探している人
若い後輩刑事はスタスタと歩いて、さっさと駐車場に向かった。
捜査本部のある佐伯南署から聡介の家までざっと30分というところだが、ちょうど帰宅ラッシュの時間帯にひっかかってしまい、思ったよりも時間がかかった。
マンションのエントランス前に車を止めさせ、和泉が自分の分と聡介の分も着替えを紙袋に詰めて玄関ドアを開けた時、足元でニャアと鳴き声が聞こえた。
隣の部屋の住人の飼い猫だ。
こんなことをしている場合ではないとわかっていながら、つい和泉はしゃがみ込んで子猫の喉を撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らし、目を閉じてうっとりしている表情を見ていると、階下で駿河を待たせていることを忘れてしまいそうになる。
「こんばんは」
と、人間の言葉で挨拶してくれたのは、確か隣の部屋の住人だ。
市内でも有名な私立の進学高校の制服を着たその少年は手を伸ばして子猫を抱き上げる。
「やぁ、こんばんは」
しかし子猫は少年の腕を摺り抜け、再び和泉の足元にまとわりついてきた。
すっかり気に入られたらしい。
「この子、名前なんていうの?」和泉は少年に訊ねた。
「メイです」
「女の子?」
「はい」
メイちゃん、と呼びかけると子猫はニャアと鳴いた。
「メイちゃんの好物って何かな?」
これです、と少年がスーパーの買い物袋から取り出してみせたのはプロセスチーズ。彼の手にはスーパーのレジ袋が握られていた。
食材の買い出しを手伝うなんて出来た子だな。
「覚えておくよ」
子猫の頭を撫でるつもりでなんとなく、和泉は男子高校生の頭を撫でてしまった。
思いがけず柔らかくて艶やかな栗色の髪はとても手触りが良かった。
少年は少し驚いた顔を見せたが、にこっと笑って部屋に戻ってしまう。
和泉は車を停めてあるところに戻った。
助手席に乗り込むが、どういう訳か駿河の姿が見えない。
辺りを見回すが、やはりどこにいるのかわからない。
どうしたものかと思案しているところへ駿河が戻ってきた。
「申し訳ありません!」
いつになく焦った様子の人造人間は、運転席に乗り込むとエンジンキーを回す。
「どうかしたの?」
黙秘かな、と思ったがしばらくすると、
「……探していた人によく似た人を見かけて……」
「探していた人?」
「すみません、これ以上は……」
「わかった、ごめんね。もう聞かないよ」
何か深い事情がありそうだ。しかしきっとそのことは、今度の事件とは関係ない。
何気なく時計を見る。次の捜査会議の時間までにはまだ余裕がある。
もう一度コールセンターに戻ってみよう。
早番のスタッフはおそらくちょうど業務が終わった頃ではないだろうか。和泉は駿河にコールセンターへ向かうよう指示した。




