第71話『風の吹く道』
おかみさんの配慮でわたし1人がこの部屋を使うことになった。確かに、サディアスと一緒の部屋なんて嫌だし、クラウスさんとなんて絶対に無理。
紳士であるあの人との間に間違いが起きるわけがないけど、きっと、落ち着いてはいられない。四六時中、ドキドキしてしまうはずだ。だから、ひとりで良かったと思う。
クラウスさんの甘い笑みを思い出したら、顔が火照ってきた。
両開きの窓を開け放って新鮮な空気を入れる。心地よい風が吹いてきて、優しい手つきで頬を撫でた。窓の外をのぞきこんだら、ちょっと強めな風が吹いて帽子が取れそうになってしまう。
帽子を手で押さえながら街を見下ろすと、曲がりくねった道に沿って建物が並んでいる。少し傾斜のある道を小学生くらいの子たちが元気よく走り去っていく。
「あ」
宿屋のちょうど下に見慣れた長身があった。サディアスがどこかへ出かけようとしている。
――わたしに黙ってこそこそ何やってるの。そんなの許さない。わたしは置いていかれるのが嫌で、慌てて部屋を飛び出した。
サディアスはまだ宿屋の入り口近くにいた。ちょっと猫背で、やっぱり赤い頭の毛が跳ねている。裾の長いグレーのコートは、長身にはまあまあ似合っているかもしれない。太陽の下にいるサディアスを改めて見直している場合ではなかった。
「サディアス!」
気だるそうに振り向いたサディアスは「何だ?」と聞いてくる。
「何だ、じゃない。どこ行くの?」
「図書館」
「図書館?」
「調べたいことがあってな」
「調べたいことって、もしかして、レーコさんのこと?」
「それ以外に何がある?」
サディアスの目が疑うように細められる。そうだ。旅の目的をすっかり忘れかけていた。
「お前、忘れていたのか?」
自分の間抜けさをサディアスに悟られるのが嫌で、「忘れてない」と嘘を吐く。
「でも、ひとりで行くなんてずるい。ふつう、誘うでしょ」
「ふん、誘ってほしかったのか?」
サディアスはバカにしたように鼻で笑う。別に笑われたっていい。
「そうよ」
「は?」
「だから、誘ってほしかったの」
わたしだって、レーコさんの行方を掴みたい。それでもし会えたら、犯人じゃないってことも確かめたいし、今の状況を相談したいし。わたしが歩き出そうとしているのに、サディアスは足を止めたままにしている。
「何、固まってんのよ、早く行くわよ」
変な、サディアス。頭を傾げるけど、「俺に命令するな」と冷たく言い放ってきたサディアスは、まったく変わっていなかった。




