火遊びの代償:1
聡介は結衣と共に、かつて被害者と不倫関係にあったというテレビディレクター、相川譲治に会いに行った。
ケーブルテレビ会社から、かの有名な民放の系列テレビ会社に移ったという彼は、アシスタントディレクターと思われる若い男性に向かって何か偉そうにものを言いながら、急ぎ足で廊下を歩いていた。
「だから、そうじゃないって何度同じこと言わせるんだよ? ええ?! そんなの、こっちの都合に合わせるよう……」
「相川さんですか?」
聡介が警察手帳を示すと、相手は顔中に怯えの色を見せた。
自分より立場の低い相手にはどこまでも高飛車に出て、上の人間には平身低頭。解り易い典型的な中間管理職タイプだ。
「な、何でしょうか? 最近は警察のお世話になるようなことは……」
「最近ということは、かつてはお世話になったということですか?」
ここに来るまでに一応、相川譲治の経歴はざっと調べてある。
若い頃には何かと反社会的な行動を起こして補導されている記録があった。
「そんなこと……それより、ご用件は? こっちも忙しいんでね」
「川辺都さんをご存知ですね?」
顔色が変わった。
「カワベミヤコ……? さぁ、知りませんね」
「タレントさんですよ」
「そういえば、そんなタレントもいたかもしれません」
演技の下手な男だ。
今この男を嘘発見器にかけたら、激しく反応するに違いない。
「先日、亡くなられたのはご存知ですか?」
「亡くなった……事故か何かですか?」
その反問には真実味が感じられた。
どうやら本当に知らない様子だ。
「何者かに殺害されました。我々は、その事件を調べています」
すると相川の顔からまた、さーっと血の気が引いた。
「そんな、いったい誰が?!」
「それを調べているんです。ですから、ご協力ください」
テレビディレクターは辺りを見回し、ここじゃちょっとと、ビル内にある喫茶コーナーへ二人の刑事を連れて行った。
「最初に言っておきますが、初めに誘ってきたのは向こうですからね?」
開口一番、相川は言った。
「あいつと出会った頃、俺には既に女房子供がありました。けど都の方がそれでもいいからって、付き合ってくれって言ったんです。ほら、浮気は男の甲斐性だっていうじゃないですか? 俺もまだまだ捨てたもんじゃないなって」
聡介は結衣が顔を引きつらせているのを目の端で捕え、なんとか宥めるため、そっとつま先で彼女のつま先をつついた。
「そのことをあなたの奥さんは?」
「さぁ、気付いていたかいないかわかりません。子供が産まれてからっていうもの、あいつにとっちゃ旦那なんて金を運んでくるATMぐらいの存在なんじゃないかっていうぐらい、何をするにも子供が中心で……たまに家にいると邪魔にされて……」
「奥さんは、あなたと川辺さんの関係に気付いた時、川辺さんの所属しているタレント事務所に怒鳴り込んできたという話ですよ?」
「えっ?! ほんとですか? だとしたら……あいつが都を……?」
相川はしばらく口を噤んで考え込んでいたが「確かに、カッとなると何をするかわからないからなぁ」と、他人事のように呟いた。
「川辺さんと最後に会われたのはいつですか?」
「はっきり日付は思い出せませんが、もう一カ月以上会っていませんよ。俺がケーブルテレビを辞めてこっちに移ったのが三カ月前で、それより少し前から付き合いは終わっていましたからね」
「つまり、お別れしたということですか?」
「都の方が別れたいって言いだしたんですよ」
「……その原因は何か聞いていますか?」
「わかりませんよ、こっちが聞きたいぐらいです。もっとも、赤ん坊ができただの、女房と別れて結婚しろだの、そういう面倒なことを言われなかっただけマシでしたね」
相川はボリボリと髪を掻きまわし、大きな息をついた。
「言っておきますけど俺は事件とは無関係ですよ? アリバイってやつ聞かれるんでしょう? 事件があったのっていつです? 実は先週から海外に行っていて、今朝帰国したばかりなんですよ。だからアリバイなら完璧ですって」
それじゃ、と相川は立ち上がる。
そこへすかさず若いアシスタントディレクターが駆けより、何か話しかけている。
そして何故か頭を叩かれる。
若い頃なら、こんな場面を見聞きしたら黙っていられなかった。
そんなことを思いながら聡介が隣を見ると、若い女性刑事はおそらく怒りで顔を真っ赤にしていた。




