表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王子殿下の麗騎士

作者: せおはやみ

 私の名前はエレンシア・バルトリーデ、国立学校の学生だけど騎士を目指しています。

 女性なのに騎士? と思うでしょうが、小さな頃からお転婆だじゃじゃ馬だと言われてた私には天職です。

 家族にもお似合いだと言われますが、自分でもお転婆だったと認めざるを得ないので反論の余地はありません。

 幼少の頃を思い出すと赤面するような事だらけで、思い出話に語られて今でもよく笑われています。



 我が家は歴史と土地の規模だけなら伯爵級と言われるヴァレスト王国の南部の端にある豪族出身のバルトリーデ男爵家。

 その一人娘として育てられたのですから、一応は父上も母上も貴族令嬢としての教育は施そうと家庭教師をつけました。

 母上は恋愛結婚の末に嫁いで来られたのです。

 そうでもないと城壁都市が一つしかない田舎の男爵家に嫁ぐなんて信じられない程に今でも可憐という言葉が似合う母上。

 元伯爵家の令嬢として教養を身に着けた方なので、自分の子供にも同じように教育すれば良いと思われたのでしょう。


 ですが親が可憐だったり優れていたりしても子にその才能が受け継がれるとは限らないのです。

 私は絵画を書けば人を題材にしているのに猫かしらと言われ筆を折り、楽器を演奏すると不協和音が鳴り響き自ら楽器を禁止し、刺繍をすれば糸が絡まり無駄と知り、編み物をすれば体が縛られる恐怖を体験して、詩文を作れば失笑を誘う悲しみだけが残り、料理に至っては摘み食いをした父上が倒れる程の腕前を披露した事で記憶と腕前を封印しました。


「私の可愛いエレンの料理で逝くなら本望、わが生涯に一遍の悔いなし」

「あなた、気を確かにもって、しっかりしなさい親馬鹿の名が泣くわよ」

「父上も母上も、無理は駄目。

 やっぱり料理は辞めて、お爺様と鍛錬してくる」


 まさに令嬢らしさは壊滅的と言っても過言ではありませんでした。

 その代わりと言っては何ですが、豪族の血が覚醒したようです。

 ある意味一族らしくないと言われた優しい学者肌の父上と貴族令嬢の見本のような可憐な母上の真逆をいく才能は幼少時代には既に開花していました。





 男爵領は雄大な山を南に持ち、広大な森と肥沃な大地、そして川から繋がる海がある自然だけが取り柄の土地です。

 城塞を持つ都市も一つだけ。

 特産品といえる程の物も無いけれど、農業、林業、漁業は優れた領地経営の才を持つ父上の代でさらに生産力を高め今では王国有数の生産地帯になっているそうです。

 そんな大自然豊かな野山を子供の頃から駆け巡っていた私の才能は先祖代々優秀な戦士として名を馳せた一族の血が齎したものです。


 まだ少女と言っていい七歳の頃。

 長剣の替わりに手に持ったのはお爺様特製の木剣、騎馬の代わりに跨っているのは対決の末に屈服させ餌付けしシルフィードと名付けた魔物の犬、ファングドッグ。

 王都から避暑で遊びに来ていた兄妹を子分にして一緒に遊びまわっていました。

 知り合った切っ掛けはシルフィードに絡まれている所を私が飛び蹴りで助けに入った事。




 日課の森の中で果物を取ったりしながらの巡回をしていると唸り声と子供の声がしたの。


「グルルルル」

「クッ、まさか街道でファングドッグが出るなど想定外だっ」

「おにいちゃま!」


 一匹のファングドッグが森から出てきたみたい。

 男の子の方が女の子を庇って前に出てるけど武器も持ってない。

 私は音を消して駆け出した、都合の良いことにファングドッグは男の子と女の子に注意が向いているのか私に気が付いていない。


「大丈夫だ、この兄が――」

「バルトリーデ流――」

 ――バキッ

「キャウン」

「飛閃脚!」

 ――ザザ―

「付いている、あれ?」

「ほぇ?」


 お爺様直伝の武技が鮮やかに決まった。

 ファングドッグは吹っ飛んで、戦意を失って腹を見せている。

 まったく遊ぶにしても、ファングドッグも倒せないならもっと街の方で遊ばなきゃ駄目じゃない。

 どうしても入り込んでくるんだよね、このファングドッグ達って。


「あ、ありがとう助かった」

「おぉぉぉ、かっくいいい」


 話を聞くと王都から避暑に来たのだけど妹のセレスちゃんが別荘を抜け出して冒険に出ようと思ったらしい。

 私と気が合いそう、見た目はフリフリのお洋服なのに好奇心旺盛なんだ、これは子分決定ね。

 兄の方はルル君、私と同じ年齢だそうだ、面倒見がいいお兄ちゃんで妹を守る気概はある、ちょっと頼りない感じだから鍛えてあげなきゃ。

 何となくだけど父上みたいな雰囲気だから武芸は得意じゃなさそう。

 うにゅ? さっき犬を蹴飛ばした辺りから変な視線が……。


「誰?」

「ほぇ?」

「ん?」

「ホッホッホ、これはこれは、参りました。

 気づかれてしまいましたな」


 現れたのはちょっと白髪が混じったおじさんだった。

 父上のお仕事を手伝っている爺と同じような服装だ。


「爺!」

「じぃやだ!」

「知り合い?」

「うん、爺やは僕らの執事だよ」

「じぃやはじじゅちゅなの!」

「ホッホッホ、この爺も一緒に冒険の仲間に入れて下され」


 むむ、なんだかお爺様と同じ感じがする。

 自然体で立ってるけどこの人は強い。

 そうか、この人が見守ってたんだ。


 セレスちゃんが「じぃやは仲間!」と宣言したので一人パーティーが増えた。

 ルル君も「セレスがいいなら問題はないよ」と言っていた。

 お爺様と同じぐらい強い人が一緒なら安全だし、何か教えてもらえるかも知れない。

 お稽古事は余り好きじゃないけど、体を動かす習い事は大好きだもの。

 セレスとルル君が避暑に来るたびに街や村にいる子分の子供達も一緒に何度も遊んだ。


 セレスは可愛い。

 大事な妹分になっていたし、ルル君の妹だ、深い意味は無いけど姉妹の契りを交わす程になった。

 ルル君は相変わらず弱かったけど頭がいい。

 戦争ごっことかだと戦えないのに強い。


 私の得意じゃない事を簡単にやってのける。

 絵を描けば景色がそのまま切り取られたように見えるし、楽器を奏でたら周囲に妖精が集まる程に素晴らしい音色を響かせ、刺繍や編み物もやった事が無かったのにセレスに付き合ってやったら凄く素晴らしい作品を作ってしまった。

 詩文や他の事も卒なく熟す。

 剣を使ったりするのは相変わらずだけど、二度目の夏には馬には乗れるようになってたし、舞踊も華麗に振る舞う位には成長していた。

 キラキラしていて、子分だけどちょっといいなって思うぐらいにはなっていた。




 これは、私の封印したいけどさせてもらえない過去の汚点だ。

 時折この頃の事をネタにして揶揄われる。


 二人の正体を知った時には驚いた。

 貴族の子息令嬢は必ず王都の国立学校に通う事になっているのだけれど、入学式の前に声を掛けたら周囲の空気が固まった。

 誰、何者、やたらと親しいのは何故と。


 ルル君と呼んでいたのはシャルル様。

 本名がシャルル・ローエン・ヴァレスト。

 ヴァレスト王家、第一王子様だった。

 驚かせようと思ったんだって言ってた。

 うん、驚きすぎて思わず拳骨で頭を叩きそうになった。

 踏みとどまった私は偉いと思う。


 勿論妹のセレスも王女様でセレスティーナ・オリヴィエ・ヴァレスト。

 そう、王女殿下と姉妹の契りを交わしていた。

 私は一五歳にして凄い秘密が出来てしまっていた。


 手紙で実家に問い合わせたら当然のように両親は知っていた。

 一応は例の執事の爺やさん、侍従長という立場の人が手をまわしていたとか。

 幾らなんでも数年も立てば自然に気が付いているものだと思っていたそうだ。

 流石ホンワカカップルな両親だ、娘はそこまで敏くないよ。


 お爺様に至っては侍従長と拳で語り合う仲だそうで、気づいていながらも楽しんでいたのだとか。

 避暑地に田舎の男爵領が選ばれたのはお爺様との関係があったからだということで、二人と知り合えたのはお爺様のお陰だとは思うけども、シャルル様を殴れない分も上乗せして絶対に一撃叩き込もうと誓った。




 国立学校の生活は波乱万丈と言っても良かったと思う。

 まずシャルル様が私に凄く親しげにする事について。

 子分とまで言っていたシャルル様だが、恐れ多くも第一王子殿下で卒業されれば王太子殿下になられる方だ。

 密かな思いもへったくれもない。

 男女を超えた親友という付き合いだ。

 国立学校にいる間は身分の上下を問わず接して構わない。

 シャルル様は賢いので高等教育も楽勝、但し相変わらず武芸は駄目。

 なので勉強を教えてもらい、武芸については訓練相手を務めるという関係になった。


 そんなある日、シャルル様の学友の一人と対戦して吹っ飛ばした。

 なんだか訓練をするにも立場がどうこうと煩い男だったが相手にするほどの腕ではなかった。

 他にも勉強を教えてもらうのが恐れ多いとか、なんだかんだと文句を述べる者がいたがシャルル様が此方にくるのだから仕方がないと思う。

 文句があるならシャルル様に言わなきゃ意味がないのにね。


 一向に変わらない日々が続いたので、事態は益々悪化するかと思ったのだけど、何故か急速に沈静化した。


 思い当たる事といえば折角王都にいるのだからと毎週のようにセレスティーナ様からお茶のお誘いを受ける事になった事だ。

 当然だが行先は王宮。

 慣れないドレスを着るのが大変だと告げたら、私が普段に着ている騎士を模した物でも大丈夫だと言われた。

 気兼ねなく王宮に上がり続けているといつの間にやらセレスティーナ様のご学友になっていた。


 子分の面倒を見る立場からのクラスチェンジだ。

 立場が上がったのやら下がったのやら良くわからない。

 一緒にお茶をするのはセレスティーナ様と同じ年齢の子ばかりで、子分というか妹が増えたもの。

 セレスティーナ様とは姉妹の契りもした仲だが、更に妹分がこうして増えてセレスティーナ様を含めてお姉さまと呼ばれている。


 それからしばらくして何故か学校の上級生の方々からもお姉さまと呼ばれるようになった。

 年齢が上だから可笑しいのではないでしょうかと告げたのだけど、姉と慕う相手をお姉さまと呼ぶのに年齢の上下は関係ないと力説されたので、そういうものらしいと納得することにした。


 不思議なものでその中に意外な方がいた。

 綺麗なブロンドヘアで縦ロールという貴族令嬢の見本のような公爵令嬢のお嬢様として有名なエリザベート様。

 最初の頃シャルル様との関係を根掘り葉掘り尋ねて、田舎の男爵さんねオーッホッホッホと高笑いをされていた筈なのだが、気が付いたら私の事をお姉さまと呼んでいた。


 どうやら王宮に来た際に私の姿を見たそうだ。

 私としてはドレスを見事に着こなして優雅に微笑む彼女こそお姉さまとお呼びすべきではないかと思い、そう告げたのだけれども「方向性の違いですわ」と仰って是非お姉さまと呼ばせて欲しいと懇願された。


「お姉さま、ぜひ喋り方をもう少し凛々しくされると尚よろしいかと」

「そう? ならばこんな風だろうか」

「ええ、ええ、実に素晴らしいですわ――これは大至急会報に、そして会員にお届けせねばっ」

「エリー大丈夫? 最近忙しいいみたいだけど」

「オホホホ、大丈夫ですわ。

 お姉さまに心配して頂けるなてなんて幸せなのでしょうか。

 お任せください、すべてはこの私が取り仕切ってみせますわ」

「んー? ありがとう?」


 今ではマナーなどはエリーに習い、私が護身術を教え、ダンスの授業などでは常にパートナー役を務める間柄という親友になった。

 良く知らないのだけど、貴族令嬢の集まりの会報の作成や会長職などに就いているらしく忙しいのに関わらずこうして私との時間を作ってくれる大事な友達だ。

 茶会の準備や貴族としての付き合いも彼女が相談に乘ってくれたり、色んなお誘いを私にも勧めてくれるので周りの噂を気にせずに集中して鍛錬に励めるのも彼女のおかげだったりする。

 本当に有難うエリー。



 元々学校も決まった服装をする必要も無いので周囲の勧めもあってエリーが用意してくれた白い騎士服で通うようになった姿を見たシャルルが唖然としていた。


「エレン似合過ぎだよその恰好、どうしたの」

「皆に勧められて着てくることになった。

 動きやすいから悪くないのだけど、益々貴族令嬢から離れている気がする」

「うーん、私としてはエレンのドレス姿の方が好みなのだけど、その服装も捨て難いな」


 好み好み、好みって好きってこと!?

 イヤイヤイヤ、好みっていうのはその方が好ましいって事で。

 ドレスもいいけどこの格好も悪くないって事。

 ルル君として子分にしていた時は将来を夢見た事もあったけど、身分が違い過ぎるもの。

 こんなセリフ一つで浮かれていたらこの先大変だもの。

 シャルル様はルル君時代から私を煽てるのが上手いなのだから。





 二年目になってシャルル様は生徒会長に選ばれ、私が風紀委員に選ばれた。

 シャルル様はその知性とカリスマ性で選ばれ、私は単純に国立学校で一番という戦闘能力評価による抜擢だ。


 しかし、学校最強といえど、まだまだ私よりも強い者は存在するので慢心は出来ない。

 休みの間に何度挑んでも勝てない我が家のお爺様とか、最近手合わせして頂いた侍従長とか。

 あの二人は次元が違う。

 先日は騎士団の方々と手合わせしたが、あの二人に挑む時程の緊張感は無かった。

 現在対お爺様用に必殺技を考案中だ。



 世間からの評価など、そうした結果も踏まえて最近決心がついた。

 一年どころか数年掛の決心なので誇れない事だ……。

 シャルル様への恋心が消せないのなら役に立つようになればお傍には居られるのではないかと。

 恋心を忘れるまで領地にというのも考えの一つだけれども、私らしくないと思う。

 セレスティーナ様も王都に居るのだし、可愛い妹分を見守ることも出来る良い考えだと思う。

 二年目、私は今までよりも更に修行に精をだした。





 学校生活も三年目になり妹分のセレスティーナ様の入学でますます学校の生活は楽しくなった。

 平穏な日常が続いていくと思っていたそんなある日、私は風紀委員として一人の令嬢を検挙することになった。


 事件の起こりは一部の男子生徒の行動と処罰だった。

 曰く、突然の婚約破棄宣言。

 何の非も無い女子生徒に対して婚約者だった男子学生が婚約破棄すると騒ぎ出した。

 貴族間で交わされた親の取り決めた婚約、貴族の子息令嬢だからこそ当人であろうとも、そんな勝手な振る舞いは許されるものではないし認められない。

 結果として数日の謹慎という対応で男子生徒は家に返された。

 そして同時期に私の元に相談にくる女生徒が増えたのだ。

 何故か最近になって婚約者や幼馴染が冷たくなったと。


 すぐさま風紀委員として事態の調査に乗り出す事になった訳だが、目星は直ぐについた。

 全ての相談者の話に上る一人の女子生徒がいたからだ。

 私は件の女子生徒に問いただすべくサロンを訪問したのだが、目に入った光景はまるで働き蜂を従える女王蜂のような様子で異様だった。

 サロンの中に微かに漂う甘い香り、なんとも鼻につくような嫌な臭いだ。

 王国でも有数の名家に数えられる貴族や商家の子息が侍っている。

 只事ではないだろう。


 そこには顔を歪ませているシャルル様がいた。

 シャルル様は余りサロンを好まれないし、生徒会室にいる筈だった。

 なのに何故こんな所にと見渡せば、以前吹き飛ばした男子生徒や生徒会執行部の中で私に相談があった男子生徒の顔がみうけられた。


「あら、噂の麗騎士様?」

「貴様、殿下に何をしようとしている」

「まあ、この香りの中でも普通に考えられるだけの思考力があるなんて、不思議な方ですわ」

「そこの貴様、殿下の騎士と名乗っていたのは偽りかっ、殿下をお放ししろ」

「フッ、今の私はリリスフィア様の忠実なる騎士、この風紀委員は我らの敵だ、排除するぞ」

「殿下! その者はファングドッグです」

「ハッ!?」


 身を伏せる殿下。

 殿下ならば判ると信じてました。

 私は全力でバルトリーデ流飛閃脚を放つ。

 幼少の頃より鍛え上げた技、一番のお気に入りであの頃よりも格段に威力が上がっている。


「ぐへぇ」

「きゃあぁぁぁ」


 女子生徒を巻き込みながら吹き飛ぶ男子生徒。

 そのまま窓枠をぶち破って気絶している。

 ふう、と一呼吸つくことができた。

 匂いを嗅ぐことが嫌だった為に呼吸を止めていたのだ。


 殿下を外にお連れして、サロン内部に居た者たちを拘束。

 結果としてバルトリーデとは王都を挟んで真逆にあったベクタール男爵の令嬢だったリリスフィアは逮捕される事になった。


 その後リリスフィアの取り調べが開始されたのだが、急報が王都に齎された。

 ベクター男爵謀反、並びに隣国であるドントマージ帝国の侵攻の報だった。


 国境を有するベクター男爵の謀反によってドントマージ帝国からの進行を一時的に抑える筈の砦は機能せず、同時に例の吹き飛ばした男子生徒が騎士団長の息子で責任を取って後任が決まっていなかったり、進行地域の子息などもリリスフィアによる洗脳の餌食となっていた事が影響し、ヴァレスト王国は建国以来最大の危機を迎える事になった。


 王国の騎士団を直接シャルル殿下が率いて迎撃に出る事が決定された。

 副官にはお爺様と侍従長が現役復帰。

 私は王子殿下の護衛として父上の代わりにバルトリーデ軍を率いて遠征軍に加わる事になった。


 父上が娘を行かせるぐらいなら逝くと煩かったので拘束して送り返したけれど私が悪い訳じゃない。

 武力の欠片も無い父上を戦場などに連れていく事など考えられないだけだ。




 セレスティーナ様も、エリーも泣きながらだが私を見送ってくれた。


「兄さまをお願いします、お姉さま。

 私も行きたかったのですけれど……こうなったら王都の事はお任せください、凱旋の準備は整えておきます」

「エレンお姉さま、わたくし、万全を期してお姉さまのお帰りを迎えれるようにしておきますわ。

 どうかお体にご自愛くださいませ」


 まだ戦ってもいないのに確実に勝利すると思っている二人の見送りの言葉に思わず笑みが漏れました。


「シャルル様の傍に私がいる限り心配は無用、必ず勝利して帰る。

 だから笑顔で送り出して、ね」






 ドントマージ帝国は皇帝自らの親征。

 兵力はやや此方が不利、既にいくつかの城を落とされていました。

 雌雄を決める戦い、左右の軍をお爺様と侍従長に任せ、中央を殿下自らが率いて囮となる作戦。


「エレンシア・バルトリーデ、いやエレン、情けないけど私を守ってくれるかい」

「この身は殿下の剣であり盾です。

 ご下命とあればドントマージ皇帝の首をお持ちしましょう」

「エレンなら本当にやりそうだね、フフフ。

 これは僕も君に恥じないような指揮をしなくてはいけないね」


 戦端が開かれ、ぶつかり合う歩兵と歩兵。

 中央の軍を少しづつ下げて圧力に押されているように見せかけながら私たちは後退していく。

 殿下の指揮は戦場を俯瞰しているように正確だった。

 指示は全て太鼓の音や笛によって予め決められていて、細かい指示は光の輝く回数で伝えられる。

 軍がまるで一匹の獣ののように行動し、左右の軍がドントマージ軍の側面に何時の間にか回り込み突撃を敢行した。

 こちらの予想外だったのはドントマージ皇帝自らが退却せずに突撃を仕掛けてきた事だろうか。

 中央を僅かに退いて見せる事で誘い込んだのだから普通の突撃ぐらいは予想していたが、皇帝自らの突撃ということで士気をあげた突破力は凄まじかった。


 先頭を突き進む武人。

 まさに皇帝を名乗るに恥じない武威と覇気。

 だがここを通す訳にはいかない。

 愛する殿下を守る騎士として。


「バルトリーデの精兵達よ!

 今こそがこの戦いの切所である。

 私に続け!」


 子供の頃から遊び学び、そしてお爺様に鍛え上げられていた精兵達と共にシルフィードに乗った私は駆ける。


「魔物に乗った騎士とは奇怪な!」

「黙れ、卑劣な策を弄する強欲な輩よ」

「なんだと、その声はまさか女だと!?」


 此方側からの突撃を受けて立ち止まった皇帝が驚きの声を上げる。

 お爺様や侍従長以外では初めてまともに切り結んだ相手だ。

 一撃で倒す心算だったのだがなかなかやる。


「女如きに守られる王太子、傑作ではないかっ」

「その女如きを使って策を弄し失敗したのは貴様だ」

「ふん、生意気な奴め、膾に切り刻んで兵に与えてくれるわ」


 愚物如きが殿下を愚弄するとは万死に値する。


「駆けろシルフィード」

「ウォン」

「勝負だ小娘」


 間合いに入るその瞬間、シルフィードから私は飛び上がる。


「なにっ!」

「ガァアア」


 皇帝の持つ槍をシルフィードが咥えて抑え込み、私は空中から皇帝目がけて槍を投擲し突撃した。

 間一髪槍の投擲を躱した皇帝だったが、続けて放たれた飛閃脚を頭部に受け落馬し文字通り落命した。


「ドントマージ皇帝はこのエレンシア・バルトリーデが討ち取った!」

「うぉぉぉ!」

「お嬢がやってくれた!」

「ヴァレスト王国の勝利だ!」

「ヴァレスト万歳」

「麗騎士万歳!」

「バルトリーデ万歳!」


 対お爺様用に開発していた技がまさか此処で役に立つとは世の中分からないものだと思う。


「エレン!」

「シャルル様!? 飛び込んできたら危ないですよ」

「何をいうか、エレンが本当に飛び出した時には心臓が止まるかと思ったよ」

「そ、そのですね、流石に恥ずかしいといいますか、立場上拙いと思います」

「いや、この手は離さないぞ」


 抱きしめられた私をみてニヤニヤしてるバルトリーデの精兵達はまだまだ余裕があるのだという事で後で訓練をしようと思う。

 戦勝の嬉しさの余り悲鳴がその日響いたが私は知らない。



 逆侵攻を掛けて帝国の領土へ入った私たちはある程度の領土を奪い帝国の後継者から賠償金と条約をいくつか締結した後に王都へと帰還した。


 学生であり父上の代行として兵を率いただけと凱旋の列への参加を断ろうとしたのだけれど、聞き入れてもらえなかった。

 仕方がないかもしれない。

 どこの誰が広めたのか既に皇帝を倒したのが麗騎士エレンと王都にまで広まっているというのだ。


 このままでは恋心云々は関係なく武勇伝によって私は結婚できなくなりそうです。




 パレードでは本当に誰が流した噂なのか、私の名前と殿下の名前が交互に叫ばれていた。

 だが少しでも殿下の治世に繋がる働きが認められていると思えば悪くない気分だった。

 盛大な凱旋パレードを終えて、休む間も無く続いて謁見の間での凱旋報告と論功行賞が行われる。

 国王陛下、妃殿下の後ろにはセレスティーナ様がおられる。

 エリーも父親と同席して多くの貴族と一緒に謁見の間に詰め掛けていた。

 エリーのお陰かここにいる殆どの貴族の顔を知っているというのも不思議な感じだ。

 多くの貴族がこうして凱旋を祝ってくれているのは誇らしかった。


 セレスティーナ様もエリーも凄い笑顔だった。

 ああ、約束を守れたなと心から安心できた。


 だが口元をにやけさせるのは私が言うのもなんだがどうかと思う。


「戦功第一としてエレンシア・バルトリーデ。

 領地加増、陞爵については辞退するとの事であるからして代わりに報奨金として金貨一億枚を下賜するものとする」


 流石に騒めきが広がった。

 まあ父上やお爺様の考えは判る。

 その分王家が大きくなればいいし、領地が飛び地で増えても困るだけだ。

 爵位も上がればその分王都に詰めなくてはいけなくなったりするので自然派の我が家には必要ない。

 それに対して王家が出すのが金貨一億枚というのがまた多い。

 お爺様が突き返さなかったのだから何か考えがあるのだろう。


「皆静まれ。

 此度の働き大儀であった」


 国王陛下とは幾度か王妃様やセレスティーナ様を交えてお茶をしているが、やはりこうした場所での威厳というものがある。


「はっ王国に仕える者として当然の働きで御座います」

「ふむ、さて、エレンよ実はもう一つ願われて授けるものがある受けてくれるか」

「ありがたき幸せ」


 突然陛下がエレンなどと言われるから驚いたが何とか答える事が出来たと思う。


「ハッハッハ、そうか受けてくれるか。

 そなたの気持ちはセレスから聞いている。

 我が息子にも確認済みの事だ。

 では皆の者も知っているな、これより我が息子であるシャルルとエレン嬢の結婚式を開始するぞ」

「了解いたしました、陛下準備万端整っております」

「お任せくださいませ、ほら兄上も着替えますわよ」

「エレン様、さあさあ、準備は済んでおりますわよ。

 メイクアップにお着換えと忙しいですわ」










「は…は?」

「まさか凱旋式に合わせるとは、セレスめ。

 エレン、私の妻になってくれるかい」


 あ、あれ?

 何時の間にか殿下が横にいらっしゃる?

 あら、私の恰好がドレス?

 騎士服で登城したはずではなかったかしら。


 それに空耳のような気がしますが殿下に結婚を申し込まれているような……。


「お姉さま、返事です」

「殿下、もう一度ですわぁ」

「エレン、私は貴方を愛している、生涯をかけて君を愛するよ。

 受けてくれるなら頷いて?」

 ――コクン


「国王の名の下にここに新たなる夫婦の誕生を宣言する。

 互いを愛し、幸せになることを誓う口づけを!

 皆の者からも祝福を二人に授けよ!」


 あら、口を塞がれてしまいました。

 私と殿下が結婚……。

 キュウ……って気を失っている場合ではございません。


 鳴りやまない拍手。

 祝福の言葉。

 殿下に抱きしめられてキッキッキスをしている状態。

 どうしましょう、独身でいるつもりだったのに幸せになってしまいました。

 セレスティーナ様とエリーのあの微笑み。

 まさか最初からこれを仕組んでいたのでしょうか。


「ありがとう皆、私絶対に幸せになります」

女性騎士、よくクッコロ扱いされてる印象があります(個人的感想です)。

そんな女性騎士が良くある乙女な遊戯世界に登場したら……武闘派だけに力技で解決してしまうのでは?

そんな物語を書いてみましたが如何でしたでしょうか。


妹分のお姫様や悪役令嬢キャラがお姉さまの幸せの為に奔走しているのを本人が気づかない。

気が付いた時には皆で結婚式まで準備済み。

ニヤニヤしてる人たちの事は想像でお楽しみください。



他にも息抜き中の作品が数点恋愛日刊にお邪魔しているので宜しければご一読ください。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 姫騎士 萌え!!! [気になる点] シャルル王子がサロンにいた理由が不明確なんですが…
[良い点] なろうではあまり多くない(目立たない?)くっころでは無い女性騎士。能力的なところとか性格面とか、お約束を揃えつつも、くっころしない(されない?)だけでこれだけ有能になるというのはちょっと新…
[一言] 一緒になってニヤニヤ(笑) でも裏視点も知りたい。。。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ