第91話『弱味』
市場を抜けてから、サディアスの様子がおかしい。落ち着きがないのだ。通りを歩いて今夜の宿を探しているのだけど、時折、サディアスは足を止めて後ろを振り返る。
「どうしたの?」
「いや、視線を感じた」
また、これか。自意識過剰じゃないかなと何度言いたくなったことか。振り返ってみても人の波が流れていくだけだ。わたしたちのほうを見ている人はいない。むしろ、立ち止まっていることで視線を感じる。かなり邪魔だ。
「誰もいないけど」
「そうだが」
後ろには誰もいないのにサディアスは納得できないみたい。それでも、諦めきれないようで遠くのほうを見ている。
「もう、行こうよ」
サディアスの服の裾をつまんで引っ張ると、ようやくこちらを見た。眉間にしわを寄せて、わたしを見下ろしてくる。
「何?」
「それ、しわになるだろうが」
どうも服の裾をつまんでいるのが気にさわったらしい。ああ、そうですか、すみませんね。ふてくされながら手を離すと、サディアスは服のしわを伸ばした。いちいち、人の感情を逆撫でしてくる。
「じゃあ、速くしてよ」
「うるさい」
サディアスはやっぱり気になるのか、もう一度だけ後ろを確かめてから、歩き出した。
今夜は夫婦で切り盛りしている宿屋に泊まることになった。食堂でサディアスと夕飯を食べるなんてはじめてだ。不機嫌な顔をつき合わせて食事なんてありえないと思っていたけど。
「嘘、ウソでしょ」
シチューみたいなとろみのあるスープに浮かぶ野菜。特にオレンジ色のあの根菜が苦手らしい。サディアスは皿の横に避けていく。
「仕方ないだろう」
「偉そうなことを言ってるくせに野菜が食べられないなんてね」
「う、るさい」
頬がほんのり赤くなっているのは、暖炉の熱のせいではないと思う。わたしに弱味を握られて、恥ずかしいんだ。
「どうして食べられないの?」
単純に疑問に思ったことを聞いてみた。
「昔、しこたま食わせられたんだ。ルルから無理やり食わせられたが、俺はどうしても受け付けなかった。あの独特な味が苦手でな。ひとりで暮らすようになってからは食っていない」
「そうなんだ」
「なぜ、お前は笑う?」
「だって、サディアスにも弱味があったなんて、嬉しいから」
「嬉しい? おかしいの間違いだろう?」
本当に人の気持ちに鈍感だ。わたしはおかしくて笑ったんじゃない。サディアスにも人間らしいものがあるんだと触れたら、嬉しくなっちゃったんだ。人は面白くなくたって笑う。
「まあ、いいでしょ」
今度は面白がって笑ってみたら、サディアスはそれ以上、詮索して来なかった。




