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罪の重荷

 富樫公一の自宅は広島市内の公団住宅の一画だった。

 エレベーターがない団地の4階に昇って行くのは、慣れていない人間には少し辛い。

「無理しないでくださいね、聡さん? 辛くなったらおんぶしますから」

「……年寄り扱いするな」

 呼吸を整えてからインターフォンを押す。

 

 はい、と女性の声で応答があった。

 警察を名乗ると通話が切れ、しばらくして玄関ドアが開いた。

 

 年齢はおそらく30代。ひどく顔色が悪い。

 出てきた女性が間違いなく富樫の妻、麻衣子だろう。

「中に入ってください、近所の目もあるので」

 聡介と和泉は言われるまま中に入った。

 しかし、上がるようには勧められない。

 狭い玄関先で二人の刑事は立ったまま話を進めることにした。

 

 聡介は無言で和泉を振り返る。

 ここは俺が話すから、お前は黙っていろ。

「川辺都さんをご存知ですね?」

 ええ、と短い返事。

「元々、同じ職場の同僚だったとか?」

「そうですけど、それが何か?」

 足元にふわふわとしたものが絡まってきた。

 視線を落とすと、小型犬が聡介の足を嗅いでいる。

 ここは公団だからペットは恐らく禁止だろうが……。


 富樫麻衣子は無言で犬を抱え上げると、部屋の奥に連れて行った。

「ご主人が、富樫公一さんが川辺都さんと不倫関係にあったことはご存知でしたか?」

 ずばり本題を切り込むと、麻衣子は目を泳がせた。

 すぐには返事をしない。

 どう答えたら一番有利になるかを考えているようにも見える。

「……様子がおかしいのには、以前から気付いていました」

「今、ご主人は川辺都さん殺害の容疑で警察に連行されています」

 そのことを彼女は知らなかったようだ。目を大きく見開き、息を呑んだ。

「そんな、どうして……?!」

「ご主人が川辺さんのマンションに出入りしているところを、防犯カメラの映像に撮られています」

「でも、事件のあった夜のアリバイは完全だったはずです!!」

 言ってからしまった、というふうに彼女は口を手で押さえた。

「そうです、ご主人にはアリバイがあります。ですからご主人は犯人ではありえないのです。しかし川辺さんは誰かに殺されたのです」

「……私が、その犯人だとおっしゃりたいんですか?」

 聡介は黙って相手の出方を待った。

 富樫麻衣子は目を泳がせて、言葉を探しているようだった。

「証拠は」彼女は刑事達と目を合わさず、足元を見て言う。「証拠は何か、あるんですか? 私が犯人だっていう……」

「ありません」

 その返答が意外だったのか、富樫麻衣子は急に顔を上げた。


「でも、このままではご主人が誤認逮捕される恐れがあります。たとえ後になってあれは冤罪だったという事実が明白になったとしても、まっとうな社会復帰は難しいでしょう」

「……」

 ずるずる、と富樫麻衣子は柱に縋りつつ、床に膝をつく。

「一つ、教えてあげましょう。余計なお世話かもしれませんが。自分から警察に出向いて犯行を告白するなら……計画的ではなく、衝動的な殺人だったとしたら、課される刑はだいぶ軽くなります。情状酌量も考慮されるでしょう」

 聡介は踵を返した。

「私の部下が、殺されるにはそれなりの理由があると言っていました。カッとなるようなことを言われて思わず手が出てしまうこともあるでしょう。起きたことは仕方がない、けれど……大事なのはその後です。罪を抱え込んだまま、人は平穏に暮らすことなんてできないんですよ」


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