第94話『森からの追っ手』
はじめてその人と出会ったとき、わたしのお母さんに似ていると思った。誰に対しても厳しくて容赦はないし、恐かったのを覚えている。しかも、年齢は36歳なのに見た目は若々しくて戸惑ったし。
でも、神子になるため、いろんなことを教えてもらっていくうちに、わたしは離れたくなくなった。信頼といってもいいかもしれない。わたしが神子になったとき、つり上がった目をやわらげて、微笑んでくれた。はじめてほめてくれたんだ。
「マリアさん」
「マリアを知っているのですね」
「え?」
マリアさんだと思った人は顔を覆った布を床に落とした。隠す必要がないと考えたためだろう。いつもはシニヨンを作っていた金色の髪は、肩にかかるほどの長さしかない。高いはずの鼻も少し低い気がする。似ているのはつり上がった目だけだった。
「わたくしはマリアの姉のジュリアです。先日、街でお会いしましたね」
「あっ」
何で気づかなかったの。ゲオルカにはじめて着いたとき、わたしは彼女とぶつかってしまったのだ。
「思い出していただけたようですね」
窓の星明かりだけに照らされたジュリアさんの顔に笑みが浮かぶ。じわじわ遅れて、探していた“ジュリア”が目の前にいる“ジュリアさん”と重なった。
「えっと、あなたがジュリアさん?」
「ええ」
「本当に、本当に?」
「本当です」
こんな楽なことがあるだろうか。探していた人がそちらからやってきたなんて。それにマリアさんのお姉さんって、世界は狭いなあと思う。
「あの、サディアスを起こしてきても?」
「いいですが、お早く。追っ手が参るかもしれません」
「追っ手?」
「おそらくはあなたを捕らえようとする森の者でしょう。ゲオルカでここのところ旅人とあれば、さらっていく連中です」
ゲオルカで検問に合ったとき、自警団のおじさんがそんな話をしていたような気がする。すっかり忘れていたけど、まさか、森の国ベルホルンが関係していたなんて想像もつかなかった。
「条件というのはそれです。わたしと一緒に逃げていただきたいのです」
うなずいていいのか少し悩んだけど、わたしはジュリアさんを信じる。
「わかりました」
うなずくと、わたしは急いで部屋を飛び出した。そして、隣の部屋の扉を叩きまくる。サディアスは気だるそうな顔でわたしを出迎えてくれた。寝起きらしく髪の毛がひどいことになっているのは無視して、「サディアス、来て」と告げた。
「何だ?」
「詳しい話は後。さっさと支度して、行くんだから」
「行くってどこへだ?」
「ジュリアさんのとこ」
その瞳が説明しろと訴えている気がする。仕方なくかいつまんでジュリアさんの話をしたら、少しは納得してくれたみたいだ。サディアスの身支度が済むのを待って、わたしたちはジュリアさんのもとに急ぐ。部屋に戻ると、彼女は開かれた窓枠から建物を見下ろしていた。
「あんたがジュリアなんだな?」
「ええ、そうですわ」
ジュリアさんはゆっくりと窓を閉ざして、わたしたちのほうに顔を向けた。
「詳しい話はまた後でにいたしましょう。建物の下にこちらを見ている男がいました。応援を呼ばれる前にここを出なくてはなりません」
今はジュリアさんに従うしかない。どこへ行くのかわからないけど、宿屋を出なければいけないのはわかった。




