平行線
実在のモデルがいます。
今日和泉達は被害者に片想いしていた小野寺敦という男に会いに行くため、コールセンターへ向かう予定だ。
小野寺に関して同僚の女性達の評判はすこぶる悪かった。
まだ会う前から、和泉はなんとなくどういう人物かを想像してみた。
ひょろっと背が高くて猫背気味。やたらに理屈っぽいが、少しも論理的ではない。
昨日、白ウサギは警察手帳片手に遠慮なく業務室へ入って行ったが、和泉はそんな真似はせず、まず電話で連絡を入れた。
今から事情聴取に行ってもいいかと了解を取りつけた上で、コールセンターの入っているビルに向かう。
コールセンターはビルの5階にある。
エレベーターホールで被害者の直属の上司だった富樫を待っていると、昨日話を聞いた女性の内の1人が通りかかった。名前は忘れた。
「あら、昨日の刑事さん。おはようございます」
和泉は笑顔で挨拶を返し、駿河は黙礼した。
「富樫さんを待っているんですが……」
実を言うと連絡を入れてから少し待たされている。
「ああ、今小野寺さんと面談してますから。あの人、面談しだすと長いんですよ……」
女性は含みのある笑いを残して、それじゃと去って行く。
約30分は待たされたのではないだろうか。重そうな扉が開いて、どうもお待たせして申し訳ありません、と恐縮しながら富樫が姿をあらわす。
刑事は待つのに慣れている。
その彼の後ろに、少し猫背気味で痩せぎすな若い男が立っていた。
「彼が小野寺さんです」
警察です、と手帳を示すと小野寺と紹介された若い男は、ぺこりと頭を下げた。
「少し、お話を聞かせていただけますか?」
「……都さんのことですよね? 刑事さん、いったい誰があんなことをしたって言うんですか?! あんな素晴らしい人の命を奪うなんて、日本の、いえ、世界にとっての大きな損失ですよ」
面倒くさい。
出会って数秒で和泉は、この小野寺という男をそう評価した。
「それを調べるために、我々はこうしてお訪ねしているんです」
「犯人を一刻も早く捕まえてください!!」
「そうしたいと思っています。ですから、あなたがご存知のことを話してください」
「小野寺さん。ここじゃなんだから、あそこの喫茶コーナーにでも……」
小野寺にとってもおそらく上司であろう、富樫が言った。
そうですね、と面倒くさい男は同意を示し、ちょっとしたテーブルとイスが置かれているスペースに案内してくれた。
この際、上司は挟まないで小野寺だけから話を聞く方がいいだろう。
富樫には業務に戻るよう言っておいた。
「なんでも聞いてください。犯人を逮捕するためなら協力は惜しみません」
小野寺は和泉達が思わずのけぞるほど顔を近づけ、鼻息も荒くそう語った。
「では、単刀直入にお伺いします。3日前の午後9時から12時の間、どちらで何をされていましたか?」
素直に答えてくれるものだと期待したのが間違いだったと、和泉はすぐに思い知った。
「……都さんは、あの黒い髪と澄んだ鳶色の瞳がとても魅力的でした。天は二物を与えるものなんですね。外見の美しさに加えて、彼女はとても頭が良く、上手くすればいずれ東京に出て、テレビで彼女を見ない日はない、というぐらいに売れたでしょう」
何言ってるんだ? こいつ。まったく質問に答えていないじゃないか。
「えっと、3日前の午後9時から12時ですが……」
「僕はいつも考えているんですよ。どうしたら、皆が都さんの魅力に気付いてくれるんだろうかっていうこと」
「……それで、具体的に何かいい案は思いついたんですか?」
バカバカしいと思いつつ、とりあえず相手に話を合わせてみる。
「残念ながら、そういうの僕苦手なんですよね」
「……」
お前はバカか?! と、喉元まで出かかった台詞を懸命に飲み込む。
「都さんのこともそうですけど、この会社だってそうです!僕はどうしたら皆が幸せに働けて、残業しないで済むかを毎日考えているんです。それなのに富樫さんも井沢さんも、まるでなってない。だいたいサブリーダーが井沢さんっていうのは、どう考えてもおかしいんですよ。あの人はただ古くからいるだけで……」
もういい。
アリバイなんて聞くだけ無駄だ。
こいつはシロだ。
もしこんな男がホンボシだったら、取調べにあたる刑事は胃に穴が空くだろうな。
「……刑事さん? どうかなさいましたか」
「いえ、何でもありません。それより、富樫さんをここに呼んでいただけますか?」
この男はいったい何なんだ?
論理が破綻している。自分の中で勝手に妄想しているだけならいいが、他人を巻き込むというのは甚だ迷惑な話だ。
しかし小野寺は意外にも、わかりました、と席を立った。
「……今の、なんだった?」
和泉は思わず駿河に訊ねた。人造人間は無表情に、首を横に振った。彼もまた理解不能らしい。
「あの、まだ何か……?」
しばらくして富樫がやってきた。
「大変ですね、あんな訳のわからない部下がいると」
和泉は心からの同情を言いあらわした。すると富樫は苦笑して、
「どこの会社にも1人はいるでしょう」と答えた。
そうだろうか?




