第79話『制限時間』
神子には体力がない。特に、これまでのわたしは神殿内を歩いていただけだ。だから、息切れも速い。
何度も休みたいとなまけたくなる自分を叱る。サディアスに知らせないといけない。それができるのはわたしだけなんだ。クラウスさんの気持ちも考えなきゃならない。その思いでわたしは街中を走り抜けた。
ようやく赤猫の宿屋まで戻って来れた。休む暇もなく一気に2階までかけ上がる。
鳩時計の左の部屋がサディアスとクラウスさんの部屋だった。
「サディアス!」
殴りつけるように何度も扉をノックする。だけど、サディアスは出てこない。本に集中しているか、それとも寝ているか。待っている時間が惜しい。わたしはドアノブに手をかけた。
「入るよ」
一応、断っておいてから、扉を勝手に開いて部屋に入る。ほら、無断で入ったら何を言われるかわかったもんじゃない。逃げ道を作っておく。
カーテンを閉めきった薄暗い部屋で、ベッドの上に横たわる山のような物体を見つけた。
「サディアス?」
顔が西の壁のほうに向けられているから、わたしは回りこんで表情を確かめた。サディアスは目をつむっている。でも、とても安らかじゃなかった。眉根を寄せて、荒々しく呼吸をしている。もしかして、これって。首もとや頬が気になって指で触れると熱い。
「ちょっと、熱があるじゃない!」
「……るさい」サディアスの目が薄く開けられる。
「うるさいじゃないでしょ!」
「……それより、ひどい顔をして……どうした?」
「追っ手が来たの! 速く逃げなきゃ!」
体調の悪そうなサディアスは体を起こそうとしたみたいだった。でも、力がはいらないようですぐにベッドに落ちてしまう。わたしはサディアスとベッドの間に腕を差し入れて、上体を起こす手伝いをする。
「しっかりして!」
「わかっている」
「立てる?」
「ああ……」
声も頼りない。よほど、調子が悪いのだろう。こんなときだし、仕方ない。時間がないからこうするの。ふらふらと立ち上がろうとする長身のふところに入った。サディアスの腰に腕を回して、体が傾かないように支える。
「お前……」
「何も言わないで。ただ、あんたを見捨てたら、クラウスさんと2度と顔を合わせられないと思ったの」
サディアスは大嫌いなはずのわたしに大人しく体をあずけた。どうやら支えられる気になったらしい。体を傾かないように慎重になりながら部屋を出る。出たところで、ちょうど階段を上がってくるおかみさんに出くわした。
「どうしたんだい?」目を丸くさせたおかみさんはすぐにサディアスに気がついたようだ。
「サディアス、熱があるんです」
「医者を呼ぼうか」
わたしは首を横に振る。
「ダメ、そんな時間はないです。追っ手が来ます!」
時間を無駄にする気はなかった。
「そう、それならこっちへ」
おかみさんは笑顔をひそめたかたい顔で、階段の下を指していた。




