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従業員ロッカーは伏魔殿

これって、意外と現実にあるんです。ロッカーでのトンでもな話。

 和泉と駿河は反射的に立ち上がる。

「どこ行くんだよ?」

 物見遊山のつもりで一緒に来ていた友永と、白うさぎが驚いて二人を見る。

「葵ちゃんは僕と一緒に来て。うさこちゃん、聡さんに連絡。友永さんは引続きここで様子を見ていてください」

 和泉はテキパキと指示を出し、急いで店を出て葛西と呼ばれた女性の後を追う。駿河は黙って後をついてくる。

 葛西芳枝は店から数メートル離れた場所で一旦立ち止まり、辺りを確かめてから携帯電話を取り出した。二人の刑事は気付かれないようにそっと近付く。

「……あ、お疲れ様です。あの、富樫さん……!!」


 取調室に連れて行くのは憚られた。

 葛西芳枝を佐伯南署の刑事課の部屋にある応接セットに座らせ、お茶も出した。

「葛西さん、葛西芳枝さんでしたね?」

 女子会の途中、川辺都の話が出た途端急に様子がおかしくなった。


 突然店を出てどこかへ電話をかけ始めたかと思えば、被害者の直属の上司である富樫宛てだ。

 和泉と駿河が彼女を連れてきた時、聡介は一目見て、何か知っていて隠そうとしていると感じた。

 血の気を失った顔色は蒼白で、きつく結ばれた唇は少し色が悪い。

「……会社の上司に電話をかけることが、何か犯罪なんですか?」

 精一杯の虚勢を張っているようで、葛西芳枝は今にも泣き出しそうな顔で言った。

「いいえ、そうではありません。ただ、あなたが何か事情を知っているように思えたのです。こんなところに連れてきて、申し訳ないと思っています」

 聡介は丁寧にそう答えた。それから、

「これは任意の事情聴取です。帰りたいと思ったら、いつ帰っていただいてもかまわないんですよ。でも、あなたは刑事達と一緒に来てくださった。本当のところは迷っているのではないですか? 知っていることを話すと誰かに迷惑をかけるかもしれない、けど黙っているのも辛い……」

 和泉から聞いた話では、彼女は上司である富樫に電話をかけ、話している途中で刑事達が近付いているのに気付き、慌てて電話を切った。

 

 けれど、署まで一緒に来るよう求めた時、あまり躊躇した様子もなかったという。

 どこかで覚悟を決めていたようにも見えたと、息子は言った。


「どうかお話ししてもらませんか? 川辺都さんにも、その死を悼む遺族がいるんです。真実を知りたいと思っている人が」

 すると葛西芳枝は長い溜め息をついて、

「そうですよね……」と呟いた。

 彼女が話し出すまで、聡介はじっと待った。

 多くの刑事達にはそれができない。無理矢理に口を割らせようとして威圧する。

 宥めすかし、時には脅しをかける。

 それも一つの手段かもしれないが好きではない。


「実は私、相談を受けたことがあるんです。富樫さんの奥さんから……」

「富樫さんの奥さん?」

「富樫さんの奥さん、麻衣子さんっていうんです。元々は私達の同僚だった人で、富樫さんとの結婚を機に退職なさったんです。川辺さんとも面識があります」

「富樫さんというのはあなたや川辺さんの上司ですね?」

「そうです。私は麻衣子さんと親しくしていて……」

 その相談内容とは、どうも夫が浮気をしているようだとのことだった。

 仕事柄どうしても夜遅くなることはある。

 残業が深夜に及ぶこともあり、シフト出勤だから、曜日に関係なく家を空けることもある。

 だけど、何か様子がおかしい。

 

 まさかとは思ったが、それとなく様子を見ておくと答えた。

 そんなある日のことだ。

 川辺都が富樫に近付き、こっそり何かを渡していた。

 最初は大して気にも留めなかったが、富樫の妻から相談を持ちかけられたことがきっかけで、それからは注意して見るようになった。

 

 そんなある時、従業員用のロッカーで彼女は決定的瞬間を見聞きした。

『じゃあ、今夜部屋で待ってるから』

『ああ……』

『奥さんにバレてないよね? 私のこと』

『心配しなくていい』

『バレてもいいけどね。私、別に奥さんと別れて結婚して欲しいとか思ってないし』

『……都!』 

『私、富樫さんのことが好きよ。でも、仕事も好き』

「……そのことを、富樫さんの奥さんには……?」

「話しました。黙っているのも辛くて」

 聡介はつい溜め息を一つついた。自分のことだと思ったのか、葛西芳枝は悲しそうな顔をした。

「私が間違っていたんでしょうか? 黙っているべきだったんですか?」

「……何が間違っていたか、正しかったのか、それは私が判断することではありませんよ。ただ一つ確実に言えることは、人を殺してはならない。それだけです」


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