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第参幕

 終礼が終わり、生徒達が思い思いに帰宅の途に就く。


 ハッピーは中庭の掃除当番からまだ戻って来ていなかったので、ラインに『用事があるから、先にファミレスに行っといて。』と連絡を入れておいた。


 帰りの準備を急いでして、特進クラスに向かう。


 昼休み中に山野を探しに特進クラスに向かったが、山野は不在だった。誰かに山野の行き先を聞こうと思ったが、特進クラスに知り合いもいないし、話しかけ安そうな奴も見当たらなかったので止めておいた。


 2階の一番東側の教室である2年1組(特別進学クラス)の教室に着く。クラスの中にはまだ、半分くらいの生徒が残っていた。教室の中を見渡すと、窓際の一番後ろの席に座って窓の外をぼんやり眺める山野の姿を見つけた。

 教室の中に入り山野の元に歩いていく。小声で「山野」と呼び掛けると、少しびっくりしたように山野が振り向く。


「お前、なんで昨日何も言わずに帰ったんだよ!」

 山野が困ったような顔をして視線を反らす。山野の視線の先を追って教室内を見ると、何人かの生徒達が『何事か?』とこちらを訝しげに見ている。


「違う場所で話しましょう。」

 席を立ち山野はスタスタと歩き出した。急いで山野の後を追う。

 廊下は下校の生徒達でごった返している。山野は生徒達の間を器用に誰にもぶつからずスルスルと抜けていく。

 一階に降りて特別教室棟に続く渡り廊下まで来たところで、やっと山野に追い付いた。


 突然、山野が立ち止まりこちらを振り向く。

「教室では私に喋りかけないで下さい。」

「えっ!?」

「私と話していると変わり者と思われますよ。」

 こいつ変わり者の自覚はあるんだな。


「あぁ、わかったよ。ところでどこまで行くんだ?」

「美術室に行きます。」

「今は立ち入り禁止で入れないんじゃないか?」

「大丈夫です。」

 それだけ言って、再び山野が歩き出そうとする。



「おい!コウ!」

 聞き覚えのある声に呼び止められ、声がした方向を見ると二階の窓から遼太郎とハッピーが顔を出していた。


「どこ行くんだよ、用事は済んだのか?」

「終わってねぇよ、今から山野さんと美術室に行ってくるから、終わったらラインするよ。」

 俺の返答を聞いて二人で何かを話している。


「今日はコウの奢りだから早く終わらせて来いよー」

 二人で並んでこちらに手を振っている。本当に仲の良いことだ。

 後ろを振り向くと山野の姿はすでになく、渡り廊下をスタスタと歩き出していた。慌てて山野の後を追いかける。


「お友達ですか?」

 遼太郎とハッピーのことを言っていると解り。

「あぁ、二人とも高校に入る前からの知り合いだよ。」

「そうですか。」

 山野はいつも通りの素っ気ない態度だったが、心なしかその表情に何か寂しさのような物を感じた。






 朝のように鍵は掛かっておらず、すんなりと美術室に入ることができた。天井を見上げると穴があった場所は、大きな段ボールをガムテープで止めて穴をふさいであった。三鷹先生が応急措置をしといたのだろう。

 山野が美術準備室のドアを数回ノックする。

「はいはーい」と中から三鷹先生の明るい声が聞こえる。


 ドアを開け美術準備室に入ると三鷹先生は奥の椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。コーヒーの良い香りが鼻に流れ込んでくる。


「二人ともいらっしゃい。コーヒー飲む?」

 三鷹先生の反応は、まるで俺と山野が来ることをわかっていたかのようだ。


「私は大丈夫です。」

「あっ、俺もいいです。」

「あら、遠慮しなくてもいいのに。まぁいいわ、二人とも適当に座って。」

 三鷹先生に促され近くの椅子に座る。


 三鷹先生は自分のトートバッグの中から電子タバコの機械をとり出し、一息吸ってからゆっくりと水蒸気の煙を吐き出す。電子タバコの独特な匂いがモワッと香る。

『三鷹先生ってタバコを吸うんだ』と少し驚きながらも、三鷹先生のあまり知られていない情報を知ったことに、ちょっとばかりの優越感を感じる。


「先生、校内は禁煙ですよ。」

「もうー、さっちゃんは真面目だね。」

 フゥと煙を一度吐き出してから、電子タバコを専用のケースにしまう。山野のことをさっちゃんと呼ぶぐらいなのだから二人の仲は親密らしい。


「私が学生の頃なんて、普通に美術室で先生がタバコ吸ってたんだけどなー。」

「昔を懐かしむようになったらおばさんですよ。」

 サラリと酷いことを言う奴だ。三鷹先生は特に気にすることもなく、あははと笑っている。


「ところで、大変だったらしいね。真下君。」

 三鷹先生の発言でここに来た理由を思い出す。


「そうだ!三鷹先生と山野に色々と聞きたいことがあるんです。」

「いいよ、先生になんでも聞きなさい。答えられることはなんでも答えてあげるから。」

 山野は特に何も言わずに、真っ直ぐこちらを見ている。


「俺達が昨日、この部屋に閉じ込められたことは知ってるんですよね。」

 三鷹先生は黙ってうなずく。


「あれは、いったいなんだったんですか?」

 先生は少し考えてから喋り出す。


「真下君は勿怪ってわかる?」

「もっけ・・・ですか?聞いたことないです。」

物怪(もののけ)、妖怪、地域や伝承によっては神様と伝えられることもあるような存在。それらの不可思議な存在達をまとめて勿怪と言うの。」

「えーと、その、つまりはその勿怪が俺達を美術準備室に閉じ込めたと言うことなんですか?」

「『閉じ込めた』とはちょっと違うかな。どちらかと言えば『閉じ込めてくれた』と言った方が正解ね。」

 三鷹先生の言った意味が解らずに首を捻る。


「勿怪はね、誰かの『思い』や『願い』に反応し、それを叶えてくれる存在なのよ。ただその叶え方は殆ど場合、歪な形で叶えられてしまうの。」


「思い・・・」

 もしも昨日、あんな不思議な体験をしていなければ、こんな話を信じていなかっただろう。逆に妖怪や神様が原因と聞いて妙に納得できた。


 山野の方にこっそり視線を動かす。山野は自分の膝の上に置いた手をジッと見ている。


「じゃあ、誰が俺達を閉じ込めてくれと願ったんでしょうか?」

「さっちゃん。」

「えっ!?」

 驚きで山野を見る。


「・・かもしれないし、真下君かもしれないし、私かもしれない。」

 三鷹先生の続く言葉に頭が混乱する。


「かもしれないって、どう言うことですか?」


 三鷹先生はコーヒーを一口飲んでから話を続ける。

「歪な形で叶えられた願いは、願った本人でも、それが自分の願いの結果なのか判断できない事があるのよ。」


 三鷹先生の話を聞いて、『俺は何か願ったのだろうか?』と思い出す。よく考えてみれば、俺はいつでも何かを願っているかもしれない。『お金が欲しい』、『可愛い彼女が欲しい』、『成績が良くなりたい』、『眠りたい』とか、しょうもない願いを上げればキリがない。と言うか、良く考えれば何も願っていない人間なんているのだろうか?


「まぁ、二人とも何事もなくて良かったわ。天井は大変なことになったけど。」

 三鷹先生は苦笑いして天井を見上げる。

 美術準備室の方の穴は段ボールで塞がれていないので、大きな穴が天井に開いているのが見える。


「すみません。」

 不可抗力だとしても、学校の天井を壊して、さらにはその事を隠してもらっていることは本当に申し訳なく思う。


「大丈夫よ。うまくやっておくから。それより他にも聞きたいことがあるんじゃないの?」

 イタズラっぽく笑いながら俺の目を見て問いかける。


「三鷹先生は、いや、山野もですが、二人は何者なんですか?」

 山野は相変わらず何も喋らないまま、自分の手をジッと見ている。


「私は只の美術教師でさっちゃんは普通の学生。ただ、私達は境界の向こう側に少しだけ触れた事があるだけ。」

 境界と言う言葉にドキリとさせられる。


「真下君、あなたも境界の向こう側に触れた事があるんじゃないかしら。」

「えっ!?あっ、はい。良くは覚えてないですが、たぶん。」

 なぜそんな事がわかるのだろうか?そんな疑問の表情を浮かべていると、山野がこちらの様子に気付いて答える。


「あなたは見えなくて良い物が見えてるからよ。」

山野がボソリと呟く。


「見えなくて良い物っていったい何のことだよ?」

「・・・」

 山野はそれ以上何も言わない。


「さっちゃん!真下君を怖がらせないの!」

 三鷹先生が俺の方に顔を向け再び話し始める。


「真下君は境市は境界の街って話を誰かに聞いたことない?」

「昔、祖母にそんな話を聞いた事があります。」

 俺の返答を聞いてフンフンとうなずき、三鷹先生は再び語りだす。


「この街は、あちらとこちらの世界を隔てる境界線でもあるけれど、出入り口でもあるの。だから色んなもの達が入って来たり、出ていったりする。」

 先生の話を聞いて、なんとなく国境線のような物を思い浮かべる。


「そんな行来の多い場所だから、望む望まないにしろ、あちら側の者に触れてしまう事があるのよ。真下君も昔、偶然に勿怪に行き逢ってしまって、それからあちら側を感じやすくなったんでしょう。」

 三鷹先生にしても祖母にしても、あちら側の存在をあまり恐ろしいものとは考えてないようだ。不可思議な存在ではあるが基本的に人間に害をなすようなものではないということなのだろう。


 しかしながら、17年間この街で暮らしてきたのに知らない事だらけだ。すごい体験をしたと思っていたが、実は皆も言わないだけで同じような不可思議な体験をしているのだろうか?そんな事をぼんやりと考えていると、隣に座っていた山野がガタリと立ち上がる。


「話は終わったようなので私は帰ります。」と言ってスタスタと美術準備室を出ていった。相変わらずマイペースな奴だなと呆れて先生を見ると、三鷹先生はフフッと笑っていた。


「あの子、本当に恥ずかしがりやで、特に同年代の男の子が近くにいるだけで緊張しちゃうの。だから、真下君に対してあんな態度を取っちゃうのは、何もどうしていいかわからないだけで、真下君のことが嫌いって訳じゃないわよ。むしろ気に入られてると思うけどね。」


 気に入られてる!?あいつに気に入られているなんてどうしても思えない。三鷹先生はああ言っているが、山野は俺の事を嫌っている、もしくは興味のない奴だと思っているはずだ。そうでなければ人付き合いのスキルをどこかで落としてきたとしか考えられない。


「その顔は信じてないな。」

 三鷹先生が俺の顔を間近で覗きこんで来る。距離の近さに思わず自分の顔が熱くなるのがわかった。


 慌てて三鷹先生から顔を反らし。

「じゃ、じゃあ俺も行きますね。」

 と言ってそそくさと美術準備室を後にした。







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