第9話『白いうさぎ』
みやこなんだけど、クラウスさんが「ミャーコ様」と呼ぶのがおかしくて、まあいっかと思った。
「ミャーコ、ニーナが迷惑をかけなかっただろうか?」
ニーナさんからの強くて鋭い視線が怖い。見なくてもわかる、きっとわたしをにらんでいるに違いないんだ。
「そんな、迷惑なんてとても」
「わたしのほうがかけられたわ」
「ニーナ」
ジルベール様が低い声で呼ぶとニーナさんは口を閉ざした。お兄様には勝てないらしい。
「ミャーコ。あなたにはこの国の説明をしなければならないね」
「はい、知りたいです」
何から知っていけばいいのかわからないけど、わたしはこの国を知りたい。帰れるかどうかもわからないから。
「我々の国は魔法の森に囲まれている。それは侵略を企む外の連中から身を守るためだ。そのために、森に出ると我々は獣に姿を変える。獣になれば、相手は油断するからね」
つまり、クラウスさんが森に入ると白馬になるってことらしい。じゃあ、ニーナさんは何だろう?
「何よ」
「ニーナさんは何になるのかなって」
「ニーナは真っ白なうさぎだよ」
ジルベール様が代わりに教えてくれた。白いうさぎ。白馬にくっついていた白いうさぎなんだ。ニーナさんの頬が赤く染まる。
「わたしだって好きでうさぎになっているんじゃないわよ。どうせならクラウスみたいに白馬とか、お兄様みたいに鳥とかのほうが良かったわ」
「何でだい? うさぎは可愛いじゃないか」
ジルベール様の何気ないひとことに、ニーナさんはますます顔を鮮やかに赤く染める。
「ニーナ様はジルベール様のお言葉に弱いですからね」
「そうなんだ」
「何を納得しているのよ」
また、にらまれちゃった。
「まあまあ、ニーナ、そこまでにしておきなさい」
ジルベール様のひとことでその場の空気が一変した。さすがに王様のひとことは重い。
「ミャーコ、ここからが肝心だ。あなたにはこれから神子として生活してもらう」
「神子」
「そう、神子」
「神子って何をしたらいいんですか? あと、これから生活してもらうって、わたし、帰れないんですか?」
次の言葉に期待した。帰れるってはっきり言ってほしかった。でも、ジルベール様は「申し訳ないが」と暗く告げた。そして、「あなたを帰らせるわけにはいかない」と続けた。
もう二度と、もとの世界に帰れないなんて。わたしはどんな王様の言葉だって、そんなの信じたくなかった。