登場人物紹介のような……:2
「よぉ、和泉!! お前、奥さんに逃げられたんだって?!」
嬉しそうに言いながら部屋に入って来たのは日下部博実巡査長。彼もまた聡介の班の部下の一人である。
がっしりとした筋肉質の体型で、上背もある。
角刈りにした頭と餃子のような形をした耳が、柔道の上段者であることを物語っている。
署対抗の柔道大会で何度も優勝した経験があるのが彼の自慢らしい。
典型的な体育会系キャラであり、上司や先輩の命令は絶対、新人はお茶汲み三年が当然だという思考の持ち主である。
ちなみに日下部は、あからさまに同期である和泉を目の敵にしていた。
階級は巡査長から進んでいない。長い間地域課勤務をしており、2年前にやっと念願かなって所轄の刑事課に入り、それから今年の春に捜査1課に配属となった。
日下部が和泉のことを気に入らないのは無理もないと聡介も思う。
和泉は比較的若い頃から順調に出世コースを辿って無難に昇進してきた。
だけど一番気に障ったのは、彼が県警本部長の娘と結婚したことだろう。
日下部のみならず、和泉の縁談が決まった時のまわりの反応は冷ややかだった。
それが晴れて離婚に至ったなんて、格好のネタに違いない。
「何が原因だったんだよ? え?!」
日下部は興味津々の様子だ。
すると和泉はにっこり笑って、
「日下部さん。僕にかまってる暇があったら、昇進試験の勉強したらどうです? まさか定年まで巡査長のままで終わるつもりですか」
聡介は頭を抱えた。
正論には違いない。だが、面と向かって本人の一番痛いところをつくというのは褒められたことではない。
当然ながら日下部はしばし硬直状態の後、怒りで顔を真っ赤にした。
しかし、ここで言い争っても勝ち目はないと判断したのか、自分の席に着いて勉強なのかそれとも仕事なのかわからないが、熱心にパソコンに向かいだした。
その時だった。
「おはよー」と、入り口の方から呑気な声が聞こえた。「あれ、みんな早いねぇ?」
「……」
捜査1課の部屋に入ってきたのは三枝大和巡査部長。彼もまた聡介の部下であり、頭痛のタネであった。
「なぁに? 班長」
ついこないだまで所轄の生活安全課にいたこの巡査部長は、筋金入りのナルシストである。
着ている物、身につけているものはいつも高級品ばかりで、噂によれば実家が有名な貿易商なのだとか。
外国製の高いスーツに身を包み、プンプンと香水の匂いを漂わせ、どこかのホストクラブの店員かと思わせるような身なりだが、一応県警の警察官である。
確かに顔立ちは魅力的だ。和泉や駿河とはまた違った、彫が深くて濃い顔をしたこの男は、今どきの言葉でイケメンと呼んでいいのだろう。 が、自己愛が強く、協調性はゼロ。
上司に逆らうというかそれ以前の問題で、そもそも仕事をする気があるのかどうかすら怪しい。
聞くところによると日本全国の繁華街に、警察に有利な情報を提供してくれるホストやホステスを抱えているらしい。
「今までどこに行ってたんだ? 先日の事件、お前の分の報告書が上がってきていない」
「あはは、ごめーん。いますぐ仕上げるからちょっと待ってて」
この男のもう一つの問題点はそのしゃべり方にあった。
相手が上司だろうが幹部だろうが、タメ口をききたがる。敬語を使ってもどこかおかしい。
聡介は思う。
この春の人事異動で捜査1課強行犯係高岡班に集められたのは、選り抜きの精鋭ではなく、各部署で持て余している問題警官ばかりを集めたのではないだろうか。
言ってみれば自分は、クセが強すぎて扱い切れない部下の面倒見をまとめて押し付けられたのだと。