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恋の予感:1

 運転席に座った結衣はひどく不機嫌そうに唇を結んでいた。

 それから、

「どちらへご案内したらいいですか?」と吐き捨てるように言った。

「薬研堀通りだ」

 わかりました、と彼女はエンジンをふかした。


 聡介には確認したいことがあった。

 被害者である川辺都が所属していたタレント事務所の所長と、同期だという女性にはアリバイがある。

 しかしもし、彼らがアリバイを主張する場所から、事件現場までそれほど距離がなかったとしたら?

 

 トイレに立つふりをしてそっと抜け出し、犯行を済ませて、何食わぬ顔で店に戻る。

 それが可能かどうか知りたかった。

 彼はまだ市内の地理には不案内なのだ。

 

 和泉と組まされたのが気に入らなかったのか、それとも他に理由があるのかわからないが、結衣はひたすら黙り込んでむっつりしていた。

 しかし、真っ直ぐに前を見つめる瞳は闘争心に燃えていて、まるで幼い頃の自分の次女を見ているような気分になった。

 あの子は聡介のことを、大好きな母親を傷つける敵ぐらいに思っていたのだろう。

 昔は顔を合わせる度に睨みつけられていたものだ。


「どうしてそんな顔をしているんだ?」

 聡介が声をかけると、若い女性刑事は前方を見据えたまま、

「そんな顔ってどんな顔です?」

「何が気に入らないのか知らないが、おもしろくなさそうな顔だ」

「この顔は生まれつきです」

「……そんなことないだろう、笑えばきっと可愛いのに」

 言ってからしまった、と聡介は少し後悔した。

 今どきは下手なことを言うとセクハラだと騒がれかねない。


 しかし結衣は驚いた顔をして、なんでもないところでいきなりブレーキを踏んだ。

「おわっ?!」

 がっくんと全身が前のめりになる。後ろを走っていた車が抗議のクラクションを鳴らす。

「何やってるんだ、追突されるぞ?!」

「高岡警部がおかしなこと言うからです!!」

「俺のせいか?! 別に、変なことは言っていない」

 結衣は車を路肩に寄せてハザードランプを着けた。

「何が気に入らないんだ? 課長や他の刑事達が君のことをしょせん女性だから、と軽視することか?」

「他に何があります? 二言目は『女のくせに』、『女は引っ込んでろ』、『女に何が解る』なんて言われ続けて、その上県警の刑事達なんて、所轄の刑事は道案内をする運転手ぐらいの扱いで、私の意見なんてまともに取り合ってもくれないんですよ!」

 そうだろうな、と聡介はひそかに思った。


 ただ女性であるというだけで差別的な扱いを受けるのはどこの警察組織でも同じだろう。長く続いた縦割りの男社会で、女性という異分子が入って来ると、それだけでオジさん達は戸惑ってしまうのだ。

「さっき車の鍵を渡された時、この人もそうなんだわって思ったんです」

「……それはすまなかった」

「え?」

「俺は、運転があまり好きじゃない。実際、道もよくわからないしな。だから任せただけなんだ。初めからそう言えば良かったな」

 結衣は眼鏡の奥の瞳をいっぱいに見開いて聡介を見つめ返してきた。

「とにかく、会議の時間に間に合うようにしたい。急いでくれ」


 所長とマユちゃんが朝まで飲んでいたという店はすぐに見つかった。彼らのアリバイの裏を取らなければならない。

 時間的にオープンして間もない店内は空いていた。

 聡介は入り口の一番近いところにいた女性の店員に声をかけた。

 

 当然お客だと思われて、いらっしゃいませと言われる。

「警察ですが、少しお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 手帳を示すと店員の顔がひきつった。別に何も悪いことをしていなくても、刑事が訪ねてきたら大抵の人はこういう表情をする。

 少々お待ちください、と若い女性の店員は奥に引っ込んだ。


 おそらく店長を呼ぶのだろう。

 すると結衣は何を思ったか、店員の後をついて行こうとする。

「おい、どこへ行くんだ?」

 思わず伸ばしてつかんだ彼女の手首はおどろくほど細く、柔らかかった。

「どうして止めるんです?! 逃亡を図るつもりかもしれませんし、口裏を合わせるかもしれません!!」

 驚いた。彼女は誰も彼もすべて疑っているのだろうか。

「……あのな……」

 聡介は幼い子供をあやすかのように、そっと結衣の両肩をつかんだ。

 とにかく座りなさい、と手近にあった椅子に腰かけさせる。

「やたらに誰もかも疑えばいいってもんじゃないだろう? 確かに俺達の仕事は人を疑うことかもしれんが、それだけじゃ先に進めないだろうが」

 あまり納得していないようで結衣は黙っている。

「聞き込みは一般市民の善意の上に成り立っているっていうことを忘れるな」

 

 上からものを言ったり、隠し事をするとためにならないぞ、といったような脅迫などはしない。あくまで善意での協力を求める。

 それは聡介のモットーだ。

 

 そうこうしているところへ店長と呼ばれる男性がやってきた。

 まだ子供のような、若い男性である。頬にニキビの痕を残した若い店長は、警察がやってきたと聞いてひどく緊張しているようだ。

 聡介は事件のあった夜、被害者が所属していたタレント事務所の所長と、同期のタレントであるマユちゃんのアリバイの裏をとった。確かに彼らは朝までずっと店を出ず、しかも店から事件現場まで短時間では行き来することはできないということがわかった。

「ご協力ありがとうございました」

 礼を言ってさっさと店を出る。


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