因幡の白うさぎ:1
和泉は自分と組むのがベストなのだ。本人もその方が喜ぶし、刑事達全員の平和のためでもある。
「この、和泉っていう警部補は確か……」永井警部がその名前を口にした途端、聡介の心臓が跳ねた。
「こいつの面倒は自分が責任を持って見ます!!」
所轄の刑事課長は目を丸くして、それから何を企んでいるのか、唇の端にニヤリと笑みを浮かべた。
「いや、是非組ませたい新人がいるんですよ」
「新人……?」
それはたぶんやめた方がいい。
およそ和泉彰彦という人間は他人を教育するタイプではない。新人に悪影響が及ぶのは避けたいところだ。
その時「永井課長!」と女性の声が聞こえた。
長い髪を項のところで一つに束ね、縁なしの眼鏡をかけている。
グレーのパンツスーツに身を包んでいるその女性はきっと、所轄の女性刑事だろう。
「もう、私1人で聞き込みに出ていいですか?」
他の刑事達は既にコンビを組んで早々に会議室を出ている。
相棒となる刑事の紹介がなく、いつまでも待たされている彼女は、怒りの表情を隠そうともしなかった。
「ねぇ聡さん、僕タレント事務所とか、ケーブルテレビの収録スタジオとか行ってみたいです」
およそ場の空気にそぐわない笑顔で、聡介の傍に和泉がやってきた。
「いつまでもお呼びがかからないってことは、僕、聡さんと組めるんでしょう?」
彼はニコニコと嬉しそうに、早く行きましょうと父親の座っている椅子を動かす。
「あんたの相方はこいつだ」
永井課長が言った。
「こいつって、誰ですか?」怪訝そうに聞き返したのは、和泉と女性刑事の両方だった。
課長は和泉と女性刑事を交互に指さし、
「じゃ、そういうことで」と、二人に背中を向けた。
「永井課長、和泉はこの私が……」
「あんたは管理職でしょう、高岡警部。それともこのお嬢さんに1人で聞き込みに回れとでも?」
「いや、しかし……」
「お嬢さんはやめてくださいって、何度言ったらわかってもらえるんですか?!」
女性刑事はバン、と机の上を叩いた。
「私には稲葉結衣っていう名前があります!!」
しかし永井課長は馬の耳になんとやら、だ。
「僕、聡さんとじゃなきゃ嫌です」
子供か?! とツッコミたくなることを言う息子のことは取り敢えず置いておいて、この女性刑事が和泉と組ませたい『新人』なのだろうか。
ふむ、と聡介は考えた。
新人であろう彼女を、和泉のような男と組ませるのは気の毒だが、一応彼はベテランの域に入る刑事だ。
彼女にとってもいい勉強になるだろう。
「稲葉……巡査でいいのか? 彰彦、お前が彼女と組んで聞き込みに行って来い」
「え~?」
「さっさと行け」
和泉はブツブツと文句を言いながら、それでも会議室を出て行った。




