人気作家と創作動機
僕はとある小説投稿サイトで常連になっている。もう随分と前の話だけど、僕が投稿した作品に感想がついた。どんな内容かと思って読んでみると、感想よりも自分の作品の宣伝がメインで、しかも僕の作品には低い点数を付けていた。
まぁ、気を悪くするのは当り前。そしてそれと同時に僕は自分の作品はそんなに悪かっただろうかと軽くショックを受けたのだった。ところが、その人のページを見てみて、低評価の理由が分かって少しばかり安心をした。
その人は僕だけじゃなく、他の人の作品にも同様に低い点数を付けていたのだ。いや、むしろ僕の作品の評価はその人の中では高い方だった。
「これはこれは……」
と、僕は呟いてから、“絶対にこの人は叩かれるな”とそう思った。
すると案の定、数日後にその人のアカウントは消えていた。恐らくは、何処かで炎上かなんかして退場を余儀なくされたのだろう。
それからまた少し経った頃、同じ様に感想欄に宣伝メインのコメントを付けて来た人がいた。今度の僕の作品に対する評価は高かったけど、まぁ、それでも“宣伝したいだけ”というのは明らかだったから問題がありそうだな、なんて思っていたら、やっぱり数日後にアカウントが消えていた。多分、どっかで叩かれたのだろう。
説教くさくなりそうだから止めておいたのだけど、“少しくらい忠告をするべきだったかもしれない”と僕はそれを見て反省をした。そして同時に“こういう事をやるんなら、もっと巧くやればいいのに……”とも思ったのだった。
……例えば、うちの弟みたいに。
僕の弟も僕と同じ様にその小説投稿サイトの常連だ。ただし、僕と活動スタイルは大きく異なっている。
「兄貴、このサイトって、点数をくれる仲間を見つけた方が手っ取り早くない?」
なんて事を奴は言った。その頃、弟はまだ小説投稿をし始めたばかりだった。
「うん? まぁ、そうだろうな。組織力がある方が有利になると思うぞ? まぁ、そういう行為は禁止されているし良くも思われないだろうけど」
僕はそう返したけど、「バレないようにやる手段くらいいくらでもある」というニュアンスをその言葉に含ませてもいた。
まぁ、もっとも、僕にやる気はない。やり方を考え付きはするが、それを実現できる程のコミュニケーション能力がないし、そもそもそういうのが好きじゃないからだ。
ただし、弟は違っていた。弟は人間関係に器用な方だし、そういうのを楽しんでしまう性質でもあった。そして、数日後。弟は“それ”を始めていたのだった。
まず弟がやったのは、互いに点数を入れ合う仲良しグループを見つける事だった。仲間を見つめる為に、こちらが点数を入れたり感想を書いたりしても相手が“お返し”をしてくれないのだったら意味がない。当てずっぽうにやってももしかしたら効果があるかもしれないが、既にそういう関係が出来上がっている“仲良しグループ”を見つけてその仲間に加わった方が、効率が良いのは言うまでもないだろう。そして、上位に入るような作品を投稿している人間の周辺を探せば、そういう“仲良しグループ”は比較的楽に見つけられるのじゃないかと、どうやら弟は考えたらしかった。
もちろん、“点数が欲しい”という臭いを感じさせたらいけない。それに、上手く仲間の一員として認められるように立ち回る必要だってある。だが、その点は心配いらなかった。さっきも書いたけど、弟はそういうのが巧みなのだ。
仲良しグループを見つけると、弟は当り障りのない感想を書いたり、点数を付けたりして、徐々にその仲良しグループとの距離を詰める。そして、そろそろ馴染んできた辺りで、
「どうやったら、もっと良い作品になりますかね?」
なんて感じで、点数をくれとも何とも言わないで、そのグループの二番手三番手辺りに相談をしたのだ。本当にアドバイスが欲しかった訳じゃない。その人の自尊心を満足させつつ、点数を貰える流れに持っていくのが狙いだ。そして弟の狙いは見事に的中した。弟がそのアドバイス通りに作品を書くと、自分のアドバイスに従ったと思ったその人は、気を良くして弟の作品に高得点を付けたのだ。当然、仲良しグループの他のメンバーがそれに続き、更にその周辺にいる価値観を共有したいと思っている読者達もそれに続いた。
それを何度か繰り返すうち、弟は上位ランカーの常連の一人となった。そして、運もあったのだろうが、ついにはデビューが決まってしまったのだった。
正直な話、弟にどれだけプロになりたいという気持ちがあったのかは分からない。弟にはそういう“企み”自体を楽しむというようなところがあるから。ただ、デビューが決まった当時ははっきり言って浮かれていた。恐らくは、「これで会社勤めなんかしなくても生きている」なんて思っていたのじゃないだろうか?
ただ、僕はそれをシビアな目で見つめていた。
弟は確かに小説を書くのが好きかもしれない。だけど、その動機の大半は、“人気者になりたい”だと思う。プロになる動機だって、楽な生活手段を得られるとか、そんな感じのような気がする。だからこそ僕には疑問だったのだ。
果たして、それで“小説を書く”モチベーションが保てるのだろうか?
ある人に言わせれば、小説家という職業は並大抵の精神では務まらないのだそうだ。売れなければ生活ができないというプレッシャー。アイデアの枯渇との戦い。そして、自分の作品が本当の意味で社会に出す価値があるのかという疑問……
小説家になった経験もない僕が言う事じゃないかもしれないけど、かなりの強い動機付けが必要なはずだ。
例えば、自分の小説の社会的価値を高める事にその動機付けがあったのなら、人気が出なくても、人気のある状況に慣れてしまって、もうそれほど嬉しくなくなっても、或いはモチベーションを保てるかもしれない。社会に良い影響を与える為に小説を書き、それを生き甲斐にできるかもしれない。
だけど、弟にそんな動機付けがあるようには思えなかった。
動機付けの欠如が原因かどうかは分からない。或いは、期待した程の収入にならなかった事も大きかったのかもしれないが、どうであるにせよ弟の創作活動はしばらくすると低下していった。もちろん収入だって減る。普通に会社勤めをしている僕にどれくらい収入があるのかを聞いて来たりして。
ところがだ。僕が「もう、これは駄目かな?」なんて思い始めた辺りで、弟は新たな動きを見せたのだった。
「兄貴。俺、同人誌を作る事に決めたんだよ」
僕はその言葉に驚いた。
「は?」
と、返す。間抜け面の僕に向けて、弟はこう言って来た。
「同人誌ってあんなに薄いのに、千円とかで売れるんだぜ。出版社に稼ぎを奪われないし。絶対にこっちの方が効率が良いって。
もちろん、俺だけが書くんじゃない。他にも才能のありそうな奴をスカウトするんだ。ちょっとエロ方面の絵とか漫画とかも載せたりしてさ。俺のプロ作家のネームバリューがあれば宣伝効果もバッチリだし、上手くすれば大金が転がり込んでくるぞ」
僕はそれを聞きながら思っていた。
“いやはや、たくましい……。まさか、こんな活路を見出すとは”
もっとも、こーいうのを同人ゴロというのかもしれないけれど。まぁ、方向性はどうあれ、このモチベーションは凄いと僕は思った。
ちょっとプロになったくらじゃ、そんなにネームバリューはないと思います。同人誌を出してもあまり売れないと思いますので、ちゃんと宣伝しないとダメですよ。
って、そもそもこんな事を考えている人はいないか。