第69話『暗い路地』
街道の終点である巨大な門はネットを張らないし、人を暴力的に跳ね返したりしない、普通の門だった。誰にも開かれた巨大な街ということは当然、様々な人たちがいる。
ベルホルンには足先から頭まで着飾った婦人が多いけど、フィンボルンにはドレスを纏った人は少ない。
それよりか、長い足を惜しげもなく出したショートパンツ姿の人がいる。パンツの上から腰に布やナイフが収められたベルトを巻いたりして、女性の目から見ても格好いい。
他にも顔や腕に傷をたくわえた男の人とか、昼間から酒臭いおじさんとか。誰一人として同じ格好をした人はいない。そして、どこもかしこもにぎやかだった。
例外だったのは、建物に挟まれた薄暗い路地だ。見ると座りこむ人の姿がある。肩までずれたドレスを纏った女性が頭を抱えていた。
どうも、様子がおかしい。うーうーとうなり声を上げたり、体を横に揺らしたりする。とても気になって、誰に向けたわけでもなく、「あの人は?」とたずねていた。
「おそらく、この街に違法な薬物を取り締まる法はないのでしょう。ですから、民たちのなかにはああやって薬に溺れるものもいます」
「法がないって」
「フォル……これがお前が見たがっていた森の外の一部だ」
「そんなの」
わたしは見たくなかった。だけど、元の世界だって同じだった。汚れたもの、綺麗なもの。大人は汚れたものを見せないように必死だったけど、子供にはわかっていた。綺麗なものしか存在しない世界はないんだってこと。
女性はうなったかと思うと、突然、立ち上がる。頼りない体でふらふらと蛇行しながら、やがて、闇の奥に消えた。
彼女がいなくなってもそこから動けなかった。吸いこまれるようにして闇をずっと見ていたら、わたしの肩に手が置かれる。そして、彼は「行くぞ、ウスノロ」と普段通りの言葉を吐いた。




