第97話『廃墟の小部屋』
村の奥まで行くと、石碑の集まった場所があった。石碑には文字が刻まれていて、その1つ1つに赤いお花が供えられている。たぶん、村のお墓なのだろうと思う。どこか冷たくて静かだし。
眺めたままでいると、ジュリアさんに「こちらです」と案内された。
お墓の近くにある建物は、村のなかでも一番大きくてかたちをとどめている。建物は、有力者の家だったのかもしれない。だけど、今は窓もぽっかり開いて、壁も崩れかけている。人が寄りつかない廃墟のようだった。
「何か、怖い。サディアスは……」
どう思う? と聞こうとしたら、当のサディアスは後からついてきて建物の横にそれて行ってしまう。
「えっ、ちょっと、サディアス?」
「お前はひとりで行け」
「どうして?」
「どうしてもだ。俺には俺の理由がある」
「全然、わけがわからないんだけど!」
叫んでみても、サディアスの姿は立ち止まることはない。石碑の間を通っていき、やがて、癖のある赤い髪が石碑に隠れた。
――何なの、あれ? 確かにカルウィックに着いてから、サディアスはあまり話そうとはしなかった。今日はまだ1度も、目が合っていないし、すごく変だった。追いかけて問いつめたい。
くそーと思っても、ジュリアさんを待たせるわけにはいかない。レーコさんのことが終わったら厳しく追求してやるんだから! と決意して、ジュリアさんを優先した。
建物のなかに入ってみると、内部は長く使われていないようで、ざらついたほこりが積もっていた。反射的に口元を手で押さえるけど、ジュリアさんが何にもしてないのでやめた。ハウスダストを気にしてしまう自分が日本人らしくてちょっと恥ずかしい。
ジュリアさんは部屋に入ったきり、足を止めたままにしていた。何かを思い出したりしているのかな。気になって、「ジュリアさん?」と声をかけると、彼女はようやく動き出した。
「失礼いたしました。少し思い出してしまいました」
やっぱり、そうだったんだ。ジュリアさんが導いてくれたのは建物の奥まった場所にある小部屋だった。ドアノブのない壁のような扉を横にずらすと、部屋が現れる。身を隠すために作られたのかもしれない。
部屋には机と椅子とベッドだけのシンプルな家具が置かれていた。机の上には革表紙の本とペン差しに立たされた羽ペンとインク瓶がある。
「レーコ様はよくここで過ごされていました」
「ここで」明かりの少ないとても淋しい場所だ。
「日記を書いていらして、わたしが『退屈では?』とおたずねしたら、『いいえ、わたしはあの子に話しかけているの。日記を通じてね』と話してくださいました」
ジュリアさんは本を手に取り、表紙を子供の頭を撫でるように優しく触れた。わたしはその本がレーコさんの日記だとわかった。
そして、きっと、その日記を読みとけるのはわたししかいない。彼女から日記を手渡しで受け取る。革の匂いがする日記を、自然と胸に抱きしめていた。




