第90話『鉱山の街ゲオルカ』
その後は大人しく馬車に揺さぶられながら、言い合いもなく(多少はあったけどにらまれるほどじゃない)、何とか無事に目的地へとたどり着いた。
馬車を降りて、さっそく街へと入ったら、いかつい男たち3人が待ち構えていた。
もしかして逃亡しているのがバレた? なんて、いろいろ考えていたのだけど、3人はどうも街の自警団らしかった。
わたしたちだけではなく、通る人たちを引き止めて簡単な質問をしていく。検問というものらしい。旅の目的は観光か仕事かどうか。滞在日数はどのくらいか。聞かれることはそのくらいで、身分証の提示とかはなかった。
わたしたちへの質問が終わると、口髭をたくわえたおじさんがため息を吐いた。
「すまんな、いつもはこんなことはしないんだが、最近、妙な事件が起きて警戒していてな」
「妙な事件?」
サディアスがすかさず食いつく。
「ああ、ここらで旅人が誘拐される事件が起きてな。目撃者によれば、ごろつきの連中に無理やり連れていかれたらしい。だから、こんな検問をしているんだ。あんたたちも気をつけたほうがいい」
そんなことを言われたら、大丈夫かなと不安になってしまう。街のなかを歩くのが恐くなってきた。
でも、実際にゲオルカの街並みを見ると、不安なんてどこかへ吹き飛んでいってしまった。山のふもとに広がった街は人通りが多いし、何より目を引くのは市場だ。
手前から奥にかけて上り坂になっている通りには、様々なものが売られていた。サディアスは目を輝かせながら説明してくれる。
量りに乗せられた岩塩は食塩になるとか。陶土と呼ばれるものは胃腸薬や湿布薬の原料になるとか。それらが全部、鉱物から採れるものだとか。聞いてもいないのに話してくれる。
わたしとしてみれば、鉱物よりも加工されたペンダントや指輪のほうに興味があった。宝石がはめこまれた小振りな指輪に意識が吸い寄せられていく。「欲しいなあ」と本音がこぼれる。
しかし、女心をまったくわからないサディアスが「そんなものが何のたしになる?」とすぐに切ってきた。バカめ。
「たしになるとかそういうんじゃないの。こういうのを身につけると心が軽くなったり、とっても楽しくなったりするの。あんたにはわからないでしょうけどね」
サディアスに理解されなくてもいい。だけど、めずらしく、口うるさい反論を封じこめられたようだ。「そうか」なんてうなずいてくる。
「もしかして、買ってくれるの?」
「買わん」
何だ。少し期待してしまった。がっかりしながらも、サディアスだと思えば、落ちこむより怒りがやってくる。
いつか、(アクセサリーを)買わせられなくても、言い負かしてやるから!
そう気合いを入れて、歩いていたら、肩辺りに衝撃がやってきた。
「きゃっ」
どうも前方から誰かとぶつかってしまったみたい。目を開けてみると、女の人と一瞬だけ目があった。彼女は目を見開いたかと思うと、「すみません!」と謝る。こちらが何かを言う前に走り去っていった。残されたのは肩の辺りの痛みだけ。
わたしが肩に手を当てて痛んでいると、隣の男が黙っていなかった。「そんなところで、間抜け面をして突っ立っているからだ」と、鼻で笑う。
「間抜け面なんかしてない!」
サディアスと話しているうちに、ぶつかった女性のことは忘れてしまった。




