第80話『地下室』
おかみさんがサディアスの反対側を支えてくれるのは、助かる。この男、細身なくせに重いの。おかみさんの助けも借りて、3人がかりで階段を降りていく。
最後の1段を降りたとき、おかみさんはわたしにそこで待つように言った。階段の裏側に回って何をするつもりなのだろう。
気になったので、おかみさんについていく。そうしたら、おかみさんは積み上げられた木箱を1つずつ横にずらしていった。
すっかり木箱がなくなった床にはじゅうたんが敷かれている。それは赤い花を絵柄にしたじゅうたんだった。ちょっと、神子の花に似ているかも。
おかみさんはじゅうたんの端を指でつまんでめくりあげた。まるで、いつかの神殿の裏庭にあった隠れ通路みたいだ。床には切れ目がある。真ん中辺りに取っ手がついていて扉になっているのだろう。それを引くと、人がふたり分は入れる穴が現れた。
「ここにお入り」
下りの階段があり、地下室となっているのだと思う。わたしは踏み入れるのを戸惑った。
だって、ここに入ったとしても、追っ手はやってくる。追っ手に見つかったりしたら、無事ではいられない。もしかしたら、おかみさんも危険にさらされるかもしれないのだ。
「追っ手はわたしが追い払うから速く!」
「でも」
「大丈夫。宿屋のなかを調べたってここに気づいたりしないよ。わたしに任せなさいな!」
おかみさんはすべてを引き受けてくれると言う。申し訳ないやら感謝やらでわたしはうなずくしかなかった。とにかく急がなくちゃならない。わたしは薄暗い階段を踏み外さないように地下室へと足を進めた。サディアスを支えながら。
地下室には簡易ベッドがあり、サディアスはそこに寝かせた。地上のおかみさんに「大丈夫」と伝えられると、地下室の明かりはすべて失われてしまう。
わたしは頼りになるものが欲しくて、サディアスの手を握ったままにしておいた。勝手な想像で冷たいと思っていた手はあたたかい。
「ねえ、大丈夫?」
「ああ」当の本人はたっぷり間を置いて、かすれた声を出す。絶対に大丈夫じゃない。
「ごはん、ちゃんと食べないからだよ。どうせ、寝てないんでしょ」
答えは返ってこない。そして、この事実を伝えておこうと思った。
「クラウスさん、わたしたちを助けるためにわざとおとりになってくれたんだよ」
「どうだかな」
「また、そんなこと言って」
「ふん、俺が何を言っても……お前は、あいつを信じる。それでいいだろう。アホで……バカで……人を疑わない。それがお前だ」
サディアスは途切れ途切れになりながらもそう言った。口では「あのね、それ悪口でしょ」と返したけど、不思議と嫌じゃなかった。




