 「言われなくても分かるよ……」

 生きている動物が罠に引っ掛かってもがいている様子を思い浮かべて、そしてそれを殺して食べることを考えて、エンデレは気分が悪くなった。

 「ここだっけなー。死骸を漁られて無ければいいんだけど……確認するタイミングがいまいち分からないんだよねぇ」

 エルが草木を掻きわけて、仕掛けた罠を探した。

 「……」

 エンデレは、エルについて行きながらも、そっぽを向いていた。罠にかかった動物を見たくなくて、エルの報告を待ってるだけだった。

 「あ、ここ……だ……」

 「……?」

 「う……わ」

 エルの声が明らかに強張っていた。

 「……エル?」

 エンデレがエルを見ると、エルは、地面の一点をじっと凝視していた。表情はひくついたまま、固まっていた。

 エンデレは恐る恐るエルの視線の先を見た。

 そこには、一匹の小型の獣が足に罠を引っ掛けて、横たわっていた。四足歩行の形態で、右後ろ足を罠に引っ掛けて、それ以外の足は半端に切断されて、皮だけが切断箇所をつないでいた。血が地面のあちこちに飛び散っていて、死骸は口を少しだけ開けて、目を少しだけ閉じたまま、ぴくりとも動かない様子だった。

 獣の背中には、小さな獣が紐でくくりつけられていた。死んでいる獣の子供のようで、こっちは無傷でまだ少しだけ息があり、薄目を開いて、微かに足をもがきながら動こうとしている。しかし、衰弱は激しかった。罠は少しだけ引きずられた形跡があり、この子供が頑張って動こうとした結果だと思われた。

 明らかに、何者かによる仕業だった。何者かが森の奥深くまで来て、罠にかかった獣を見つけて、足を切り離して殺し、ついでにそこにいただろう子供を、無傷のまま死体の背中に括ったのだった。

 「た、大変だ!」

 エンデレは悲鳴を上げながら、急いで子供を括ってある紐を解こうとした。

 「……」

 エルは、口元を押さえて、怯えたように獣の死体を見ていた。

 「うう……なんだよこれ」

 エンデレは泣きそうになりながら、どうにかして解いて、獣の子供を解放した。

 「ほら……おい、おい!」

 エンデレが子供を触ると、その体は冷たく、腹の動きも、上下しているかもわからないくらいだった。

 「ど、どうしよう……なあ、エル……どうしよう……」

 「……もう駄目だね」

 「まだ生きてるよ!」

 「可哀想だけど……」

 「い、急いで家に持って帰ろう! 早く手当てしてあげないと……」

 「まってよ、にーちゃん! 道分かるの?」

 「あ、案内してよ! 早く!」

 獣の子供を抱えて、エンデレたちは急いで元来た道を走った。

 

 帰り道の途中で、その子供は完全に動かなくなった。エンデレはおろおろとしながら、腹の動きを確かめていたが、直に冷たくなって体が固くなっていった。

 「……死んじゃった」

 「……死んじゃったね」

 「うう……」

 エンデレは子供を抱えたまま泣きだした。

 「誰だよ、こんなことしたの……」

 「……にーちゃんの言うとおり、だったかもね……」

 「……うう」

 「……せめて、食べてあげようか」

 「……は? 頭おかしいんじゃないのか、お前」

 エンデレがエルを睨みつけて、エルは少し驚いた顔をしていた。

 「……可哀想ではあるけど、どのみち獣を取って食おうとしたんだから、食べるのはそれほどおかしいことじゃないと思うけど」

 「おかしいよ! 大体、お前が、罠を仕掛けなければ、こんなことにならなかった!」

 エルは少しムッとして言い返した。

 「こんなことってなに。私は、にーちゃんたちのために食べ物を取ろうとしてたんだよ。悪い事なんてしてない」

 「……そうだけど」

 「例えば、その子供が罠にかかってたとして、私たちはそれを食べたんだよ。私の言ってることって、そんなにおかしいかな?」

 エンデレは、表情を歪ませてエルを見た。エルは真面目な顔つきをして、エンデレを真っ直ぐ見ていた。

 エンデレは、俯いて、歯を食いしばらせた。

 「わけわかんないよ……」

 「私だって、その子を可哀想だと思うし、こんなことした人を気持ち悪いと思うよ。でも、それとこれとは別の話だよ」

 「意味が分からない……分からないよ……」

 泣き続けるエンデレを見て、エルはエンデレから目をそらした。

 「……ごめん。そうだね。可哀想だよね」

 「俺の言ってること、おかしいか……? なんで……」

 「おかしくないよ。私が無神経だった。ちゃんと、埋葬してあげようか」

 「……うん」

 エンデレは、鼻をすすらせながら、また道を引き返して、罠のある場所に行こうとした。

 「にーちゃん? どうしたの? どうしてそっちにいくの?」

 「……親と一緒に埋葬してあげないと」

 「……」

 「可哀想だよ……せめて、一緒に、しないと、可哀想だよ……」

 「そうだね」

 死骸を持って歩くエンデレに、エルは辺りを見回しながら小走りで近づいた。

 「危ない人が近くにいるかもしれないから、手早く済ませないとね」

 「……」

 「これからは、この辺りに来るのやめるよ。そもそもこんな森の中に住んでいないで街にいるべきなんだけど、それはお父さんが嫌がるからね」

 「……」

 「一応、訴えてはみるけど、難しいかな」

 「……」

 「でも、こんな物騒なところやっぱり危険だよね。にーちゃんは、街に住むの嫌だ?」

 「……」

 「もう、泣きやんでよ」

 「泣いてない……」

 エルはエンデレの頭をぽんぽんと叩いた。

 「やめろよ……」

 エンデレは泣きながら抵抗するが、エルは叩くのをやめなかった。

 「……情けない」

 エンデレは、みっともなく泣きながら、小さく呟いた。


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