因幡の白うさぎ:3
「おかしいと思いませんでしたか?」
「それはもちろん。芸能活動の方の仕事が急に入ったんだとしたら、ちゃんと連絡は寄越すはずなんですよ。そういう意味ではきちんとしているというか、真面目な子だったんですね」
「川辺さんの仕事ぶりはいかがでしたか?」
和泉は質問をしようと口を開きかけたが、新人女性刑事に先を越されてしまった。
「まぁ人並みです。うちは営業電話をかける部署ではなく、お客様からかかってきた注文の電話を受ける部署でしたからね。ノルマがある訳でもないし、言われた通りの商品コードを入力するだけですから」
「そうは言っても、一桁でも間違った商品コードを入力してしまえば、注文と違った商品が届く訳でしょう?」
今度はベテラン刑事である和泉の方が勝った。
「ええ、それはもう。実は過去に一度そういう事例がありまして……どうしても注文を受けたオペレーターを連れて謝罪に来いっていう、面倒なお客がいましてね、川辺さんと一緒にそのお客の家を訪問したこともありました」
富樫は懐かしそうに眼を細めた。
「案外、大変な仕事なんですね」結衣が感想を漏らした。
「とんでもない、刑事さん達の方がずっと大変でしょう」
人のいい男だな、と和泉は思った。
コールセンターというところは大概、子育てが一段落ついた主婦や、被害者のように他の仕事と掛け持ちしているなど、どちらかと言えば警察とは正反対の女性が多い職場だ。
そんな環境に放り込まれた少し気の弱そうな、それでいてそこそこ顔も悪くない若い男性は間違いなくモテるだろう。
「それで、富樫さんは川辺さんとはどういう関係でしたか?」
一瞬、心臓が凍りつくかと和泉は思った。
聡介からはさんざん、お前の心臓はラッコ並みの多毛で覆い尽くされているに違いないと言われている、そのハートがだ。
「……はい?」
質問の意味が飲み込めなかったようだ。
「ですから……もごっ!?」
和泉は手を伸ばして結衣の口を塞ぐと、暴れる彼女の頭を抱え込んだ。
刑事の仕事にマニュアルはない。
しかし、何でもそうだが手順というものがある。
この新米刑事は被害者とこの男性の間に恋愛感情があり、それもおそらく公にはできない仲なのだろうと考えているようだ。
確かに彼の薬指にはリングが光っていた。
仮にそうだったとしても、今この時点でその質問をぶつけるのはまずい。殺人事件の約半数が痴情のもつれによるものだというのが、警察官の間では周知の事実だとしても。
「すみません、何でもないんですよ。それより、川辺さんと親しかった同じ部署の方などからお話を聞けないでしょうか?」
「そうですねぇ……しかし、業務中ですから……」
「今すぐにとは言いません、取り敢えず該当する方のお名前だけでも」
富樫は少し悩み、それから3人ほどの女性の名前を挙げた。
「お仕事は何時までですか?」
「今申し上げたスタッフさんは全員、今日は早番ですから午後5時半が定時です……そろそろ戻らないと、よろしいでしょうか」
「ええ、ご協力ありがとうございました」




