異世界おでん屋にようこそ!
「小説家になろう」といえば、やっぱり異世界モノ!
……という事で、異世界モノ初挑戦です。 短編で、日常系のゆるーい物語ですので、ぜひお楽しみ下さい。
「……それでよぉ、ギルドマスターの野郎酷いんだぜ? 俺には洞窟探索しかさせねぇ癖に、ぽっと出の新人勇者に前線のゴーレム退治任せてやがんだ! 俺の方が勇者歴長いってのによぉ!」
「まぁ落ち着くのだ。 確かに、キャリアが物を言う時もあるだろうが、それだけではないのだろう。 ……それに、洞窟探索もそちらのギルドでは重要な仕事ではないのか?」
「そりゃそうかもしんねーけどよ……」
「気にせんでええって! 今日はウチが驕ったるさかい、たんと飲みや!」
デウォン村。 魔王討伐の為に闘う勇者たちが、闘いに備えて食事や睡眠をとることができる、山の麓の小さな村である。 魔王城に最も近い村、ということもあり、南にある中心都市ヴェーナや、川の下流域で栄えるニンマーク市などと比べると人は少なく、活気もない。
しかし、魔王城に突入しようとする勇者や、近くのダンジョンに向かおうとするギルド達が、体勢を立て直したりする目的でこの村を訪れることは多い。 まさに、勇者たる勇者たちの拠点であるという訳だ。
「オッス! 今日もお邪魔させて貰うッスよー。 大将、とりあえずがんも二つ頼むッス」
「よく来たなコンヌ。 ほら、がんも二つだ」
そんなデウォン村の一角に、知る人ぞ知る小さなおでんの屋台があった。 異世界でおでん? と思う人も居るかもしれないが、ここは勇者たちの中でも穴場と呼ばれていて、足しげく通う者も居る程、評判の良い屋台なのだ。
「おっ、コンヌはん! なんや景気よさそうやがな~? なんかええクエストでもあったん?」
「別に大した事じゃ無いッスよ。 ちょっと臨時収入が入っただけッス」
「東風野よ、もう少し女性らしい話し方は出来ぬのか……?」
「今さら何ゆうてんねん大将! ウチはウチやがな!」
ガッハッハ、と品の無い笑い方で返すその女騎士は、もうビールを3本も飲み干していた。 そんな彼女の飲みっぷりに少し引きながらも、他の客たちも一緒になって盛り上がっていた。
……そう、ここは闘い疲れた勇者たちが集まって、おでんと共にワイワイ騒ぐことの出来る、勇者たちの憩いの場なのである。
「……こ、こんばんはぁ……」
「よく来たな。 ……ん? 初めて見る顔であるな?」
賑やかだった屋台に、新たな客が訪れた。 小柄で、茶色の短い髪をしたその少年は、初期装備のボロい剣と、下町で売っている安い衣服に身を包んでいた。 見るからに"新人勇者"といった出で立ちだ。
「え、えっと……はじめまして。 僕は、和布 築和といいます。 夜中に散歩をしていたら、この屋台を見つけまして……」
「ほう、新規の客が来るなんざ久々だな。 ほら、遠慮するな」
「あ、はい……失礼します!」
築和は、他の勇者たちに促されて、席の真ん中に座った。
「よくぞ参った。 私はこのおでん屋の大将をやっている者だ。 よろしく頼む」
「ひっ!? ……よ、よろしくお願いします……」
「大将! 彼怖がってるじゃないッスか! もーちょっとソフトにいかないとダメッスよ!」
大将は、屋台の屋根に収まりきらない程の巨体で、いかにもおでん屋の大将という服装に、何故か勇者の鎧兜を被っている、という不思議な格好をしていた。 また、その古風で静かな物言いも、築和にちょっとした恐怖感を植え付けた。
「築和はん……やったっけ? 気にせんでなー、大将いっつもあんな感じやねん。 ま、通うとる内に慣れるやろ! ……っとと、ウチは東風野 アゲミ(こちの あげみ)や! よろしゅうな!」
東風野 アゲミと名乗った彼女は、重厚な装備を乱雑に脱ぎ捨てた状態で、やたら露出の多い格好をしながら、ガブガブとビールを飲みまくっていた。 ボサボサに伸びたピンクがかった髪、背中に背負った強そうなアックス、そして、その大きな胸……。 と、そこまで見て我に返った築和は、頭をブンブンと振って自らの煩悩を断ち切ろうとする。
と、そんな築和の目の前に、皿に乗った大根と卵が置かれた。 まだ何も頼んでないのに……と思って顔を上げると、隣に座っていた金髪の青年が、ニカッと笑っていた。
「ウッス! 俺はコンヌ・イャックって名前ッス! こう見えても、あのカラーシ騎士団のメンバーなんスよ? ……あ、これは俺からの驕りッス!」
「あ、ありがとうございま……って、えええ!? カラーシ騎士団って、あの魔王攻略の最前線に居るっていう!?」
まぁ俺は下っ端ッスけどね、と言って笑うコンヌ。 築和が恐る恐る彼の装備を覗いてみると、一級品の槍に、ピカピカの防具と、まさにレベルの高い勇者という感じのラインナップだった。 ゴクリ、と思わず唾を飲む築和だったが、何だかラフな感じの人で親しみやすそうだな、とも思った。
「っと、俺の番か。 俺の名は、エグー。 一応、勇者歴は10年のベテランだ。 よろしくな」
「ベテランっちゅーか、ただの中年のオッサンやけどな?」
「るせー! テメーに年食った勇者の気持ちが分かるかってんだ!」
そう言って、ヤケクソで餅巾着を頬張るエグー。 コンヌの奥に座る彼は、赤茶色の髪をバンダナでくくって、無精髭を生やし、服もそこまで華美じゃない物を着ていた。 相当使い込んだのであろう弓からも、彼が長年勇者をやっていたというのが見てとれた。
「さて、ウチらの自己紹介はこんなもんでええやろ! ホンマやったら、ラディスのおっちゃんとかも来てんねんけど……まぁ、それはぼちぼちなー。 ……で、次は築和はんの番やで?」
「ふぇっ!? な、ちょ、待って下さい! き、急に肩を組まれると……!?」
肩を組み、グイグイと迫ってくる東風野に、築和はタジタジだった。 加えて、その豊満な胸がほとんど顔の近くに推し当てられるので、まだ若い築和にとっては、耐え難い刺激であった。
「東風野よ、あまり無理強いするものでは無いぞ」
「あっはは、堪忍なー。 築和はん、なんや可愛ーてしゃーないねん」
「こ、子ども扱いしないで下さいっ!」
体を揺すって抗議する築和。 大将から出されたお冷を飲んで落ち着いてから、築和は少し恥ずかしそうに、自身が勇者になった経緯について話し始めた。
「実は僕……異世界から転移してきたんです……」
「何ィ!? お前も異世界転移組かぁ!!」
「ひっ!?」
「エグーさん、落ち着くッス……」
ケッ、と悪態をついてから、座ってビールを飲み始めるエグー。 どうやら、異世界から転移してきた勇者に何かしらの因縁があるらしい。 この人とは、ちょっと距離を置いた方がよさそうだ……と、築和は心の中で思った。
「えと、それまでは僕、本当にただの学生で……何の取り柄もない、内気で弱虫な学生だったんです。
それなのに、朝、目が覚めたら全然知らない場所にいて……何にも分からない内に、勇者やる事になって、それで……今はこうして、当てもなく簡単なクエストばかりやってるんです……」
目を伏せて、俯きながら語る築和を見て、他の客たちも少し彼に同情していた。
異世界からやってくる勇者は多い。 自ら進んで異世界に転移してきた者や、転移は故意ではないが、異世界に来てからその才能を遺憾なく発揮して勇者として活躍する者など、その種類は様々だ。 しかし中には、知らぬ間に異世界に来てしまい、慣れない環境の中で勇者業をさせられている、という者も少なからず居る。 築和のように、帰りたくても帰る事が出来ず、仕方なく勇者業に従事している者からしてみれば、この異世界での生活は苦痛以外の何ものでもないのだろう。
「お前みてぇな異世界組ってなぁ、大抵がチート能力持ちだったり、勇者として優遇されたりなんかして、調子に乗ってるモンだ。 ……そいつらに比べりゃ、お前は謙虚に勇者やってて好感持てるぞ?」
「で、でもっ! 僕って本当に勇者としてはポンコツだし……せめて誰かの役に立てるような事がしたいな、って頑張ってるけど、何も出来なくて……」
大根を箸で器用に六等分しながら、しょぼくれた声で呟く築和。 さっきまでワイワイガヤガヤと賑やかだった屋台に、気まずい空気が流れる。
「……僕、本当にダメな奴なんです。 元の世界でも、大した奴なんかじゃなかったし、異世界に来てみても結局ダメなままで……。
……もう、僕なんて居なくなっちゃった方がムグゥッ!?」
声を震わせながら喋っていた築和が、突然間抜けな声を上げて黙ってしまった。 大将が、築和の口に無理矢理こんにゃくをねじ込んだからだ。
「……いい加減にしろ。 お前は紛いなりにも"勇者"であろう? 勇者が弱音ばかり吐いていてどうする」
怒るでもなく、貶すでもなく、ただ静かに諭すような調子で、大将は築和に語りかける。
「私は、この屋台で長年おでん屋をやっている。 その中で、様々な勇者に出会ってきた。 ……勇者の頂点を目指し、日々クエストに明け暮れる者。 勇者としての実力には欠けるが、異世界で過ごす毎日を楽しんでいた者。 勿論、お前のように勇者として未熟だからと言って、勇者である事を拒む者も居た。
……しかし、それら全ての勇者は、初めから勇者だった訳ではなかったのだ」
「……どういう、事ですか?」
遠慮気味にこんにゃくを咀嚼しながら、築和が尋ねる。 大将は、鎧兜のせいで表情こそ分からないものの、真っ直ぐに築和を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「生まれた時から勇者であった者など居ない、という事だ。 そもそも"勇者"とは、数多の苦難を乗り越え、冒険し、何をも恐れない勇敢さを手に入れて初めて成るものだ。 ……厳しい言い方になるが、その点ではお前たちは"勇者"ではなく、ただの"冒険者"に過ぎない」
「……今のご時世、"勇者"っちゅー存在が、ただの職業や言うてよう勘違いされとるからなぁ」
そっか……と、築和は無意識に呟いていた。 彼自身も、勇者は一種の職業であるとずっと思っていた。 異世界に転移してからというもの、出会う人のほとんどが「自分は勇者だ」と自称していた。 だから、それに合わせる形で自らも勇者を名乗って活動してきたのだ。 勇者という仕事は、自分には向いていない職業なのだと、築和はずっと信じて疑わなかったのだ。
「勇者とは、ある日突然なれるようなものではない。 ……逆に言えば、幾多の冒険を乗り越え、試練に立ち向かって行く覚悟さえあれば、どんな者であろうと、勇者になる為の道は開けるのだ」
「勇者になる為の、道……」
勇者、という存在の意味を確かめるようにその言葉を繰り返しながら、築和は自分の右手に視線を移した。
ボロの剣を握って、何度もクエストに挑戦しては、何度もやられ、いつまで経っても成果をあげられなかった。 それでも、この右手が剣を手離す事は無かった。 傷ついて、倒されて、挫折して……それでも、諦めずに何度も立ち上がった。 何も取り柄の無い僕だから……だから、せめて勇者として強くなりたい! そんな意志が、築和の中にもあったことを思い出していた。
「……ウチはなぁ」
牛スジの串を口に加えながら、東風野が昔の事を思い出すように、築和に話しかける。
「元々、オトンが築和はんと同じ異世界から来た勇者やってん。 ウチの名字とこの関西弁は、それが由来や。
……でな、オトンは自分の子供をどーしても勇者にしたかったらしいねん。 ほんで、生まれたんが女やったのに、お構い無しでウチを勇者にしてもーた。 せやから、ウチはホンマは好きで勇者やり始めた訳やないんや」
せやけどな……と、東風野は一呼吸置く合間にビールをグイッと飲み干してから、
「勇者、案外悪ないで? こうして仲間とアホみたいに騒いだり、オモロいクエスト出来たりするしな!」
ニカッと、楽しそうに笑う東風野。 彼女にとって勇者とは、毎日を楽しく過ごせる、そんなかけがえの無い存在なのかもしれない。 満面の笑みで語る東風野を見て、築和はそう思った。
「……俺も、カラーシ騎士団の一員なんて立派な肩書きはあるッスけど、一人前の勇者には程遠い存在ッス。 だから、俺も築和クンも、立派な勇者を目指して頑張る仲間って事ッスよ!」
「コンヌさん……」
築和とコンヌでは、圧倒的に実力に差があるだろう。 それでも、勇者を目指す者という点では同じだ、とコンヌは言った。 実力もキャリアも関係なく、誰しもが立派な勇者を目標にして闘っているのだ。 築和は改めてそれを確認した。
「……勇者なんて、大した存在じゃねぇさ。 俺から言わせりゃ、やっぱりただの職業でしかねぇ」
屋台の端で、いつの間にか煙草を取り出してふかしていたエグーが、ボソリと呟いた。
「……だが、勇者になって何を見つけるかはソイツ次第だ。 冒険して、闘って、働いて……その中で得た"自分だけの何か"ってのが大事なんじゃねえか?」
チラッと築和の方を見て、ニヤリと口角を上げるエグー。 その言葉には、ベテラン勇者である彼の信念のようなものが込められていた。 誰もが同じ勇者になる訳ではない。 そこで得た経験や知識は自分だけのものであり、それが勇者に近づく為の一歩なのかもしれない、と築和は思った。
大将と、三人の勇者たちの話を聞く中で、築和は、自分は変われるのではないか、という予感を抱いていた。 気を利かせて、大将が皿に取ってくれたちくわに視線を落とす。 斜めに切られたちくわが、不思議と勇者の剣の形にそっくりなように見えてきて、思わず笑いがこみ上げる。
「……僕でも、立派な勇者になれるかな……?」
ちくわを箸で掴みながら、誰に対してでもなく呟く。 そんな築和を見て、三人の客たちはクスッと笑いつつも、コクリと力強く頷いた。
「お前は今、勇者としての第一歩を踏み出したばかりだ。 ……さればこそ、その可能性は無限だ」
大将も、そう言って力強く頷いた。 それを聞いて、まるで心の枷でも外れたかのように、ぱあっと明るい表情になる築和。 この屋台に来てから、築和が初めて見せた満面の笑顔だった。
「僕……もうちょっとだけ頑張ってみます。 勇者として、強くなれるように……!
今日、ここに来て……皆さんに出逢えて良かったです! ありがとうございました!」
「なんやなんや~? 可愛え事ゆうてくれるやないか~、このこのぉ!」
「フンッ……ま、せいぜい頑張るこったな。 ……あ、大将、ビール追加で」
「うっし! それじゃあ今日は、皆で朝まで飲むッスよ~!」
小さなおでん屋台に、再びワイワイガヤガヤと活気が戻る。 こうして勇者たちは、喜びや不満などを語らいながら、楽しそうに夜の一時を過ごすのであった。
「……じゃ、今日はこの辺でお開きにするか」
「えー! 朝まで飲むって言ったじゃないッスかー!」
「文句言っとらんと、帰るで! ほな、大将おおきに~!」
口々に別れの言葉を言って、帰っていく客たち。 その中で、築和は一人、帰る前に大将のもとへ駆け寄ると、
「今日は、ありがとうございました! それで、その……また、お邪魔しても良いですか……?」
「無論だ。 またいつでも来るが良い、新米勇者よ」
「……はい! ありがとうございますっ!」
そう言って、築和は笑顔で駆けていった。
日が替わってしばらくした頃。 流石に朝まで屋台を広げている訳にもいかないので、大将は帰路につく客たちを見送ってから、黙々と屋台を畳み始めた。 余った具材や種を容器に詰め替えたり、テーブルを片付けたりする大将。
そんな大将のもとに、バサバサバサ……という風切り音が近づいてきた。
「━━━クォンブーダ様!」
「……ネギーよ、ここは一般市民が住まう村の中だ。 不用意にその名を口に出す事は慎め」
「はっ! し、失礼いたしました……」
ネギー、と呼ばれたその男は、村の文化に不釣り合いな赤いスーツに身をまとい、紫色の羽と二本の角、長い尻尾を生やしていた。
「しかし、いつまでこのような事を続けるおつもりでございますか? 人間界の偵察が目的とは言え、貴方様の正体がバレては一大事なのですよ? 弟のカツォーダ様もお困りです」
「分かっている。 ……私も十分に注意を払っているつもりだ」
ふぅ、とため息をつきながら、ずっと被っていた鎧兜を外す大将。
その鎧兜から、赤色の眼光をした歪な形をしたドクロの頭が現れる。
「それにだ、これは単に偵察だけが目的なのでは無い。 様々な勇者に出逢い、言葉を交わし、彼らが成長する様を見届ける。 ……それは、私にとっての楽しみでもあるのだ。
この先、どのような勇者が私に挑んでくるのか、見定める意味でもな」
「程々になさって下さいね。 ……貴方様は、この世界の半分を支配する、"魔王"なのですから」
屋台ののれんを下ろしながら、大将━━クォンブーダ・シー3世はやれやれと頷いた。 片付けを終え、ふと、先程まで言葉を交わしていた勇者たちが帰っていった方向に目をやる彼。 それから、何を思ってかコクリと小さく頷いて、何事も無かったかのように振り返ると、クォンブーダは屋台を引いてネギーと共に魔王城へとワープした。
夜明け前。 閑散としたデウォン村の一角には、もうおでんの屋台は見当たらない。
そうして、今日も平和に、デウォン村は朝を迎えるのだった。
END