全然気にしていないようです。
家と言ったって、せいぜい着替えを保管して、休める時に眠るためだけにあるような場所だ。そんなことを考えながら聡介は台所でお湯を沸かしていた。
彼はほとんどアルコールが飲めない。代わりに寝る前はハーブティやノンカフェインのお茶を淹れて飲んでいる。
「聡さん、布団どこにあるんですか?」
上着を脱いでネクタイを外し、すっかりくつろいだ様子の和泉がリビングにやってきた。
「押し入れの中にあるんじゃないのか?」
昔からそうだが家の中のことは一切、娘に任せていた。
彼女が家を出る時、あれこれとどこに何を保管しているのかを教えてくれたが、実はあまり覚えていない。
「自分の家のことなのに、何も把握してないんですか?」
和泉は呆れたように肩を竦めて言った。
「お前が人のことを言えた立場か?」
「お風呂、沸かしていいですよね。その間に布団敷いておいてもらえます?」
聡介が何か返事をする前に、和泉はさっさと風呂場へ行ってしまった。
つくづくマイペースな男だ。
客用の布団がどこにあるのか少し探した後、聡介は自分の部屋の隣、来客用の和室に息子の為の布団を敷いた。
しばらくして、和泉がリビングに戻ってきた。
「今度の非番に部屋、探しますね。それまでは御世話になります」
スマートフォンを操作しながら彼は言った。
「別に急がなくてもいい……」
聡介は思わずぽつりと本音を漏らしてしまった。
すると和泉はにやり、と嫌な笑顔を浮かべて、
「何ですか、一人じゃ寂しいんですか? だったら新しいお嫁さんを見つけたらいいんですよ。いっそのこと、さくらちゃんと同じぐらいの若い女性なんてどうです?」
さくら、とは聡介の長女である。
「おい、彰彦」
なんです? と、和泉はニコニコ笑顔を崩さない。
「お前、今の自分の状況を理解しているか?」
「してますよ、もちろん」
「だったらどうして、そんなにヘラヘラ笑っていられるんだ?!」
「別に、離婚したばかりの頃は眉間に皺寄せていなきゃいけないって法はないでしょう」
聡介の額に交差点が浮かんだ。
「なんでお前はそう、こうも重大な事態にそこまで呑気でいられるんだ……って、まさか……他に女がいた訳じゃないだろうな?!!」
和泉は一瞬目を点にして、それから大げさに肩を竦めてみせた。
「……県警きっての名探偵で、捜査1課にこの人ありと言われた高岡警部のお言葉とも思えませんね」
「何だと?」
「よく考えてみてください。僕は結婚する前もした後も、離婚する前も、ずーっと長い時間を聡さんと一緒にいたんですよ? よそに女性をつくる暇なんてどこにあったっていうんですか」
確かにそうだ。
家族といる時間よりも職場の同僚と一緒にいる時間の方が圧倒的に長い。一度事件が起きれば、何週間もそんな日が続く。
それに聡介は例外なく、いつも和泉と行動を共にしているのだ。
怪しい動きをすればすぐに分かる。
「強いて浮気相手を挙げるとしたら、聡さんじゃないですか」
「気味の悪いことを言うな」
「正直言って、どうでもいいんですよ」
「どうでもいいって、お前……」
「元々僕は家庭に不向きな人間だったんです。さ、この話はお終い。ちょっとコンビニに行ってきますね」
長い付き合いだが、和泉のことは未だにいろいろと理解できないし、実は完全には心を開いてくれていないのかもしれない。
彼のことを実の息子だと思っている聡介には、それが少しばかり歯がゆくて寂しかった。