第74話『赤猫の侍女頭』
赤猫の宿屋に戻ると、ちょうどおかみさんとクラウスさんが談笑しているところだった。クラウスさんはわたしとサディアスに気づくと、苦笑で出迎えてくれる。
「お帰りなさい、フォル。やはり、サディアスと一緒でしたか」
「ごめんなさい」
そういえば、クラウスさんを誘うのをすっかり忘れていた。すべてをひっくるめて謝罪すると、「いえ、部屋にいらっしゃらなくて心配しただけですから」なんて言われてしまう。
心配をかけたことが申し訳なくて、また1段と深く、頭を下げるしかない。それだけで優しいクラウスさんは許してくれた。
謝罪が終わると、サディアスはおかみさんに向かって「そんなことより、あんたに聞きたいことがある」と告げた。
かなり唐突だったけど、おかみさんは笑顔を崩さずに、「何だい?」とほがらかに応える。
逆に、サディアスは眉間に力を入れたみたいだった。人を殺すんじゃないかってくらい鋭い目をするから、こちらはひやひやした。
「あんたは、レーコのことを知っているな?」
「レーコ? 誰だい?」
「あんたが森のなかから来たことは知っている。ある事件のせいでこちらにやってきたことも。あんたは侍女頭だったのだろう?」
「ああ、確かに侍女頭だったよ。だけど、レーコだとか、そんなの誰だか知らないね」
「あんたが神子の名を知らないはずがない」
「さあね、そんな昔のはなし……忘れちまったよ」
おかみさんは窓の外に目を向ける。たぶん、話したくないのだろう。サディアスはまだ話し足りないのか、口を開けようとした。
だけど、「さあさ、お腹空いたろ?」とおかみさんのほうが早かった。さっさと部屋の奥に引っこんでしまう。
そろそろ日がかげってきていた。サディアスのうつむいた顔は影になって見えなくなった。
「クラウス。お前はここのおかみについて知っていたのだろう? だから、あえて、この宿屋を選んだ」
サディアスったら何を言うの! と思ったけど、まだ彼はクラウスさんに対して疑問を持っているらしい。
「何のことだ?」
「お前が何をたくらんでいるのか知らんが、俺は思い通りにはならない」
サディアスは言葉を残して、階段へと歩いていってしまう。
「待ってよ、サディアス。夕食は?」
「いらん」
「えっ、ちょっと!」
サディアスはこちらを振り返ることもない。わたしの制止なんかものともしないで、2階の部屋に戻ったようだった。扉が強く閉まる音が響いた。




