第96話『カルウィック』
「おい、起きろ」
不機嫌な声で目が覚めたときには、馬車はすっかり動きを止めていた。どうやら、車に揺られているうちに眠ってしまったみたいだ。ぼやけた目をこすったら、サディアスの姿がはっきりと浮かんできた。
「もう、着いたの?」
「ああ」
サディアスの無表情はわたしではなく、窓に向けられていた。そんなにじっくり見て、窓の外に何かおもしろいものがあるのだろうか。
気になってサディアスにならって窓をのぞいてみると、あいにくの曇り空だった。しとしとと雨が落ちても不思議ではないくらいに曇ってきている。その雲の下には集落が見えた。見たことがない場所だ。
ここはどこなのか、サディアスなら何か知っているかも。たずねようと口を開いたら、ちょうど窓の反対側にある扉からジュリアさんが現れた。
「カルウィックに到着いたしました。お疲れでしょうが、ここからは少し歩いていただくことになります」
――カルウィックというんだここ。そう思うのと同時に、ジュリアさんのほうがよっぽど疲れているはずだと考えた。それでも、わたしたちのことを気づかってくれる彼女だ。伸ばしてもらった手をありがたく掴んで、馬車のステップを降りた。
村の入り口には門があり、その横には見張り台が建っていた。でも、見張り台の床は宙ぶらりんになっていて、その上に立つことは難しそうだ。
ジュリアさんを追って門をくぐってみても、村の大通りにはめぼしい人の姿はない。人が帰るはずの家も半分以上、崩れかけていた。
「これはどうしちゃったの?」
思わず出てしまった言葉に、ジュリアさんは足を止めて、わたしのほうに振り向いた。ぴしっと背を正した姿勢で、目を伏せて言いにくそうに唇を開ける。
「カルウィックは壊滅したのです。山賊に火を放たれて」
「壊滅……」だから、建物は崩れて廃墟となっていたのか。静まり返っているのも、木々が炭になっているのも、そのためだと予想がついた。
「生き残った者たちは山賊の捕虜となったと聞いています。後はどうなったのか、知る者はいません。そして、人のいなくなった村は身を隠すにはちょうど良かったのです」
「身を隠す」から、すぐにレーコさんのことを言っているのだとわかった。
「レーコさんはここにいるんですか?」
「いらっしゃいました」
過去形ということはもうここにはいない?
「今はいないのですか?」
「ええ、今は。わたしもレーコ様の行方はわかりません」
「そう、ですか」
ジュリアさんはゆっくりとうなずいた。「しかし」マリアさんに似た強い瞳がまっすぐわたしを射ぬいてくる。逃げたくなるけど、逃げてはならない気がしてしまう。
「レーコ様とお約束いたしました。あなたがレーコ様を捜されているとき、きっとここへお連れするようにと」
「レーコさんはわたしがここに来ることを知っていた?」
「それもすべて、この先で明らかになるでしょう」
多くを語ることはなく、ジュリアさんはもう一度、背中を向けてしまう。本当にすべての疑問が解決するのか不安はあるけど。ジュリアさんの言うように、答えは先に進むことでしかわからないのかもしれない。




