第88話『幸せとか』
またふたたび歩き出したとき、サディアスは深く息を吐いた。この気取った感じは話をする前触れだと思う。
「あのとき……」
わたしの勘は当たった。
「え?」
「宿屋でおかみの話を聞いたとき、お前は無理やり笑っていた。何を考えていたんだ?」
マージさんにはごまかせたのにサディアスには効果がなかったのか。長い付き合いだから仕方ないのかもしれない。別に無理して隠すような話でもないし、わたしは諦めてマリアさんとエリエの話をした。
「マージさんが幸せで良かった。でも、わたしの行動でふたりはどうなったのかなって、心配になったの。もし幸せじゃなかったらどうしようって。わたし、ふたりに償えるのかな?」
「今はどうにもできないだろう。お前には財力も生活能力も欠けているしな。だが、いずれ、様々なかたちで救えるときが来る。そのとき、全力でことに当たればいいだろう。それに女はやわじゃない。おかみのように自分の居場所を見つけるはずだ」
「だったらいいんだけど」
どうか、マリアさんやエリエが幸せを見つけてくれたら良い。神様や仏様に願いごとなんてあまりしないんだけど、今日からは祈ってみようかなと思った。
サディアスに話したら急に気が楽になって、いつもの調子が戻ってきた。
歩きだし、サディアスは雑貨屋の前で立ち止まった。「待ってろ」と言われて大人しく待っていたら、サディアスは手にコンパスを持っていた。ゲオルカまでの道のりには欠かせないのかもしれない。こういうのを見ると、旅って感じがする。
「ていうか、コンパスを買うお金なんて持ってたの?」
「当たり前だろう。宿屋の宿泊代も俺が出した。そんなことも気づかなかったのか。あのおかみからはちゃっかり治療費も取られたしな」
「ウソ」
やっぱり、商売だからタダとはいかないのか。世知辛い世の中だ。
「あ、お金あるならさ、何か買ってよ。可愛い髪飾りとか」
「買わん。無駄だ」
「ケチ」
「うるさい」
「ケチはモテないからね!」
「俺に“モテ”など無用だ」
それでいいのかもしれない。女性に骨抜きにされるサディアスなんて似合わないし、考えるとすごく嫌な気分になる。
ムカつくサディアスだけど、わたしにはこのくらいがちょうど良い。女性に関心がなくて、デリカシーの意味もたぶん知らないこの男の隣が、心地良かったりする。




