これでも兄です
「おら、起きろー。」
柚姫の声で目が醒める。
「あ、ああ。おは…よう…。
…?」
「まだ寝ぼけてるの?起きな起きな、学校だよ。」
柚姫が母親のように僕の掛け布団を剥がしてきた。
なにも変わらない。なにも変わってない。
そのはずなのに…
僕はちゃんと覚えていた。昨日の夜の夢のことを。
「はい、これ朝食。」
「…?なあ、柚。僕にはこれがトロけるチーズののったウインナーにしか見えないのだが。」
「うおお、すごい。なんでトロけるってわかったの?もしかしてかづくん天才?」
そんなことはどうでもいい。
「そうか。最近ではこんなチンケなものも朝食と呼ぶような世界になったんだな。知らなかったよ。お兄ちゃん。」
「だってかづくん頭悪いじゃん。柚のほうが頭いいもんね。あ、そうそう。この間の小テストもね…
ああ、朝っぱらからうるさいな。元気すぎるのも問題だ…。
この小うるさい嫌味を吐く女は僕の義妹、柚姫だ。
親父の浮気性のせいで僕と柚姫は母親が違う。僕の母親も柚姫の母親もどこにもいない。一度だって見たことない。僕の幼い記憶のなかに母親がいないってことさ。もちろん、柚姫にもね。
……ねえ、ねえってば。聞いてるの!?」
「…んあ?へ?あ、ごめん。」
「やーっぱ聞いてなかったか…。かづくんはボーッとする癖があるからダメだね。」
大きなお世話だ。
「あ、あれだろ?ぬ、抜き打ち?だったんだろ?」
「なんだー。ちゃんと聞いてたんじゃん。そうだよ、柚ね。抜き打ちなのに100点取ったんだよ。」
僕の勘を聞きいきなり笑顔になった柚姫が笑えてしょうがなかった。
「わあ、すごいすごい。柚はすごいなー。」
「かづくんのところもあったんでしょう?DJが言ってたよ。」
僕の精一杯の憎しみを込めた棒読みは可愛らしい笑顔でスルーされてしまった。
「いや、そもそも最近授業出てねえからなあ。抜き打ちあったことさえ今知ったわけだし。」
DJはスルーさせてもらう。どうせこの後見なきゃならんのだから。
「呆れた。まだサボったりとかしてんの?そんなことしてるともう一回入学式出ることになるよ。」
「大丈夫。サボるから。」
「はあー?も、もう知らない。」
と強がってはみたものの実はマジのほうでやばいんだな、これが。
柚姫が怒って喋ってくれなくなっちゃったから、僕の紹介でもしてるか。
僕は歌月。さっきも言ったように柚姫の腹違いの兄だ。
と言っても実は兄らしいことはなんにもしておらず、妹のほうが頭良いのは確かだし。それに僕、留年2年目だし。これはマジでヤバイ。年齢上は兄だけど学年上は後輩ってどうよ?さすがに、ねえ…?
てなわけでこれ以上差を離すわけにはいかねえ。
今日から頑張るか…。1年生から1年生に上がったわけだし。
「新しい生活が僕を待っている。うおお、ワクワクするなあ。」
「勝手にセリフつけんな」
「だって顔に書いてあるんだもん。」
「嘘!?」
「嘘。」
このやろう…。
「でもわかるよ。だっていつもだったら寝てるじゃん。」
ギクッ
「本当は楽しみなんでしょう?なんか可愛い子入るとか期待してるんでしょう?じゃなかったらかづくんが学校のために起きなりなんてしないでしょ?」
やっぱこいつ血繋がってんじゃねえか…?
「ち、違うよ。ぼ、僕は…」
柚のことが…。とか言おうとして馬鹿じゃないの?とか思う自分。
「まあ、柚は2年生楽しみだけど。イケメン入らないかな?」
こいつ今日から2年生なんだっけ。と思ったら急に腹立たしくなってきた自分。
「イケメンなんてお兄ちゃんが許しません。」
負け惜しみの兄宣言。
「あ、そろそろ時間だ。行かなきゃ…。」
哀しいことにその宣言は流されてしまった。
復讐を試みる。
そうだなあ。なにしてやろうか…。
柚姫のベッドに虫のフィギュア置く、とか?
虫…?虫…?
んん?
「あっ。」
「もうかづくん、うるさい。早く。置いてくよ?」
「あ、待って柚…。」
柚姫に聞くべきことを思い出したが僕にそんなことを聞いてる時間はなかった。
なぜなら始業まであと15分もなかったからだ。家から近いとはいえ、走らないと間に合わない。
まあ、いいか。後でで。
なあ?
紙に書かないとゴチャゴチャになりそうなくらいの設定にした自分を殴りたい。